夜は続く1


「俺たちと来いよ、ラーシュ」なんて格好つけて言い切った俺だったが、結論から言って、俺たちはすぐに魔術都市を出られなかった。

そのひとつめの理由として、長年この街で暮らしてきたラーシュにはそれなりの生活の基盤というものがあったからだ。
当人はその気になれば家賃も借金も踏み倒して夜逃げ同然に街を出るつもりでいたそうだが、俺らパーティはそこまで急かすつもりはない。
ラーシュも今となっては焦るわけでもなく、身辺の整理をしてからのほうが悔いなく旅立てるということで話がついた。

ふたつめは、もっと単純で切実な理由である。
先立つものがなかった。金欠ってやつ。





「――ですから、ギルドを経由していない、個人事情の探索中に起こったトラブルについては保障の適用外でして」
「アビナスタのギルドではその場合も三割程度補償される契約で登録してた。ここでも使えるはずだ」
「ティトコン領ではそうかもしれませんがね、あいにくここはレブール領でして」
「国の保障なんだから領地の別は関係ないだろ!」

声を荒げつつ冒険者証をテーブルに叩きつける。
カウンター越しに、眼鏡のギルド職員と俺は睨み合った。

六角形で金属製の冒険者証には、俺の出身地であるティトコン領の紋章が刻まれている。これは身分証であると同時に自身の保障や財産管理の役割もしてくれる、冒険者にとって命の次に大事なものだ。
アビナスタはティトコン領のなかで一番大きな街だ。故郷を出て数年、俺たちはそこを拠点に仕事をこなしていた。
先進都市ほどの都会感はなかったが、住みやすくて依頼もそこそこ豊富で、安定した生活ができていた。

そして今現在、俺がいるのはロゲッタスの冒険者ギルド。施設に着いて早々こんな言い合いをしているのにはわけがあった。
そう、常闇城で側近ヴォジャイドとの戦闘中にクレイグが折った岩竜の斧のことだ。
貸し武器屋を通して一時的に手に入れた斧だが、壊したとあっては武器屋のオヤジは黙っちゃいない。売り物にならないから買い取れと詰め寄ってきたわけだ。
パーティのリーダーである俺を連れてきてから話をつけるとかなんとか言い訳して逃げ回っていたらしく、回復したばかりの俺は、クレイグの尻拭いに奔走することになった。

俺たちはまず武器屋に向かった。
目抜き通りの露店で見本を見せていた武器屋は別の場所に店舗を構えていた。
そこで事情を説明し、アテがあるからと少し待ってもらえるよう説得したのだった。

さらにその足で初日に利用した宿屋に行った。預けていた旅の荷物のことがあったからだ。
城の探索にあたって、着替えやら何やら全部の荷物を持ち歩くことはできなかったから宿屋に預けていた。
ところが、俺らが城から戻ってきたとき二十日も経っていたことが問題だった。つまり、一時預かりの延滞料金を払えと迫られたのだ。そっちは手持ちで足りたからなんとか支払えたが。
引き取った荷物はラーシュの家に置かせてもらえることになった。

荷物は四人に任せて、次に、俺だけでギルドに来た。冒険者保障制度の申請のためだ。
これは探索や依頼遂行中に起こった様々な問題に対応してくれるサービスで、武器や防具の破損による金銭発生を一部負担してくれるというものもある。
俺たちもパーティ単位で安価なプランに一応入っていた。
申請が通れば貸し武器屋のほうで金銭補助が出るし、買い取りにしろ多少は安くなる。
――が、それを頼りに来たってのに、問題のギルド職員がこっちの言い分にいちいち屁理屈をこねてくる。
アビナスタのギルドだったらありえない頭の固さだ。最初は穏便に話を進めていた俺だって声が大きくなるってもんだろう。
隣のカウンターでも他の冒険者が職員と怒鳴り合っている。それだけじゃなくそこかしこで誰もが声を張り上げていて、建物が大きいだけにその喧騒も段違いだ。

「とにかく!アビナスタのギルドに問い合わせてみろよ」
「そうなりますと申請含めてふた月はかかりますねえ。何せこちらと違って時代遅れ……おっと失礼、設備の行き届いていない街ですから、問い合わせ手段がね、ええ」

職員が顎に手を当ててねっとりと言う。ちょいちょい腹立つ言い方しやがって。
一歩も引きたくなくてもうひとこと言ってやろうとカウンターに乗り出した俺の肩に、背後からぽんと手を置かれた。

「まあまあ、もーちょっと穏やかに話さない?お二人さん」
「ラーシュ!」
「ラーシュさん?」

慌てて横を見れば、派手な風貌の魔術師が目に入った。
宿から引きあげた荷物を置きにクレイグたちと家に戻っていたはずだが、いつのまに来たんだか。
ラーシュはローブの内ポケットから自身の冒険者証を取り出してヒラヒラと振った。五角形で、レブール領の紋章が入っている。他国発行の冒険者証だが、この領地に籍を置いているという証だ。
それを職員に差し出しつつラーシュは肩を竦めた。

「まだ決着つかなそーだし、先に俺のパーティ加入登録してくれない?」
「えぇっ?パーティを組まれる?ラーシュさん、ずっと単身でいらしたのに?」
「うん。この子に口説かれちゃってね〜。俺もそろそろ落ち着いたほうがいっかなーと思ってさ」

ラーシュが俺たちの一員として行動するには改めてパーティ申請しなきゃならない。
その相談も含めてギルドに来たはずが、融通の利かない職員のせいで余計に時間を食ってしまっていた。
パーティは俺が代表として登録してあるから、職員は渋々といった様子で俺とラーシュの冒険者証をまとめて受け取った。

魔道板の上に円形に青白く浮かび上がったふたつの魔術式を職員が羽ペンで操作し、あっという間にパーティ登録完了。
さすが魔術都市、冒険者証を書き換える魔術式が複雑。それのおかげか手続きが早い。
俺たちのパーティの一員だという文字が刻まれた冒険者証を受け取ったラーシュは満足げに頷いてから、カウンターに肘を置いて職員に顔を近づけた。

「ありがと。いつも仕事が早くて正確だね。で、ちょっと相談なんだけど」
「……なんですか」
「この子らが行ったお城探検ね、俺も一緒に行ったのよ。だからさ、俺の保障でなんとかならない?俺のはここのギルドのだし即日いけるでしょ」
「それは、パーティ加入する前の話でしょう?」
「そこをなんとかさ。ほら、カジノのイヴリンちゃん紹介してあげるから」

職員にさらに顔を寄せ、含み笑いしつつ耳打ちをするラーシュ。
イヴリンちゃんとかいうのがどんな人物かは分からないが、鉄面皮のメガネ男の鼻の下がだらしなく伸びた。
職員はすぐに我に返ってメガネを押し上げながらひとつ咳払いしたあと、再び魔術式を開いた。さっきのとは違うものだ。

「ま、まあ、ラーシュさんが常闇城に精通して冒険者と同行していることは当ギルドのほうでも把握しておりますし、彼らと正式にパーティ登録したのであれば、適用も可能かと」
「さっすが、仕事ができる男は話も早いね」

こちらにサインを、と羽ペンを渡されたラーシュは魔術式に直接さらさらと名前を書き込んだ。
この羽ペンはインクを使わない魔術式専用の魔道具らしい。アビナスタや他の町では紙媒体での申請からだから時間がかかるが、直接記入だとそれだけ事務処理が省けるってことか。
技術がやべえ、魔術都市すげえ。

「はい、……はい、ありがとうございます。確認できました。では、全額補償ということで承りました。店舗の住所と名称をこちらに」
「えーと、アルドわかる?」
「あ、ああ。店のチラシが――」

腰に括りつけたバッグからくしゃくしゃのチラシを引っ張り出した。
隣接の貸し武器屋と住所はほぼ一緒でチラシに両方載っている。店に寄ったとき一応もらってきておいて良かった。
それを見ながらラーシュが記入をして、最後に俺がサインを入れて手続き完了。
実際に補償金が出るのは数日後だが、ギルドから店に直接いくから俺らはもうこのあとノータッチでいいそうだ。
ていうか全額補償って。どんな手厚い高額サービスで契約してんだ。こわ。

気持ち悪いくらい愛想良くなったギルド職員は、「またいつでもお越しください」と笑顔で頭を下げた。
施設を出ると、夜空に幻想的な赤い月が輝いていた。

「――アルド、窓口のお兄さんのこと恨まないでやってね。この街ってひどい言いがかりつけてくる冒険者が多いから、新顔には大抵ああいう言い方になっちゃうのよ」

ラーシュに心の中を覗かれたようなことを言われてドキッとした。
イラついて大声を出した自分が恥ずかしい。
馴染みのない土地で厳しい目が向くのは冒険者にとって通過儀礼みたいなもんで、腹を立てるよりどうやってうまく立ち回れるかを考えるべきだった。
しかしラーシュはそれを責めることなく、冗談めかして続けた。

「特にロゲッタスはどこでも正論も正攻法も通じないことが多いからね。ああいう手口を使ったほうが早いよ」
「いや……つーか悪かったなラーシュ。パーティ入っていきなり便利に使ったみたいで」
「別にいーよ。補償金の分も案内料に上乗せしとくから」
「くっ……」

なんかどんどんラーシュへの借金が膨らんでいってる気がするんだけど。
それでも目の前の支払いに追われて胃を痛める不安がなくなったのは、やっぱりありがたかった。

「あいつらは?」
「先に食堂行ってるよ。俺たちも行こっか」

歩きながらラーシュが俺の肩に手を回してくる。
終わらない夜の街での滞在は、なかなか気が休まる暇がない。


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