穏やかな日


次の日からジンイェンは起き上がって動けるようになった。

ローザロッテの治癒術はさすがで、残った傷や打撲跡などは素人のエリオットの処置でも十分なほど回復していた。
一応街の薬師にも診せたが問題ないとのことだった。
さっそく動き回るジンイェンにエリオットは寝ていろと怒ったが、彼はどこ吹く風で一緒に家中を片づけ始めた。

口には出さなかったが、彼とともにいると気持ちが上向いてエリオットに様々な感情が湧き上がる。
ジンイェンはそれを感じ取っているのか否か、エリオットに何くれとなく世話を焼いたりくだらない軽口を叩いたりと忙しなかった。



それから二日後には台所に立つジンイェンの姿があった。
怪我人にそんなことをさせるのはどうかと思ったが、やはりジンイェンの料理は美味しくて、また彼が鼻歌まじりに包丁を握っている様子を見たらエリオットは何も言えなくなった。

ふと昼食を食べる手を止めて、エリオットは溜息をついた。

「なに?口に合わなかった?」
「あ、いや。そうじゃない、美味いよ。そうじゃなくて……」
「ん?どうしたの?」

エリオットは言いづらそうにジンイェンをちらりと見た。不審げに首を傾げる彼の仕草が目に入ると、嘆息の理由を口に出さざるを得なくなった。

「……魔力が戻らないんだ」
「え?」
「というより、戻りが遅くていつもの半分くらいしか戻ってない」

おそらく禁呪を使ったせいだろう。ごっそりと魔力を削り取られてなかなか回復しなかった。
普段ならば、よく眠り、食事をきちんとすればすぐに元に戻るのだが中々そうならない。
魔力は精力の源、生命力そのものとも言える。いつも通りでない体はひどくだるい。

「仕事に復帰できない?」
「……それは問題ない、と思う」

魔力を消耗するような代理講義を断ればいいだけで、雑務にたいした労力は必要ではない。
エリオットは何度目か分からない溜息をついた。

「ただ……約束があって」
「約束?なにそれ」
「ローザロッテを探していたとき、狩猟者の仕事に参加するって約束して……」
「ロージィと?」
「いや、他の狩猟者。でもこんな状態じゃまともに魔術が使えない」
「……それっていつ?」
「明日」

差し迫った問題にジンイェンも険しい表情をする。

「断れば?」
「それはできない。僕も切羽詰ってした約束だが、反故にはしたくない」
「んー……そもそもエリオットってギルド登録してないんだよね?」
「ああ。それも問題だな……僕は狩猟者のルールを知らないから」

考えれば考えるほど非常に軽率な約束だったと思う。狩猟者であるジンイェンにそのあたりのことを教えてもらうしかない。
しかしジンイェンは名案とばかりに突然手を叩いた。

「そうだ!俺が一緒に行けばいい!」
「は?」
「そうすればエリオットのサポートも出来るし、うんそうしよう」
「い、いや、でもそんな勝手に……」
「狩りの手伝いなんでしょ?だったら急に一人増えたって平気だよ。俺はもうすっかり元気だし」

そういうものなのか、とエリオットが面食らう。狩猟者のルールは本当に不可解だ。

「明日だっけ?じゃあ俺も荷物用意するね」
「そもそも僕は何を持っていけばいいのか――」
「遠征中の食事はだいたい宿屋で用意された弁当を持って行くから……ま、これは俺が明日二人分用意するよ。他はまあ、魔法使ってだいたい杖以外手ぶらだしねぇ」
「……とりあえず校外実習に持っていくものでも揃える」
「うん。それでいいと思う」

ジンイェンが急に生き生きとし、まるでピクニックにでも出かけるかのようにはしゃいでいる。

「じゃあ俺はこのあと狩りの準備するために街に行くね。あとアジトに戻って荷物持ってこないと」
「アジト?ジン、家があるのか?」
「はは、ただの荷物置き場だよ。着替えとか、道具とか……ま、エリオットがこのままここに置いてくれると助かるんだけど?」
「それは……構わないが。部屋は余ってるし」

ジンイェンが嬉しそうに笑う。
あのロウロウ一味の事件以来、ジンイェンはこんな表情をすることが多くなった。
その顔があまりにも輝いて見えてエリオットは言葉に詰まった。頬にじわりと熱が集まる。

不意にジンイェンの手が伸びてきて、エリオットはそれを避けるように立ち上がった。

「じゃ、じゃあ僕も明日の用意始めるから……」

食事を少し残したまま、エリオットが慌てて席を立つ。

「エリオット?」
「あの……美味かったよ」

エリオットがバタバタと小走りに部屋から出て行く。その背中を、ジンイェンは名残惜しげに見送った。



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