5


まさかのナズハが一番乗りで、ここに来た目的を果たせそうだった。
とはいっても、今の俺らには婆さんが言ってた店の場所の見当すらつかない。
まだ情報が必要だ。ギルドに行けば何とかなるだろうけど。

てなわけでようやく予定通りにギルド……といくはずだったが、もう全然グッダグダだった。
冒険者ギルドへの道は簡単だった。看板でご親切に示されてたからな。
しかし、そこへ至るまでがまずかった。
クレイグは武器屋の露店を片っ端から覗くわ、店先に飾られた防具衣服にエレノアが目移りするわ、人混みに揉まれたナズハがまた迷子になりそうになるわ……。

「岩竜の斧は、アレぜってぇオレが使うべきだよな!?」
「あのなぁ、そのための金をカジノなんかで溶かしたのは誰だよ」
「クソッ……もうひと勝負で取り戻せたはずなのに、アルドが、アルドがよぉ……!」
「なんで俺のせいみたいになってんだよ!」

エレノアも普段は俺寄りの宥め役のはず……なのに、目をキラキラさせてショーウィンドウに飾られた防具に張り付いている。

「きゃー!アルド見て!このアーマー良くない?あたしの目の色にそっくり!うそっ、こんなに軽いの?ああ待ってこっちの彫金も可愛い!ボディラインが細く見えるわよね?このマント、外気に合わせて温度調節してくれる魔術がかかってるんですって!こっちは羽穴付き!」

――これである。
どれだって同じだろとか言おうものなら怒涛の反論が返ってくるので曖昧に頷く。
それに付き合っていると夜の暗がりにナズハを見失いそうになる。ついでに俺自身もスリに警戒しながらだから余計に神経を使った。

やたらと時間をかけてなんとかギルドにたどり着いたものの、長旅の直後ということもあってすでにヘトヘトだった。

初めて来る街では、冒険者は登録をしないとギルドの各種サポートが受けられないことになっている。
滞在登録を済ませてようやく、この街に受け入れられ感じがした。
本当ならすぐに仕事を探すところだが、俺は今すぐにでも宿に行って寝たい。夜だし。昼だけど。

ギルドでは常闇城の探索に関して、それほど有用な情報は得られなかった。ここに来る前に調べたものとほとんど変わりない。伯爵と大鷲の恋バナなんてかすりもしないくらい。
おまけに城関連の仕事も見つからなかった。
さっきの婆さんみたいに個々で情報と依頼を探せっていう暗黙のルールなのか?それとも、もう探索しつくされて興味を持たれていないのか……。

とりあえず市街地図をざっくり頭に叩き入れて今夜の宿を押さえたあと、近場の食堂で遅い昼食にした。周りが夜だから昼飯ってのも変な感じだ。
腹が膨れたら、俺たちは二手に分かれた。
クレイグとエレノアは物資の補充や情報収集。俺とナズハは巫術の店を探すことにした。

ケイナン通りのタウラの店。
通りの名前は地図で確認したからすぐ見つかったが、いわゆる裏通りってやつで建物はごちゃついていた。人通りも少なくて不気味。看板も異国文字ばっかりで読めねえ。
するとナズハが「あっ!ありましたぁ!」と唐突に声を上げた。ナズハの差す看板の字はやっぱり読めなかったが、こいつには分かるらしい。

ナズハの親は、もともと異国からの流れ者だった。
俺の故郷である港町は、物資も人も様々に運ばれてくる。そうやって居着いたのがナズハの親、そしてクレイグ、エレノアの祖先だ。幼なじみの俺たちが種族もルーツもバラバラなのはそういう理由である。
俺の祖先は昔ながらの土地の者だったが、両親はもういない。
母親をガキの頃に亡くして以来、ナズハの家に特に世話になったから、こいつとは兄妹のような関係だ。
また、ナズハの親には弓矢の扱い方も教わった。巫術師は元来、魔祓いの儀式だとかで弓術にも長けているそうだ。ナズハにはその才能はなかったみたいだが。

タウラの店の前に立ったものの、ナズハが中に入りづらそうにしてたから俺が先に入った。
入った瞬間、ナズハの家でよく嗅いだ匂いに似た煙に包まれた。
人の気配がなかったから「すいません、誰かいますか!」と声をかけたら、少し待ったあとに店の奥から人が出てきた。

「おや、お客さんとは珍しい」

そういって俺たちを迎え入れたのは、厚ぼったい前合わせの着物姿の、眼鏡をかけた中年男だった。続いて似た姿の老女も。親子かと思ったが夫婦らしかった。
ナズハを見るや否や同じ巫術使いだとタウラ夫婦は喜び、長らく会っていなかった孫にでも接するように親切になった。

「ふむふむ、お前さんは符の使い手やね」

茶を飲みながらののどかな歓談の末、旦那さんがそう切り出した。
ナズハの巫術は符と呼ばれる紙に術の内容の文を書いて、必要な時に発動させる仕組みだ。
符を通して自然界に呼びかけ、神霊だか精霊だかの力を借りる技である。

「は、はいっ。でも、お父さんとお母さんに教わった術以外のこと、知らなくて……」
「うちには符の書もないこともないけどねぇ。使い手も伝え手も少なくて、ほとんどが失われてしもたんよ」
「そぉなんですか……」
「そう落ち込まんといて。いま持って来るから」

旦那さんのほうは変な訛りの入った喋り方をする。
ナズハの両親とは違った独特な雰囲気を持っている人だ。
奥さんがボロボロの古い本を棚の奥から出してきて、ナズハに渡した。
両手で受け取ったナズハは困ったように奥さんと旦那さんを交互に見た。

「あのぉ、す、すごく貴重そうですけど……お代はおいくらですか……」
「ええのええの、持っていき。役に立つか分かれへん代物やし」

旦那さんの厚意にナズハがペコペコと何度も頭を下げた。俺もつられてお礼を言った。
かわりと言っては何だが、白紙の符の束と筆と携帯のインク壺、その他巫術師用のお守りだのなんだのと、他では手に入りにくい物なんかを買った。
客は少なくても商品の手入れは欠かしてない様子で、どれもが逸品に見えた。
帰り際には夫婦そろって店の前まで見送ってくれた。

「使い手が少ないゆうことは、可能性も大きいゆうことやろ。お前さんは若いんだからね、ないもんは新しく作っていけばええんと違う?」

旦那さんの言葉に、ナズハがハッと息を飲んだ。
俺とナズハは再度のお礼を言って、店をあとにした。


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