エリオットとティアンヌ


エリオット・ノーザン・ヴィレノーは、忘却大陸東部に位置するオルキア帝国の、北西部の街に居を構えている子爵家の長男である。

そして今は生家を離れ一人、学術都市ジョレットで魔法使最高権力者・三賢人の一人である老カルザールの下で働いている。
とはいえ直属の部下ではなく、老カルザールが長として名を置いている魔術学校マグナ=フェノーザの准教授だ。

フェノーザといえば、数ある魔術校のなかでも最高峰と名高い。
大陸中の貴族の子息令嬢や将来を期待された実力者が多く在籍し、その名を連ねている。エリオットもこの名門フェノーザ校の卒業生である。

エリオットはフェノーザ在籍中、16歳で結婚した。相手は三つ年上の伯爵家の女性だった。
貴族の早婚を当然とするオルキアでは若年で婚姻する者が多い。学生でありながら伴侶がいることも珍しくなく、籍を入れずとも婚約関係だけ結んでおく者もいる。
そういった意味ではエリオットの妻となった女性は、上位の貴族としてはいささかとうが立っており、先方が急ぐ形で縁談を持ち込んだ。

伯爵家との繋がりができる良縁――という家同士が決めた結婚ではあったが、エリオット自身結婚とはそういうものだと思っていたし、そのことに大きな不満はなかった。
むしろ何故その年齢まで他家と縁を結ばれなかったのかと疑問に思うほど、伯爵令嬢ティアンヌ・クラジットは美しく聡明だった。


エリオットが初めてティアンヌと会ったその日、聞けば、彼女は生まれながらに心臓に疾患を持っており、数ある縁談を彼女自身が断っていたのだという。
縁談を断ってばかりの娘を心配したクラジット伯爵は、親交深いヴィレノー子爵の長男には一度だけでも会ってみてほしいと涙ながらに彼女を説き伏せたのだという。
そうしてティアンヌはエリオットと面通しした次第だとのことだった。
己のことを隠さず堂々としたティアンヌの姿はエリオットの目に眩しく映った。
ティアンヌもまた、年下ながら相手を気遣う優しく誠実なエリオットに好意を持ったのだった。
二人は邂逅から間を置かず婚約をした。

エリオットは、くっきりとした二重瞼や筋の通った鼻梁、薄く色づいた形の良い唇などどれをとっても人形のように整った顔立ちをしている。
陽に透かすときらきらと輝く栗色の髪に、光の加減で淡い緑や琥珀に色を変える澄んだヘーゼルの瞳は長い睫毛に縁取られており、しかし時に冷たく見える麗しい容貌からは想像も出来ないような溌剌とした性格の凛々しい少年であった。

更にエリオットは学生ながら誰もが一目置くほどの実力のある魔法使で、その美貌と実力から学内で彼を知らぬ者はいないほどだった。

対するティアンヌの美貌は丸みと温かみがあり、そっと寄り添いたくなるようなたおやかさだった。光を湛えた白金の髪と昼間の海のような碧色の潤む瞳が、見る者を虜にした。

そんな二人が並ぶとまるで絵画のようだと誰もが感嘆の溜息を吐いた。





結婚し一年余り、ティアンヌとの新婚生活はとても穏やかだったとエリオットは記憶している。
家同士が決めた結婚ではあったが、エリオットはティアンヌを心から大切にし、ティアンヌもまた夫であるエリオットに真心を捧げた。

二人がゆっくりと信頼と愛情を育んでいたその最中に不幸は起こった。
ティアンヌは流行り病に罹り、二十年という短い生涯を閉じたのだ。
それはエリオットが校外学習で家を離れていた間の出来事で、連絡を受け急ぎ駆けつけたが時すでに遅く、ティアンヌの最期には間に合わなかった。

あっけなく妻が逝ってしまった事実に若いエリオットはひどく落胆し、悲しみで憔悴した。
明るく社交的だったエリオットはそれを機にひどく内向的になり、何もかもが味気ないと常々零しながら、ただ魔術の研究に打ち込む日々を送った。

子爵家の若君と伯爵家の姫君の悲哀劇は界隈に知れ渡り、エリオットの憂いを帯びた美貌も相俟って周囲も彼のことを腫れ物を扱うように接した。

ティアンヌの父親であるクラジット伯爵はそれを憐れみ、卒業後のエリオットにフェノーザ校の講師の職を紹介した。
そうすることでいつ消えてしまうかもわからないような薄幸のエリオットを目の届く場所に置き、なんとか繋ぎ留めたのだ。

雑用の仕事は毎日がなにかと忙しく、余計な事を考える暇もないのはエリオットにとっても幸いだった。
准教授として働くかたわら魔術の研究にも勤しみ、異例の若さで魔法使第二等・一級魔導士の称号も取得することもできた。

そうしてティアンヌを亡くしてから約八年、エリオットは後添えを娶ることもなく淡々と生きてきたのだ。



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