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通い慣れた透の自宅への道のり。祝日だということが幸いしてこの時間の道はそれほど混んでいなかった。
だというのに、こういうときに限って信号ごとに赤に引っかかり、到着には余計に時間を食った。
待ち時間の間はハンドルを忙しなく指で叩いた。そんなことをしても早く着けるわけがないのに、そうせずにはいられなかったのだ。

透は、僕に対して誠実だ。文句のつけようのない恋人だと思う。ただひとつ欠点を挙げるとしたら酒に弱いことだろうか。
彼が深酒をしてしまったとき、まだ友人でしかなかった僕にべったりとハグしたり頬にキスをしたりと、スキンシップの度合いが通常より増したことがある。
きっとそれは男女関係なくやってしまう彼の悪癖なのだろう。

打ち上げで酒を飲み、一夜の過ちを――少年相手に。
そんな嫌な想像ばかりが浮かんでは消える。

透に限ってそんなことはない。そう信じている。
けれど間違いは誰にでもある。もしそうだったとしたら、僕はどうすればいいのだろう。

僕は今からそれを目の当たりにする愚行を冒そうとしている。
今すぐ引き返して何事もなかったように見て見ぬ振りをする、それが大人の恋愛として正しい行いなのではないか。
女性と致したわけではない、男性相手だというならば見逃してやるのも彼のためなのではないのだろうか。そんな考えがよぎり逡巡し躊躇う。

しかし、僕はそこまで世慣れているわけでも、度量が大きいわけでもなかった。
ただの勘違いだという一縷の望みをかけて透の家に駆け込んだのだった。



「――え、あれ、紘人!?どしたのこんな時間に」

ずいぶん前にもらっていた合鍵で強引に玄関のドアを開けてリビングに入ると、透がこれでもかというほど目を見開いた。
腕まくりをしてキッチンに立っていた透は、見た限りいつも通りの彼だった。その表情に、何かを隠したり謀ろうとするようなうしろ暗い影は見当たらない。まずはそのことに安堵した。
耐え切れなくなった僕は彼に抱きついた。柔らかく抱き返してくれる透のあたたかい体温に安心して涙腺が緩む。

「あれ、俺、昨日昼にそっち行くって言ったよね?あれ?」
「そうだが……電、話……!」
「紘人、何かあった?つか、どうしてそんな顔してるの?え、俺何かやらかしちゃった?」

僕はますます抱きついて困惑気味の透の肩に顔を埋めた。
風呂上りらしく爽やかな石鹸の香りが強い。やはり、シャワーを浴びていたというのは嘘じゃなかったのだと確認してしまう。
髪を撫でられ、それとともに耳元で優しい声が響いた。

「とりあえず落ち着いて。何があったか教えて?ね?」
「と、透……」

何を言えばいいのか分からなかった。
きみの不貞を疑って来たのだと、そんなことを正直に打ち明けたら気分を害するだろう。
顔も知らない人の言葉を信じて恋人を疑うだなんて、最低の行いだ。自分の愚かさに眩暈がする。

そのとき微かにドアが開いたような音がしたが、僕は透から離れられなかった。

「あれ、トオルさんその人……」

第三者の声にはっとした。通話口で聞いた声に酷似していたからだ。
やはりあの電話に出たのは、僕の知らない誰かだったのだ。

「あーなんかごめんね朝から。ほら、昨日言ってた俺の彼氏さん」

透がはっきりと言った『彼氏さん』という言葉に胸がくすぐったくなる。僕のことを恋人だと紹介してくれた、そのことが嬉しい。
ところがそれを再び凍えさせるような、へえ、という冷えた声が耳に届いたので、おそるおそる顔を上げて第三者のいるほうへと視線を向けた。


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