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透は天羽君に鍵を届けるために電車に乗ってしまったので、僕も自宅に帰った。

身支度を整えたあと、透が帰ってくるのを待つ間に雑事をこなしてしまおうとパソコンを立ち上げたそのとき、着信があった。
忘れかけていた懐かしい名前が画面に表示されて、躊躇いつつも応答した。

「もしもし、二階堂か?」
『松浦……だよな?繋がってよかった!久しぶり!』

電話の向こうから聞こえる声は、高校生の時に部活仲間で友人の二階堂だった。眼鏡をかけた理知的な容貌をぼんやりと思い出す。
卒業後、進路が離れてからは年賀状のやりとりくらいでほとんど連絡も取っていなかったから、このタイミングで電話がかかってきたことにとても驚いた。

「久しぶり。元気だったか」
『まあな。急で悪い、ちょっと聞きたいんだけど、今日暇?』
「今は時間があるが、このあと予定がある」
『あーそうだよな……。あのさ、社会部の副部長覚えてる?』
「覚えている。彼がどうかしたか」
『あいつ、結婚決まったんだってよ』
「それは朗報だ」

二階堂に誘われて入った社会部という部活。三年の時、彼は部長をつとめていた。
一方で僕は真面目に活動をしていなかったので何も役職などないいち部員だった。
当時のことを懐かしく思い出していると、彼が話を続けてきた。

『それ聞いたの三日前だったんだけど、今日ちょうど祝日だし、都合の付くやつらだけでも集まって祝賀会でもしないかって話になってさ。それでこうして片っ端から電話かけてるわけ。俺、前にケータイ水没させちゃって松浦の番号わかんなくなってさぁ、色々伝手をたどってたせいでこんなギリギリになったんだよ。本当にごめん』
「そうか……」
『お前と全然会ってないから、この機会にって思ったんだけど予定があるんじゃ仕方ないな』

高校時代は楽しかった思い出ばかりだ。それは部活動も含まれている。
県や国をまたいで散り散りになってしまった友人たちと会うのは、たしかにこういう機会しかない。しかし今日は透との約束が――。

「……どこでやるんだ?その、祝賀会は」

そう聞いたのは、懐かしい二階堂の声を久々に聞いたせいなのか、朝の出来事で僕の中に鬱屈した思いが渦巻いていたせいだったのか。
二階堂から告げられた店の名前とその所在を目の前にあるパソコンで簡単に検索する。
すると思ったよりも近くだったので、僕は頭の中で移動時間をざっと計算した。

「僕も参加していいか」
『えっ、予定あるんだよな。大丈夫?』
「少し顔を出すくらいなら」

今この時にも透が天羽君と会っていると思うと、もやもやしたものが胸中を占めてしまって普段とは違うことをしてみたくなったのだった。

『それならいいけどさ……。まあ今日は祝賀会を口実にした同窓会みたいなもんだから、あんまり気を張らなくていいから』
「わかった」
『じゃ、近くに来たら電話して。迎えに行くから』

通話を切るとスマホの画面に不在着信とメールが一通表示されていた。
どちらも透からで、新着メールを開封したら人身事故で電車が止まっているという旨の内容が記されていた。
それを見て、むしろちょうどいい機会だと思い即座に折り返した。

『もしもーし』
「電話に出られなくてすまなかった。メールを見たが、まだ電車は止まってるのか」
『そーなの。ちょっとまだかかりそうなんだよね』
「そうか……。だったらその、相談なんだが」

相談と言いつつ、きっと優しい透は僕の申し出を快く了承してくれるだろう、という確信があった。

『なに?』
「実はさっき学生時代の友人から連絡があって……友人の一人の結婚が決まったお祝いで、これから皆で集まるらしいんだ」
『へ?あ、そうなんだ』
「きみが帰ってくるのがまだなら、少しだけ顔を出してきてもいいか?そう遠くない場所なんだ」

もちろん、簡単に祝いの言葉をかけたらすぐに家に戻ってくるつもりだった。
このときは、本当にそう思っていた。
思った通り透は軽く笑いながら頷いた。

彼は優しい、そして僕を甘やかす。僕はそれを享受することにすっかり慣れてしまっていたのだった。
それが、彼を追い詰める行為だと思いもせずに。


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