13


クレイグが押しただけで扉は簡単に開いた。
中は天井が高く、そして部屋というより、横幅が広い廊下といった感じで遠く先まで伸びている。
そして両脇には、鉄格子が嵌まった牢屋がずらりと並んでいた。その中には大きな石像がひとつずつ、窮屈そうに収められている。
像は神に仇なす千の悪魔たちを象っているようだが、憤怒、悲哀、苦悶、忘我と、ひとつとして同じ表情がない。作り物とはいえ精巧で不気味だ。
そんな悪魔の石像に睨まれながらも俺たちは進んだ。

「どこに続いてんだろうな、ここは」
「さあね。とりあえず進むしかないでしょ」

黙りっぱなしだと気が滅入るので、俺の半歩うしろを歩くラーシュとそんなどうでもいい話をした。
やがて、先頭を歩いていたクレイグがぴたりと立ち止まった。訝しみつつ道の先に視線を巡らせると、その理由はすぐに知れた。

道の真ん中に車輪がひとつ浮いている。というか空中で静止している。大きさは人一人分くらいか。車輪にしてはでかい。
そして車輪の形をしているが、輻部分に十二本の剣が放射状に刺さっていた。
ここまでの経験から、この車輪も何かしらの罠だと感じていた。

「ちょっと見せて」

ラーシュが俺たちの前に出て車輪に近づいた。顎に手を当ててそれをまじまじと観察する。
ぱっと見では気づかなかったが、剣の刃部分に何か字が彫られていた。その字が不規則に点滅している。二、三文字が同時に光る形で。
現代語じゃなさそうなそれを、ラーシュは読み解いているらしい。何か法則を見つけたようで、しばらくしてから上を指差した。

「たぶんだけど、ここは上の武器庫に繋がる道だよ」
「どう見ても牢屋だけど……。まあでも、だったら地下からは抜け出せるってことなのか?」
「そうなるね。これは呪文を唱えたら鍵が開くタイプかな?んーと、『戦う者に力を。不届き者に死の安らぎを』って書いてあるみたい。それとこっちは――」

ラーシュが言いながら杖で文字を指した時、剣の刃が上から反時計回りに車輪から飛び出した。全部の剣が出たあと、車輪は陽炎のように消えてしまった。
それと同時に遠くからガシャーンという金属音と唸るような地鳴りがはじまる。明らかに嫌な予感しかしない振動だ。

「あ、あれ?なんか間違えちゃった感じ?」
「間違えたら罠が発動すんのかよ!?」
「いや〜ごめんごめん!古代語じゃないと反応しないと思ったのに現代語対応なんてすごいね、この仕掛け」

ラーシュが笑ってごまかした。全然悪いと思ってないじゃねえか!
不穏な地鳴りは背後からやってきた。慌てて振り返ってみれば、牢屋の鉄格子が奥の方から順番に開き、中から悪魔の像が這い出していた。それらが立ち上がり、ドスン、ドスンと歩いてこっちに近づいてきてる。

「は、走れ!うしろから来てる!」

俺の号令にみんなが素早く反応した。
ラーシュだけは俺たちの背後に向けて例の文字魔術を放った。ところが悪魔像は、粉々に砕けたがすぐに元の形に戻ってしまった。
術が効かないと見るや、彼も「やばっ」と焦って駆け出した。

ラーシュの強力な術であれなら、俺たちの力ではとてもじゃないが倒すことなんて出来ない。
クレイグは足の遅いナズハを肩に担いで走り出した。エレノアも翅をたたんで疾走した。彼女の翅は速く飛ぶようには出来ていないのだ。
ラーシュは三人にあっという間に追い抜かれて俺と並んだ。

決して速い動きではないものの、巨大な像が迫ってくる様はものすごい重圧感だ。
心臓が壊れるかと思うくらいに走る。
悪魔の像は群れをなして追いかけてくる。それなのに景色は変わらず、両脇の鉄格子にはいつ動き出すかわからない石像がこちらを睨んでいる。この道がどこまで続くかも分からなかった。

終わりの見えない逃走は、肉体はもとより精神的にもきつい。

俺は、なんでこんなことになってるんだ?
そもそもクレイグが魔術都市なんて言いださなければ良かったんだ。エレノアだってもっと反対していたらこんなことにならなかった。ナズハの意見になんて耳を貸さなきゃ良かった。
ラーシュが、ラーシュとなんか会わなければ、案内人なんてふざけた仕事して、ラーシュが……!

八つ当たりめいた憤りが渦巻く。
今すぐ足を止めて怒鳴り散らしたい。でもそうしたら石像に押し潰される。だから走り続ける。肺が破れそうになっても。

すると、先を走っていたクレイグとエレノアが急に足を止めた。
道の真ん中に古めかしい衣服を着た老人がいたからだ。ただし、天井から伸びた太い鎖で逆さに吊るされている。
落ち窪んだ目から黒い体液が流れ、まるでそこだけ穴が空いているようだ。皺だらけの口からはブツブツと絶え間なく呪いの言葉を発していて、一見して魔物だということが分かる。

「ヴォジャイド……!」

ラーシュが叫んだ。
側近ヴォジャイド!こいつが元凶か!
こいつさえ目覚めなければ、こいつさえ――!

すぐ後ろに悪魔の石像が迫っている。前も後ろも挟まれた。どちらにしろ倒すしかなさそうだ。
ヴォジャイドが口を大きく開いた。乱杭の牙が醜く生えた口は、よだれを垂らしながら顔半分ほどに広がった。
開いた口から何本もの舌が勢いよく飛び出してくる。それらがクレイグとナズハ、エレノアを捉えようとした。その刹那、考える暇さえなく、俺は火炎矢の最後の一本を射った。

矢はヴォジャイドの喉を射抜いた。
すんでのところで舌は引っ込んだが、ヴォジャイドには大して効いていないかのようだった。
爺さんがニタニタと笑いながら矢を引き抜く。
それが引き金になったかのように闇の中からおびただしい赤い光が現れ、ヴォジャイドの周りを囲った。肉の腐り落ちた蝙蝠だ。

「うぉらっ!!」

ナズハを肩から降ろしたクレイグがヴォジャイド目がけて斧を投げつけたが、蝙蝠が盾になって阻まれた。跳ね返った斧を跳んでキャッチしたものの、持ち手の部分が半分折れていたことにクレイグは舌打ちした。
ナズハの符は術を発動させる前に黒ずんで使えなくなった。術に対して穢れの力が強すぎるせいだ。
ラーシュが宙に文字を描いて蝙蝠を大量に爆散させたが、それ以上の数がどこからか湧いてきてヴォジャイドには届かなかった。
それでも蝙蝠が減ったところにエレノアが入り込み一点突破の刺突を試みる。が、それも阻まれた。

蝙蝠の合間から何本もの舌が伸びてきて彼女を捕らえようとしていたから、俺は矢をいくつか射ってそれらを退けた。しかし当たらずにひとつだけ残った舌に、彼女は足首を掴まれてしまった。
クレイグが、エレノアを捕らえている太い舌を斧でぶった斬る。そのクレイグを齧ろうとしていた蝙蝠をエレノアが串刺しにした。
蝙蝠に襲われそうになっていたナズハを、近くにいたラーシュが抱えて魔術で蹴散らす。

背後で石像が重い足音を響かせている。だんだんそれが大きくなっていた。
猶予はないのにヴォジャイドを打ち破る術も見つからない。俺の矢もついに尽きた。

万事休すかと唇を噛んだそのとき、重厚な鐘の音が響き渡った。
直後、天井から壁が降ってきたのだった。

「アルド……ッ!」

俺を呼ぶ誰かの声を最後に、目の前に石壁が立ち塞がった。続けてうしろも、天井も。
突然のことに、俺は呆然と立ち尽くした。
避ける間もなく、また元の迷宮に戻されてしまったらしい。俺一人だけが。
さっきまでの地鳴りも石像も魔物も、仲間も何もかもが消えた。取って代わって耳に痛いほどの静寂が俺を包む――。

「くそっ!」

一寸先は闇とばかりの迷宮の石壁を拳で殴った。
仲間といればこんなデタラメな城でもまだマシだった。それが、何もない通路に一人放り出されるなんて。

本当に、なんで俺がこんな目に遭うんだ!
だから俺は最初から嫌だって言ったんだよ!

クレイグがエレノアがナズハが、ラーシュが……そんな風に内心あいつらを責める。
――けれど本当はわかってる。なにより一番腹立たしいのは、俺自身の弱さだ。あいつらは何も悪くない。

俺がもっと賢くて冷静で、他の冒険者の鼻を明かしてやろうなんて考えずに城探索を止められたら。
ラーシュにからかわれないくらいしっかりしていれば。
俺が、あいつらを守れるくらい、もっと強かったら……。

自己嫌悪に苛まれる。加えてこの状況をどうしたらいいのかという混乱と恐怖に足が震えた。
あいつらはどうなっただろう。ヴォジャイドにやられてまさか全滅……なんてことはないよな。ないと、信じるしかない。
もしかしたら俺みたいに、迷宮にそれぞれ閉じ込められているかもしれない。
正直、何も分からないことが一番怖い。

数分かけて深呼吸をした。自己嫌悪も恐怖心も、今はムリヤリ抑え込んで次のことを考えるしかない。
俺は冒険者だ。絶対に生きて帰ってみせる。そしてあいつらと必ず合流するんだ。どんな状況になっていようと。

腰に括りつけたバッグの中から固形塗料を取り出した。ラーシュがしていたみたいに分かれ道の目印として壁に書く用のものだ。
矢はもうない。かわりに、弓を肩に斜めがけしてから革の鞘から短剣を抜いた。そうして迷宮を慎重に進んだ。

どれくらい歩いただろう。夢の部屋すら見つからない。
焦りから浅くなる呼吸を必死に落ち着ける。心臓はずっと速いままだ。

いつしかようやく扉を見つけた。俺は飛びつくようにしてそれを押し開けた。
中は、石壁に囲まれた行き止まりの部屋だった。誰かの夢の中って感じでもない。
空っぽで、どう見ても『ハズレ』だ。
それを見たら急に力が抜けて、壁際に座り込んだ。

やばい……ちょっと休憩しよう。
疲れた。一度そう思ったら、脚が細かく痙攣して立ち上がる気力も萎えた。

あいつらはどうなっただろう。クレイグは、エレノアは、ナズハは――ラーシュは。
色々と考えを巡らせている間に瞼が下りてきた。少しウトウトしはじめると頭のほうも鈍る。
こんな状況で命取りだって分かっているのに、俺は、襲いくる眠気に抗えなかった。


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