約束の日
翌日、朝早く起床したエリオットとジンイェンは、手早く朝食と支度を済ませて狩猟者の酒場へと向かった。
明るい陽の中で軒先の吊り看板を見ると、向き合った猫のシルエットを象った意匠の下に<猫の見合い亭>という文字があった。
無骨な狩猟者が集う場所にしてはずいぶんと可愛らしい店名だ。
「……まだ誰も来てないみたいだね?」
「ああ……」
閉店している酒場の戸の前は無人だ。時間はもうすぐ八時ちょうどにさしかかろうとしていた。
「すっぽかされたのかな?」
「僕が聞き間違えたのかも……」
「んー、そしたらこのまま俺とどっか遊びに行こうよ。街の外に行くのも楽しそうじゃない?」
「だったら僕は家に帰って寝たいんだが……」
「つれないなぁ」
他愛のない会話をしていると、店の建物の陰から傷だらけの鎧を纏った、黒い巻き毛の大柄な男が姿を現した。
それはエリオットとあの夜約束した剣士の男に間違いなかった。
「おーいたいた!遅くなってすまねえな!」
片手を上げて明るくエリオットに話しかけたが、男はその隣を見て一瞬で顔をしかめた。
「ジン!?」
「あっれ〜、ベル?」
ジンイェンがニヤニヤといつもの胡散臭い笑みを浮かべた。
その様子を目の当たりにしてエリオットはジンイェンと剣士――ベリアーノを交互に見た。
「……ジン、きみの知り合いか?」
「んー知り合いっていうか、ベルとは時々一緒に狩りした仲っていうか?」
「おいジン金返せ!……じゃなくて、なんでお前がいるんだ?」
ベリアーノが不可解だというようにエリオットと並び立つジンイェンをじろじろと見つめた。
ジンイェンはなおも怪しい笑みを浮かべながら、エリオットの肩に手を乗せた。
「俺、この人の付き添い。よろしくね?」
「どういうことだ?」
ベリアーノがエリオットに説明を求める視線を向けた。
エリオットもそれを受けて事務的に事情を話す。
「僕は狩猟者じゃないから、足手まといにならないよう彼に世話をしてもらおうと思って」
「なんでよりによってジンなんだ……って、もしかして重傷の友人ってのはコイツのことだったのか?」
「そうだ。何も知らなくて不慣れだが、よろしく頼む」
エリオットは無表情のまま軽く頭を下げた。ジンイェンがそんな彼の肩に手を回して正体不明の笑みを浮かべている。
その様子にベリアーノもすっかり毒気を抜かれ、呆れたように嘆息した。
「……まあいっか。ナギィが急に来られなくなったから都合がいい」
「ああ、あの子も呼んでたんだ」
「他もほとんど顔見知りだからな。もうみんな広場に集まってる」
広場とは、ジョレットのほぼ中央に位置する噴水広場のことだ。街の者なら誰もが知っている場所である。
「そこが集合場所ならそっちでも良かったんだが……」
「向こうじゃ人が多くて、オレが見つけられなかったら困るからよ」
広場までの道中、簡単に説明を受ける。ジンイェンは触りだけを聞いて承知してしまったようで、すでに上の空だ。
まず、今日行く場所はジョレットから南下した場所にあるロッカニア地下遺跡。
盲目の魔獣・ベヌの巣がある。形はモグラに似ているが、肉食で獰猛、おまけに人と同じくらいの大きさがある。
基本的に単体で行動するが、餌――人間の匂いに反応して続々と沸いてくる。
しかしベヌは地面に穴を掘り、ロッカニア近郊にしかない貴重な鉱石を貯める習性がある。
それ目当てに狩猟者が赴くが、凶暴なベヌが群れるとその探索は厄介で、それなりの手練を集めて行かないとあっさりと奴らの餌になってしまう。
エリオットはベヌという魔獣を本で読んだことはあるが、現物を見たことがない。
ただ火の魔法がききやすいという話なのでそれは安心した。逆に土の魔法は効かないので気をつけなければならない。
今回の狩りのために集められたのは、28人。
6人と5人のパーティで小隊を作り、行動するとのことだ。
エリオットとジンイェンはベリアーノをリーダーとするパーティに入ることになった。
「それで分け前だが――」
「僕の分は全てベリアーノのもので構わない。ローザロッテを紹介してくれた礼だから」
「俺のも、アンタに借りてる金の返済ってことで。……まあ、いま金ないからちょっとはもらうけど」
「了解。じゃ、それで」
そこまで話して、ちょうど広場のシンボルである大噴水が見えてきた。
広場に着く前、ベリアーノがエリオットの顔をしげしげと見つめた。
「……それにしてもアレだな」
「?」
「ロージィから『めちゃくちゃ美人だからぶっ倒れるなよ』とは聞いてたけどよ、本当だな」
「は?」
「ま、怪我治ってよかったな!あん時すっげえ顔してたからな」
「……いや、あの時は余裕がなくて色々と礼を欠いてすまなかった」
「そんなに畏まらんでも……今日は仲間だし、もっと肩の力抜いてこうぜ?」
言いながら、ベリアーノがポンとエリオットの肩を叩いた。
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