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カジノを出るとクレイグの鼻はいつもの嗅覚を取り戻した。
そして問題のナズハはというと、大通りから枝分かれした奥まった小道の露店で見つけた。

ちょこんとしゃがみこみ、露店の婆さんの話をなにやら熱心に聞いている。
帽子を目深に被った婆さんは顔も手も皺だらけで、ナズハと同じくらい小さく見えた。古びた杖を片手にモゴモゴと口を動かしている。
怪しい魔道具でも売りつけられているのかと思ったが、そうじゃなかったことにとりあえず胸を撫で下ろした。

「おーいチビ、何やってんだぁ?オラッ、行くぞ」
「だめっ!静かに!」

大人しいナズハがクレイグに反抗したことが珍しくて、俺もつい、婆さんの嗄れた声に耳を傾けた。

「……ロゲッタスの南に広がる深い深ぁい森の奥深く、その先にそびえ立つ優美な城は、その昔、黄金城と呼ばれておった……」
「なにそれ?常闇城のこと?」

エレノアと同じことを俺も思った。
常闇城と聞いて興味を持ったらしいクレイグが、腕を組んでナズハの隣にしゃがみ込んだ。

「ほーん?黄金とか面白そうな話じゃねぇか」
「……城主の伯爵様は魔術に秀で、様々な術を編み出した。ロゲッタスはその恩恵を受け、魔術をさらに強大なものへと発展させたのじゃ」
「へえー、だから魔術都市なんて呼ばれてるのね」

エレノアがなるほどと頷く。
重厚な語り口に、いつしか俺も婆さんの話に引き込まれていた。

「しかし、伯爵が真に秀でていたのは狩猟の腕じゃ」
「狩り?」
「伯爵の射る弓矢の技は、どんな遠くの木々に隠れる小鼠だろうと仕留められるほどの正確さじゃったという」

弓矢と聞いてドキリとした。斜めがけされた自分の矢筒のベルトを無意識に握りしめる。

「ところがある日、野鳥狩りに出かけた伯爵は森に迷いこんでしもうた。暗く冷たい森で夜を過ごし、待ちわびた日の出――そのとき伯爵は、一羽の大鷲を見たのじゃ」
「大鷲……」

ふと、さっきのカジノを思い出した。
たしかそこで見た金の彫刻が鷲の姿だったな。

「くちばしは銀、両目は黄金、羽毛は絶え間なく色を変える極光――その玲瓏たる姿に、伯爵は一目見てたいそう胸を打たれたそうじゃ」
「オーロラ羽の鷲か!すげえなぁ、そんなのオレ見たことねえ!」

尻尾をパタパタ振って真剣に感心しているクレイグが羨ましい。どう考えてもただのおとぎ話だろ、こんなの。
でも――。

「それからというもの、伯爵は、大鷲を見るために森に通いつめた。大鷲は夜明けの間際、曙光が差す刹那にしか姿を現さぬ。伯爵は大鷲を怖がらせぬよう己の弓矢を捨て、城中の兵士の弓矢も一本残らず折ってしもうた」
「へえ……」
「そうしてやがて伯爵は気づいたのじゃ。自分は、あの美しい大鷲に恋をしてしまったのだ、と」

ごくり、と隣に立つエレノアが喉を鳴らす音が聞こえた。見ればナズハも両手で拳を作り、食い入るように婆さんを見つめている。

「ところがその大鷲、なんと神の十一番目の妻だったのじゃ!伯爵の恋慕の情は神の怒りに触れ、この地は永遠に夜明けの訪れぬ呪いを受けた。伯爵はいたく嘆き、愛しい大鷲に会えぬ悲しみで床に伏せ、やがて死に至ったのじゃ……」
「…………」
「そして城はいつしか常闇城と呼ばれるようになりおった。大鷲を探す伯爵の亡霊が、数千年経った今も城を彷徨っておる……」

急に空気が冷えた気がして腕をさすった。鳥肌が立っている。
するといきなり婆さんが、ヒョッヒョッヒョッ!と甲高く笑いだした。
び、びっくりした。神妙に話を聞いてた分、心臓が縮み上がったわ。

「伯爵はのぉ、会えないと分かっていてなお、今も待っておるんじゃよ。なんとも健気なことよ」
「ほぉぉ。んで、その伯爵のお宝はどこにあんだ?ばーさん」
「大鷲に会える日を信じて、城を守っておる」
「お宝は?」
「そして城の呪いを解いてくれる者を待っておるのじゃ」
「宝……」
「伯爵の願いを叶えるため、お主らも城の呪いに挑むがよいぞ!」

そう締めくくった婆さんは、俺らに向けて片手を広げた。パチパチと拍手をするナズハの横から、エレノアが婆さんに銅貨を握らせた。
なるほど、婆さんはこうやって伝承を聞かせて俺たちみたいな新参冒険者から小銭を稼いでるってわけか。

おとぎ話とはいえ、現地の人間から聞く話には何かしら真実が混じってるもんだ。
そういえば、十年前に見つかった常闇伯爵の財宝の中に宝石でできた鷲の像があったらしい。値が付けられないほどの歴史的お宝で、そのパーティは国王から勲功の証を賜ったとか。

件のパーティは英雄と呼ばれ、他にも様々な遺跡や古代の謎を解き明かしている。凶悪な魔物も数え切れないほど討伐していて、今は、大陸の遥か遠くにある前人未到の地に挑んでいるって噂だ。
伝説的な活躍をしているパーティはいくつかあるものの、冒険者間ではこの英雄パーティが特に人気があるんじゃないかな。

とにかく、大鷲の話は常闇城を探索するうえで何か重要なヒントがありそうだ。
……っていや、俺は魔術の矢を探しにロゲッタスに来ただけなんだが。

「なぁ、ばーさん。その伯爵ってやつのお宝の話はねえのかよ?」
「はいはい、もういいでしょ。ナズハも見つかったことだしそろそろ行くわよ」

往生際の悪いクレイグをエレノアが小突く。
そうだ。こんなところで油を売っている場合じゃない。冒険者ギルドを探さないと……って、どれくらい経ってるんだ?ずっと夜だと時間の感覚が狂うな。
立ち去ろうとしたその時、婆さんが枯れ枝のような腕でナズハを手招きした。

「これ小娘。おぬし、巫術の使い手じゃな?」
「はっ、はい!そぉです!」
「ケイナン通りにあるタウラの店に行くと良い。この街で巫術を扱っている唯一の場所じゃ」
「っ……はい!ありがとうございますっ!」

婆さんは今度は片手を出さなかった。
歯抜けの顔で、ヒョッヒョとしわくちゃにただ笑っただけだった。


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