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そうと決まればとさっそく準備をして、陸路と船で約ひと月の旅に出た。
隣の領地とはいえ定期便が整備されているような場所なので、スムーズに現地入りした。

城壁に囲まれた魔術都市ロゲッタスは、神の怒りのひとつ、『永久に訪れぬ曙光』を受けた土地だ。
つまり朝も昼も夕方もない。年中無休で常に夜だ。だからか歓楽街としても発展している。
街の外は普通に昼間なのに、城門から壁の中に一歩踏み入れた瞬間に夜空が広がった。

「い、一体どうなってやがんだぁ?」

クレイグが空を見上げてポカンと間抜けヅラを晒した。ちなみに俺もだ。
それから門をヒョコヒョコ行ったり来たりして「昼!夜!昼!夜!」と鼻息荒く笑うクレイグに、巨人族の門番から厳しい視線が飛んできた。
俺はやってないのに一緒に睨まれた。

「行くわよバカ」
「イテテテ、尻尾はやめろ!」

エレノアがクレイグのフサフサの尻尾を掴んで門の内側に引きずっていく。
そうされても言うほど痛くないくせに。クレイグの種族は尻尾を掴まれるとほんの少し大人しくなるのだ。ほんの少し、な。

「さあ、これからどうするかだけど……」
「まずはギルドに行って、それから宿の確保と情報収集だろ」
「そ、それがいいと思います」

先頭をきるエレノアに俺が提案して、ナズハがおっとりと頷く。俺らはいつもこんな感じに進行し、そしていつもクレイグが斜め上のトラブルを引っさげてきてかき回す。

「まずは酒場だろ酒場!夜は酒飲まなきゃはじまんねーぜ!そのあとカジノだ!」
「お前はっ、おとなしくっ、してろ!」

さっそく走り出そうとしたクレイグの尻尾を掴む。
こいつのこれで何度トラブルに巻き込まれたか分からない。ただでさえ初めての土地である。一応事前に調べてはいるけれど、前情報なんてたいして当てにならなかったことがほとんどだ。

しかし興奮したクレイグの勢いは止まらない。ずるずると俺の方が引きずられていく最中、酔っ払いのおっさんにぶつかった。
その瞬間に手が緩んで、クレイグはあっという間に抜け出してしまった。両手で掴んでいた尻尾がなくなると同時に、俺は、バランスを崩して前のめりにつんのめった。

「待てクレイグッ……うわっ!」
「おっと」

地面に顔面着地するかと思われたが、その前に襟首を引っ張られた。首が絞まって息苦しくなったが、公衆の面前で転ぶよりはマシ……だと思いたい。
俺の襟を引っ張ったのはエレノアかと思いきや、傍らに立っていたのは、女連れの若い男だった。

「ど、どうもすいません」
「いやいや〜。転ばなくて良かったね」

褐色で細面の男がにっこりと笑った。
俺より年上に見えるその男は、白っぽいストロベリーブロンドだった。その長めの髪が丁寧に編まれている。
暗がりに浮かび上がるような白いローブが、男の足元まで覆っている。独特な形の杖。そして、指や耳にいくつものアクセサリー。

杖を持ってるってことは魔術師だ。それにしたってこの風貌には驚く。
魔術都市ってこういうのが普通なのか?
俺が今まで見た魔術師はみんな賢そうというか落ち着いてるというか……とにかく、こんな浮かれた格好はしてなかった。
おまけに連れている女は夜の街に似合いの露出系美女。希少種の花樹族だ。クソ羨ましい。

「きみ、この街初めて?」
「は、はぁ、そうです」
「ふーん。ようこそ、祝福の地に。終わらない夜を楽しんで」

それがこの街のお決まりの文句なのか、早口に言って男は背を向けた。花を纏ったセクシーお姉さんも、去り際に俺にあでやかな笑顔とウィンクをくれた。正直ドキッとした。
呆気に取られたまま彼らを見送っていると、エレノアも同じく目を丸くして隣に立った。

「はぁ〜、不思議な男だったわね。すっごい格好。顔の造りはやたらと整ってたけど」
「そうか?酒場のサムドさんのが格好いいんじゃないのかよ。女子的に。俺には分からんけど」
「サムさんはサムさんだって!ねえナズハ……ナズハ?」

エレノアにつられて振り返る。が、ナズハの姿はそこになかった。
翅を萎れさせたエレノアが両手で顔を覆う。俺も夜空を見上げた。

「さいっあく……」
「マジか……」

クレイグに続いてナズハまでが迷子とは。


姿の消えたどっちが厄介かといえば、どっちもだ。
クレイグは余計なトラブルを持ってやってくるし、ナズハは意志薄弱な人の良さで変な輩に絡まれる。
しかし歓楽街の治安の悪さを考えれば、女のナズハのほうが危険だ。だからまずは二人でナズハ捜索に出た。

「ナズハが行きそうなところは?」
「……わかんねえ」

ガキの頃からの付き合いでも、ナズハがやらかすようなことが見当もつかない。いつだって俺のあとをチョコチョコ付いて回るようなやつだからだ。
女同士な分、エレノアのほうが分かりそうなもんだけど。

「そういえば新しい術の話に食いついてなかった?」
「そうだったな。巫術の呪文書が置いてありそうな店……」

知らねーわ。つーか街に着いたばっかりだわ。

「よし、先にクレイグを探そう。あいつならナズハの匂いを辿れる」
「そうね。そうしましょ」

クレイグならばはっきりと酒場と賭博場と言っていた。
あいつの性格から考えて店を吟味するってこともないし、目に付いた近場の店に飛び込んでるはずだ。

「酒場……っていっても多すぎない?」
「だな」

すぐ近くにあった大通り一帯、ほぼ全部酒場だ。さすが歓楽街。これはクレイグも選べないだろう。先に街の目玉でもあるカジノに行ってるかもしれない。
このへんで一番大きいカジノはどこかと串焼き屋台のオヤジに聞いたら、大通りの先を指された。
魔石の灯りが煌々と夜を照らす、どでかい建物がそれだった。黄金に輝く鷲の彫刻が正面の壁にドンと設えられていてすごい迫力だ。

「おう、おっせーじゃんアルド!エレノア!」

クレイグはさっそくルーレットのテーブルについて賭け事をしていた。
パーティの財産は俺とエレノアが分担しているが、クレイグ自身の手持ちはすでに全部賭けにつぎ込んだらしい。バカすぎる。

「お前、すったらどうすんだよ。新しい武器とか買うんじゃなかったのか?」
「いや勝てる!ぜったい次来るぜ!分かるんだよオレには!」

あ、これ負けるやつのセリフだ。
賭博場のルールではベットしたら途中で降りることができないというので、とりあえずワンゲームの行方を見守った。
……まあ負けるわな。

「くっそー何でだよ!来ると思ってたのに!アルド!金貸してくれ!」
「アホ。パーティの金をここで溶かしたら、俺ら宿にも泊まれなくなんだろ」
「そこをなんとか!」
「ならねえよ!」

クレイグの首根っこを掴んでカジノを出ようとした矢先、店の給仕に阻まれた。

「お客様、お飲み物代のお支払いがまだですが」
「おーおーそうだった。喉乾いてたからよぉ、先に一杯やったんだよな!」

酒場に行ってないと思ったらここで飲んだのか。
呆れている間に、小太りの給仕が上品な革のケースに挟まれた精算紙を俺らに掲げて見せた。

「お代は3000クアロでございます」
「……はっ?」

俺とクレイグとエレノアの声が揃った。
3000?それって俺ら全員の食費四日分の金額だけど!?たかが酒一杯で!

「いやー、はは、やけに美味い酒だなーと思ったんだよなぁ」
「そういう問題じゃねえ!このバカ!」
「お客様?」

俺とクレイグが小声で言い合ってると、給仕の声が低くなった。表情もみるみる険しくなっていく。
まさかここで支払わないなんて言えばどうなることやら……。

「あ、ああすいません。払います払います。……ん?」

大事な財産なだけに間違っても落としたり失くしたりしないよう、俺の財布は服の内側にしまってある。
ところがその場所がやけに軽い。ていうかない。

――財布が、ない。


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