暗雲



昼以降何も食べていないことに気付いた二人は軽い夜食を摂ったあと、空が白くなった頃に眠った。
次に目が覚めたのはその日の夕方だった。

「……あー……やばい、すっかり忘れてた……」

ボサボサの頭をかきむしりながら、ジンイェンがぽつりと独りごちた。

「ごめ、俺ちょっと起きるわ……」

盛大なあくびをひとつして、ジンイェンはガウンを羽織った。
部屋を出て行った彼はしばらくして戻ってきて、その時にはもう髪型を整え髭を剃り、見慣れたいつものヒノン装束を着込んでいた。

「今日ベルと会う約束してたんだよね。だからちょっと猫の見合い亭に行って来るよ」
「ああ。……何の用だ?」
「んん、たぶん昨日の狩りのことじゃないかな?分配金とか依頼遂行報告とかその辺のこと全部放り出して帰ってきちゃったから」
「なるほど」
「エリオットは寝てていいよ。俺が話してくる」
「……わかった」

エリオットはジンイェンのタフさに驚き呆れた。
盗賊と魔法使は鍛え方も体力も全く違うのはわかっているが、昨夜あれだけのことをしたのにも関わらず、彼はすっきりとした顔でいつもの様子に戻っていた。
むしろ活力に満ち溢れ肌が艶々としているように見える。

(……精力を取り込んだのは僕のほうなのに……)

常とは異なる働きと久々のセックスで、エリオットの体は節々のあらぬところが痛んでいた。
それでも魔力が戻ったので体調は悪くない。
今日一日――もう半分以上過ぎているが――休めばすっかり元通りだろう。

「じゃあ行って来るね。帰ってきたら一緒に何か食べよ?」

ジンイェンが言いながらエリオットの頬と唇にキスを落とす。彼は恋人にはとことん甘い性質のようだ。
ジンイェンを見送って、エリオットはごろりとシーツの海に埋もれた。

(……そういえば)

馬車で眠っていたとき、グランにローブのポケットに何かを入れられたことをエリオットは思い出した。
確認するために起き上がろうとしたが、尻の奥からジンイェンの精液がとろとろと漏れ出してきて途端に焦った。
ずいぶん大量に注ぎ込まれたようで、じわりとシーツに精液の染みが作られる。昨夜のうちに全部掻き出してもらったはずだったが、それでも足りなかったらしい。

「……さ、最悪だ……」

とりあえずまずは湯浴みをしなければならない、とエリオットは深く嘆息した。



起きてしまったらもう一度ベッドに戻る気になれず、エリオットはグランから受け取ったものを確認した。
ボロボロのローブから転がり落ちてきたのは、掌に収まるほどの石だった。

「……?」

見たことのない鉱石だ。全体的に濁った黄色で、中心部分に黒い筋のようなものが見える。
魔石の類にしては魔力の流れが感じられないし、また宝石にしては輝きが足りない。
しかし鍛冶師であるグランが意味もなく預けたとは思えず、エリオットは書斎の文献を読み漁った。
鉱石に関する本はないが、魔石ならばわかるかと思ったのだが――目の前の石と一致するようなものは見つけられなかった。

しばらくそうして書斎にこもっているとやがてジンイェンが帰宅した。
気付けば彼が出て行って結構時間が経っており、エリオットはジンイェンを迎えるために玄関へと向かった。

「ジン、ずいぶん時間がかかったな」
「……ただいま。遅くなってごめんね」

そう言ったジンイェンの顔は珍しく曇っていた。酒場で飲んできたらしく少し酒臭い。

「……何かあったのか?」
「いや?あーそうだ、夕飯にしないとね。エリオットはもう食べちゃった?」
「まだだが……ジン、顔色悪いぞ」

ジンイェンが緩く頭を横に振る。一緒に食べよう、と自分で言ったことすら忘れているようだ。

「ごめん、ちょっと疲れちゃった」
「……もしかして僕の術の反動か?」
「違う違う。ベルに飲まされちゃってね?」
「飯なら僕は自分でなんとかするから、もう休んだらどうだ?今日の話は明日聞く」
「マジでごめん……そうする」

ぽつりと言って、ジンイェンはすっかり彼のものと化した従者部屋へと戻っていった。
てっきり今夜も同じベッドで寝るものだと思っていたエリオットは拍子抜けした。

昨夜の激しい情事でどろどろになったシーツを恥を忍んで洗濯屋に出し、部屋中掃除した苦労が空回りした気分になる。
性の快楽を知ったばかりの十代というわけでもないし、新婚夫婦のような新鮮さを求めるのが間違いなのだろうが――。
それでもエリオットは落胆を隠せなかった。彼と恋人になれて浮かれているのは自分だけのような気がして恥ずかしくもある。

エリオットは地下室の貯蔵庫へ行ってチーズを二切れと、少し高級な葡萄酒を引っ張り出した。
酒を温め、綺麗になった寝室でちびちびと舐める。

一人きりのベッドはひどく冷たく思えた。


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