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エリオットはその夜、書斎の窓を開け放ち、窓辺に置いた儀式用の丸テーブルの上に愛用の杖を置いた。

杖は、大陸中央部に広がるローグローグの森の生命の木と呼ばれる樹木の幹を削りだしたものでエリオットの肩くらいまでの長さがある。
魔術を使うときに必要不可欠なものだ。しかし真に必要なのは杖本体よりも、先端に埋め込まれた白い石の方である。

「…………」

エリオットは全ての精霊に感謝の祈りを捧げる所作をしたあと、小さいナイフで掌に傷をつけた。
傷から真っ赤な血が盛り上がる。その血を杖の先端についているジルタイト石の上に滴らせた。

ジルタイト石はその血を吸って、何度か瞬いた。

石が血を全て吸い込み、瞬きが治まるまで待つ。エリオットのような力の強い魔法使はこの時間が異様に長い。
エリオットは無言でそれを見つめた。


ジルタイト石は全ての魔法使がまず手にする魔術道具である。術者の血を吸い上げ、その中に血と魔力を閉じ込めて精霊たちへの撒き餌の役割をする。
一人ひとつのジルタイト石を持ち、こうして血を吸わせることで魔術の威力や精度を上げる。
逆に言えば術者のそれぞれのジルタイト石はほかの術者には使えない。血を混ぜると精霊が怒るのだ。


先日のロウロウ一味のときのようなやり方は、本来魔法使がやることではない。
あれはあくまで緊急時――やり方を知っていたとしてもリスクが大きすぎてまともな魔法使ならまずやらないだろう。
生血を使う魔術は精霊の制御が難しいからだ。エリオットも若い頃に禁書で読んで試し、失敗した過去がある。

あの時はエリオットにとっても賭けだった。しかし一方で必ず出来るという自信もあったのだ。魔術を行使するには最終的に精神力がものをいう。
こういう言い方をすると必ず皆に反発されるが――努力と根性が魔法使を強くするのだ。


三十分ほどしてようやく石の瞬きが消え、エリオットは詰めていた息を吐いた。

これで、一時的にだが魔術の威力は上がるはずだ。
石に魔力を込める儀式は本来ならば三ヶ月に一回もやれば十分だ。
しかし生血を吸い上げたばかりの石は、一日くらいは魔術の精度を上げてくれる。
今のエリオットは五、六段階ほど下の階級程度の魔力しかない。加えて狩猟者に混じって魔物狩りをするのは初めてのことだから、足を引っ張ることになりかねない。

やはり事情を話して断ったほうがよかったか――と思案したところでノックの音がした。

「エリオット?俺だけど」
「あ、ああ……入って」

エリオットは開け放っていた窓を閉めて、ジンイェンを迎えた。彼の手にはエリオットのための夜食のスープがあった。

「取り込み中だった?」
「いや、ちょうど終わったところだ」

手を一振りして蝋燭の魔法火を消す。各要素精霊の色とりどりの灯りが消えると、いつもの書斎に戻った。

「ジンは?」
「明日の用意ならもう終わってるよ。アンタがまだ起きてるみたいだったから、気になってね」
「そうか……」

言いながら、エリオットはナイフで傷つけた掌に馴染みの薬師から買った特製の傷薬を塗りつけた。
包帯を巻こうとしたら、ジンイェンにその手を止められた。




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