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申請と相談程度でこんなに手間取るとは思わなかった。昼時はもうとっくに過ぎている。
俺もそうだがクレイグたちも同じ考えだったから、それぞれの用事を済ませたあと外で合流して昼食にするつもりでいた。
しかし現地人であるラーシュだけはこの状況を見越して俺の様子を見に来てくれたみたいだった。何から何まで不甲斐ない。

ギルド近くの例の酒場を集合場所として決めておいたのだが、そこはいつも混んでいて落ち着かないってことで通りから外れた場所の食堂に変更したそうだ。ラーシュおすすめの店らしい。
リーズナブルでメニューが豊富な、近所の住民が通う穴場的な店だそうだ。ドアを開けた瞬間に俺にもそれがわかった。客層も店の雰囲気も明るくて感じがいい。

「なんだよラーシュ、もうオレらのパーティ入っちまったのか?」

食堂で顔を合わせてすぐにラーシュが冒険者証を見せると、先に酒を呷っていたクレイグは呆気にとられたように言った。
俺もその台詞には同意だ。まさかあんなに早く手続きするとは思わなかったから正直驚いた。保障の可否でごたついてる俺を見かねての加入だったのかもしれないが。
そういう意味でも借りができたというか……いや、ありがたいことにかわりないんだけどな。

「そーなの。よろしくね」

テーブルの空いた席に座りながらラーシュは冒険者証を懐に戻した。その隣に俺も腰掛ける。
実はひそかに心配していた。彼は前のパーティに未練があって、俺たちの仲間になることに対して少なからず葛藤があるんじゃないかって。
だから急かすつもりはなかったんだが、まさかラーシュのほうから言い出すなんてな。

――クレイグ、エレノア、ナズハには、ラーシュの過去のことは言っていない。
俺だって本人の口から聞いたわけじゃない。知ったのは事故みたいなもんで、ラーシュにとっては不本意だっただろう。
ただ、俺だけでも知ってるっていうのは悪いことじゃないと思ってる。それがなかったら仲間に誘おうなんて考えに至らなかったわけだし。
だからせめて、ラーシュが自分で話すまでは俺からはやつらに何も言わないと決めた。ラーシュにもそういうことで納得してもらってる。

気にしなくていいのに、と彼は苦笑したものの、どこかホッとした表情だった。
消せない過去はラーシュの中でまだ消化しきれていないようだ。

そしてパーティ加入の是非については、思った通りあっさりしたものだった。
クレイグは「おう、オレはいいぜ」の二つ返事で、ナズハも「わ、私も、あの、いいと思います」と予想通り。
エレノアの返答はちょっと変わっていて「美形歓迎」だった。それでいいのか、おい。
まあ、城での探索で実力は保証済みだし、俺らと旅路を共にする理由にしても「探したい人たちがいるから」ということで、全員一致の賛同だった。

俺とラーシュの飲み物を注文したあと、エレノアが翅を萎れさせたまま肩を縮こませた。

「ごめんねアルド。あたしたちが宿に置きっぱなしの荷物のことすぐ気づけばよかったのに……」

そう言って申し訳なさそうに眉尻を下げる。俺が寝込んでた間のことを言ってるんだろう。
俺ほどじゃないがこいつらもこいつらで疲労困憊で一日近く爆睡してたって話だから、別に責めるようなことじゃない。貴重品があるわけでもない荷物なんて俺だって後回しにする。

「一日二日じゃたいして変わんねえし気にすんなよ。俺ら的にはそんなに時間経ってる感覚なんてなかったしな。つーか反省するならクレイグ、お前だ。ラーシュのおかげで斧の件はなんとかなったんだからな。感謝しろよ」
「あん?どういうこった?」

ギルドでの顛末をかいつまんで説明すると、クレイグは目を輝かせた。

「マジか!あんがとよ!っは〜、マジどうしようかと思ってたんだよな!」
「つーかお前な――」
「まあまあもういいじゃねーか!ってことで問題も解決したことだし、正式に仲間になったラーシュの歓迎会でもすっか!」
「えーほんと?嬉しいな」

クレイグに言いたいことはもっとあったが、それはそれとして新メンバーはめでたいことでもあるので嘆息ひとつで済ませて追及をやめた。
隣に座るラーシュを拳で軽く小突けば、彼からも笑顔で拳がこつんと返ってきた。

「じゃあ〜……改めて!これからよろしくな!ラーシュ!」
「よろしくね」
「お、お願いします」
「かんぱーい!」

クレイグがでかい声で音頭をとり、俺たちは同時に金属杯を突き合わせた。
しばらく楽しく飲み食いしたあと、それぞれの役割について詳しく話し合った。命に関わる大事なことだからだ。主にラーシュの術についての話が中心だったが。

同じ魔術師のナズハとは系統が違う。大まかにいってラーシュは攻撃系でナズハは補助系だ。
その点でもパーティの戦力アップになったのは間違いない。しかし今までとどう変わるか、それはまだ未知数ではある。城での様子を思い返せば相性は悪くなかったが。

それと、ラーシュには呪いや幻覚の類が効かず、解呪ができるというのもかなりの恩恵だ。
そういうのに一番弱いのは、穢れを嫌い感受性の強い妖精族のエレノアだ。
ナズハは耐性のきく体質で魔祓いもできるが、精神のタフさと術の熟練がまだ足りない。
クレイグは……いろんな意味で単純だから効いたり効かなかったりその時でバラバラ。
俺は普通の人間だから極端に効きすぎたり鈍すぎたりってことはない。

それから、古代文字魔術のことだ。

「あの、ラ、ラーシュさんの、呪文詠唱って、どんな意味が……?」
「あはは、ナズハちゃんには分かっちゃった?」

ナズハとラーシュの謎のやりとりに俺ら三人は首を傾げた。

「俺の呪文……みたいなやつってね、実は意味ないんだよ」
「はあ?なんだそりゃ?」

クレイグが眉間に皺を寄せて片膝を椅子の上に乗せて身を乗り出す。椅子から垂らした尻尾をゆらゆらと揺らした。

「ある程度の弱い術は、実は杖に覚えさせてあってね」

言いながらラーシュが杖を俺たちに見せた。引き寄せられるように全員で顔を付き合わせる。
彼の腕と同じくらいの長さの杖には、柄に細かく模様が彫られていた。
一見して元からあった杖のデザインみたいに見えるそれは、古代文字をバラバラにして描いたものらしい。ラーシュ自身が彫り込んだそうだ。

「この杖、俺仕様に作ってあるから他の人が触っても何も起こらないけどね。えーと……こんな風に、文字の書き順に従ってなぞりながら魔力を流し込むと、魔石が反応して術が呼び出されるっていうのかな?簡単に言うとそんな感じ」
「わ、私の符に近いですねっ」
「そうそう、そゆこと」
「へ、へえ……?」

ラーシュとナズハが和気藹々と意気投合してるなか、俺たちはその意味が全然分からなかった。
人差し指や親指をするすると動かしてやり方をみせてくれた彼だが、俺にはさっぱり理解できなかった。

「文字魔術は字を書いてはじめて術が発動するわけだけど、いちいち書くのが面倒でさあ。よく使う術はそうやって簡略化してあんの。威力の大きい術はそういうわけにもいかないから、その場で書かないといけないけどね」
「ナズハが言ってたけど、呪文詠唱がいらないらしいってのは本当か?」
「うん、ほんと。文字自体が詠唱そのものみたいなもんだからね。ただ、魔術って呪文がセットってのが世間の常識じゃない?だからいきなり術が出ると驚かせちゃうみたいでね、前に俺の客から苦情が出たから、それ以来適当に呪文っぽいこと言うようにしてるんだ」
「まさかのなんちゃって呪文かよ……」

俺が呆れて言うと、ラーシュはツボに入ったように声を上げて笑った。

「別に雑に言ってるわけじゃないよ?文字の意味はだいたいそのまんまだし。現代語意訳ってとこ」
「ふーん?まあ俺ら的にも呪文あったほうが分かりやすくていいかもな」

杯を呷って酒を流し込む。すると、エレノアが俺の手を指差した。

「ねえアルド。ずっと気になってたんだけど、その綺麗な指輪はどうしたの?そんなの持ってなかったわよね」

さすがエレノア、目ざとい。
酒をテーブルに置いてから、親指にはまっている指輪がみんなに見えやすくなる位置まで伸ばした。

「詳しいことは今は省くけど、これ、魔道具らしいんだわ」

城で伯爵からもらったことと、その効果を簡単に説明した。それを肯定するようにラーシュも隣で頷いている。
エレノアとナズハはそれぞれ驚いた反応をしたが、クレイグは意外にも感心して腕を組んだだけだった。鑑定に出せとか見せびらかそうぜとか言うかと思ったのに。

「良かったなアルド!だからオレの言った通り、この街来て良かっただろ?」
「いや、どんだけポジティブだよ」

到着早々あれだけのことがあって、素直に良かったなんて言えねえよ。クレイグたちには言ってないが俺は夢魔の呪いも受けたわけだし。
なんとなくラーシュを横目で見ると、俺の視線に気づいた彼が笑みを浮かべたまま首を傾げた。

「よっしゃ!そんじゃさっそくそれの威力試しにどっか行くか?」
「そうしたいのはやまやまなんだけどな、新しい矢を買えるだけの金がない。ていうかお前だって武器ないくせに何言ってんだよ」

斧の買い取りについてはラーシュのおかげでなんとかなったが、それにしても予定外の出費と滞在費で財布はカツカツだった。
そもそもクレイグは元から持っていた武器を下取りに出して岩竜の斧を借りてたから、今は柄が折れたエモノしか手元にない。馬鹿すぎる。
武器が壊れたこと自体はあの状況では仕方なかったと思う。が、それにしたって冒険者としては致命的だ。
刃部分が頑丈だったのは救いだが、持ち手部分を修理するにも金がいる。
とにかく俺らは一刻でも早く稼がないとまずい。
すると、ラーシュが片手をひらりと気怠げに挙げた。

「あのね、そのことで俺から提案があるんだけど」
「なんだよ?」
「みんなで初仕事行かない?俺もさ、二十日いなかったせいでハウバにすぐ家賃払わなきゃいけなくて」

あてにしてた収入(案内料のことだ)が見込めないから、と彼が余計なことまで付け加える。いやその通りなんだけど。

「なんか実入りのいい仕事があるのか?」
「あるある。しかも特別な武器もいらないし、日帰りで行けちゃう場所」
「へえ。あーあれか?薬草集めとか?」
「ううん、貝拾い」

貝拾い?


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