3


ない。ない。……なんでないんだ!
服の中を探る手が震える。冷や汗が額に滲んだ。

「ちょっとアルド、どうしたの?」
「やばい、ごめん……なくした……みたい、……財布」
「えぇぇ!?」

頭真っ白の俺の言葉を聞いたエレノアが悲痛な声を上げる。彼女は折りたたんでいた翅を広げて、動揺したようにせわしなく震わせた。
分けていたとはいえ、俺のほうが多めに持っていた。しかもパーティの共有財産ーーエレノアの反応も当然だ。

「ちょ、ど、どうするのよ……」
「マジでごめん……」
「と、とりあえず私のほうから出すけど、ほぼなくなるわよ?」

青褪めた顔のエレノアと同じく今の俺は――いや、彼女よりもっと血の気が失せた顔をしてるだろう。
冒険者は現地で稼ぐものだから手持ちが少ない。俺も彼女も当面の滞在費くらいしか持ち合わせていなかった。

「なんだどうしたぁ?」
「お前はっ、黙ってろ!」

俺とエレノアの切羽詰まった一喝で、クレイグが「お、おう」としおらしく三角耳を寝かせた。
そのとき、緊迫する俺らの間にのんびりした声が割って入った。

「騒がしいなぁ。どうかした?」

俺らも給仕も同時に声のほうを見た。だってその存在感が半端なかったから。

「さ、さっきの……!」
「ん?あー、さっきの転びそうになってたきみかぁ」

目を細めたそいつは、大通り前で会ったストロベリーブロンドの魔術師だった。
さっきと変わらずセクシーお姉さんの腰に手を回し、こなれた雰囲気で賭博場に馴染んでいる。
魔術師は俺から視線を外し、給仕に目を向けた。

「揉め事なら見逃してやってよ。この子たち、この街に来たばっかなんだってさ」
「そうは申されましても、ラーシュ様……」

給仕の人が困惑気味に魔術師をチラチラ見上げる。
どうやらこのラーシュって人は、カジノの常連らしい。

「はい?酒代?あーそれだけ。じゃあこれでいい?」

そう言ってラーシュが懐から取り出したのは、見覚えのある袋だった。革布の袋には特徴的な刺繍がしてある。
袋の中から金を取り出して、給仕に渡した。金を受け取るや否や、給仕はにこやかに去って行った。
……ってかそれ、俺の財布!!

「俺の財布!!」

短く強く主張すると、ラーシュはしたり顔で財布を俺にポンと投げてきた。それを慌ててキャッチする。
どうしてこいつが俺の財布を持ってるんだ。いやそれより今、俺の財布から勝手に金出してなかったか?

「あ、あんたっ……なんで、俺の財布から金払ってんだよ!」
「そっちが飲んだ酒代でしょ?だからきみの財布から出しただけだよ、当然」
「そっ、そうだけど……だからって勝手に」
「俺が払えば店にぼったくられずに済むからね。感謝してほしいくらいだけどな」
「えっ、すっげイイ奴じゃん!」

単純なクレイグが単純に喜ぶ。お前は疑うってことをしろ!

「そもそも、なんであんたが俺の財布持ってるんだよ!」

じろりと睨めば、ラーシュは苦笑いで肩をすくめた。

「スリに盗られてたから、かわいそうだと思って取り返してあげたんだけど」
「は……?」
「きみ、酔っ払いとぶつかってたでしょ?そいつ、界隈じゃ有名な手練れの盗っ人なの」

あのオッサンか!
全然気づかなかった。俺だって冒険者の端くれだし、警戒してたはずだったのに。しかもあんなちょっとぶつかった一瞬で。

「お上りさんはすぐ目をつけられちゃうからね。これからは気をつけなよ」
「あの、でももし俺とここで会わなかったら財布は……」
「んーまあ、きみの運がなかったってことで俺が有効活用してたかな!」

背後のギャンブルフロアを親指で指しながら、悪びれなくラーシュが朗らかに笑う。俺は反射的に財布を懐に隠した。信用ならない男だ。
しかしクレイグは、俺とは反対にラーシュに興味を持ったらしい。

「ギャハハあんた面白ぇやつだな!どうだい、おごるからオレらと飲みに行かねえか?」
「クレイグ、あんたはまたそうやって!」

エレノアが目を釣り上げてクレイグの三角耳を引っ張った。クレイグの種族は耳を引っ張ると以下略。ほんの少しな。
ラーシュは眉尻を下げつつ片手をひらひら振った。

「う〜ん、悪いけど俺も暇じゃないのよね」
「だってよ。お前ら行くぞ。早くナズハを探さないと」
「あっ、チビがいねえ!」

俺の言葉でクレイグは今さら仲間が足りないことに気づいたらしい。
ナズハが迷子になってることを説明すると、やつはヒクヒクと鼻を動かした。

「どーもこの場所だと、いまいち鼻がきかねえな」
「イカサマ防止に色んな魔術がかかってるんでしょ」

エレノアの雑な説明に、ラーシュが「その通り」と俺たちに向けて指を鳴らした。
その一瞬、ローブの袖口から覗いた褐色の腕に黒い模様が見えて目を瞠った。
曲線の装飾的な模様は、人為的に肌に彫られたものだとわかる。
こいつ、絶対まともな魔術師じゃない。関わっちゃダメなやつだ。

「……ほら行こうぜ、クレイグ、エレノア」
「まったく、着いて早々ついてないわね」
「ほんとチビはしょーがねえな。んじゃ、世話んなったな、魔術師のニーチャン!」

クレイグがラーシュに向けて気楽に声をかける。ラーシュも「ばいばい」と軽く手を振って返してきた。
どうにも素直に感謝の念を持てなかった俺は、何を言うでもなく一瞥して踵を返した。


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