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朝になり、エリオットは朝食のいい匂いで目を覚ました。
コンコンと寝室のドアをノックされる。

「ん……」
「エリオット?寝てる?」
「いや、起きてる……」

目を擦りながらエリオットはシーツから身を起こした。くぁ、と小さく欠伸が出る。
ジンイェンが手に朝食を乗せたトレイを持って部屋に入ってきた。

「昨夜はごめんね。はい、朝飯」

テーブルに置かれた朝食はエリオットの好物ばかりが並んでいる。
思わず顔をほころばせるエリオットに、ジンイェンもホッと安堵したようだった。

「ありがとう。美味そうだ」
「どういたしまして」
「きみはもう食べたのか?」
「……うん」

ジンイェンが複雑な表情で笑う。エリオットは嫌な予感がした。
そしてその予感を確実に匂わせる発言がジンイェンの口からぽつりと出た。

「それ食べたら、ちょっと話があるんだけど……」
「いい、今話してくれ。そんなこと言われたら気になって食事ができない」
「ああ……そうだよね」

ジンイェンは言いづらそうにちらちらと目をそらしていたが、やがて大きなため息を吐いて口を開いた。

「俺ちょっと、一順間か……最悪二順間くらい出かけてくる」

大陸では三の数字を神聖視している。三日を三回繰り返して一順間、つまり九日から十八日は留守にするということだ。
三順間でひと月とするから半月はいなくなるのだと聞いて、エリオットは眉を顰めた。

「……どこへ?」
「うーん……色んなとこをちょっと点々とする予定」
「仕事か?」
「っていうわけでもないんだけど――」

歯切れの悪いジンイェンの言葉にエリオットは苛立った。自分に言えないことをする気なのだと。

「……帰って、来るんだよな?」
「それは、もちろん!俺だって本当は離れたくないんだけど……ちょっと事情があって」
「わかった。信じる」

エリオットは一応頷いた。ここで駄々を捏ねるような子供ではないつもりだ。ちょっと、いやかなり腹は立つが。
ジンイェンもばつの悪そうな顔で肩をすくめた。

「ごめんね?」
「で、いつ出るんだ?」
「できれば、今日すぐにでも」
「……そうか」

やはり落胆は隠せない。ジンイェンと恋人になって間もないのだから少しゆっくり話をしたかったのだが、それは叶わないようだ。

「……それより昨日のベリアーノの話はなんだったんだ?」
「ああ、やっぱり分配金の話。予定より多くもらえたって教えられてさ」
「それはなによりだ」

ジンイェンの懐も潤ったのだろう。だからこそ、家を出て行くと言い出したのかもしれないが――。

エリオットもそこでようやく朝食に手を伸ばした。やはりどれも洗練されていて美味だった。
ジンイェンは何か隠し事をしている。しかしそれを知る術は今のエリオットにはなさそうだ。
そもそもジンイェンについて知らないことが多いように思えた。聞いてもいつも上手くはぐらかされて核心に触れさせない狡猾さがある。
本当に彼を恋人にして良かったのだろうかと、一抹の不安は拭えない。

その思いがつい表に出てしまいエリオットが小さく嘆息するとジンイェンが軽いキスを落としてきた。

「エリオット……」
「……ん……」

ジンイェンの口付けはやはり気持ちが良い。
テクニックが巧みだとかそういうことではなく、凝り固まったエリオットに様々な感情を与えてくれる呼び水になる。もちろん技巧も長けたものだと思うが。
もう一度、今度は額にキスを落としてジンイェンは出発の準備に取り掛かった。

エリオットが朝食を食べ終わる頃にはすっかり準備も万端で、きちんと台所を片付けて家を出て行った。



屋敷に一人になると、しんとした静寂がエリオットを襲った。
恋人の温もりを知ってしまった今では、一人の時間は寂しすぎた。


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