変化


家に帰り着くと、周囲の家から夕食の美味しそうな匂いが漂っていた。
エリオットは急に空腹になり、荷物を置いて着替えたら馴染みの街の食堂に食べに行こうと決意した。
ところが――。

「おかえりぃ」
「うわっ!!」

玄関に入って階段を昇ろうとしたところで間延びした声音に出迎えられ、今度こそエリオットは憚ることなく叫び声を上げた。
あわてて声のした方へと急ぐと、燭台の灯に照らされた居間の中に人がいた。

「遅かったね?」
「お、お、お、お前……ジン……っ」
「あ、やっと呼んでくれた。そうですアナタのジンイェンですよ?」

にやにやと笑いながらジンイェンが居間のソファでくつろいでいた。おまけに勝手に酒を出して飲んでいる。
エリオットの秘蔵酒だ――。
それを見たエリオットは目の前が一瞬真っ白になった。

「ぼ、僕の家から出て行け!!」
「ええー、泊めてほしいって、俺、お願いしたでしょ?」
「僕は断った!」
「まあまあ、そう言わずに夕飯でも食べない?」
「は、はあ!?ふざけないでくれ!」
「ふざけてないよ……っと」

ジンイェンがエリオットの腕を掴み、そのままぐいぐいと台所へと連れて行く。

「アンタがいつもどの部屋で食べてるのかわかんなかったから、とりあえずここに並べておいたんだけど」
「……な……」

エリオットはまた文句を言おうとして――そして黙った。
目の前に広がる光景に見入ってしまったからだ。

台所の狭いテーブルの上に並べられた皿。室内に充満している香ばしい匂い。彩りの良い副菜の数々。
エリオットに馴染みのない見た目の料理ばかりだったが、どれもが食欲を刺激する。

「こ、これは……」
「アンタが帰ってくるの遅いから俺が作ったんだよ」
「は?これを、きみが?全部?」
「そう、全部」

我ながら美味そうでしょ、とジンイェンが胸を張る。
エリオットの喉がごくりと音を立てた。

「だが食材なんてうちには……」
「うん、ぜーんぜんなかったね。だから市場に行ってツケで買って来たんだ」

エリオットは外食を主としているので、チーズやナッツ、ハムといった酒のつまみのようなものしか家に置いていなかった。
こんなに台所が賑わったことすら久しぶりだ。

「ていうかさ、アンタ自分で飯作ったりしないわけ?」
「……苦手なんだ」
「まぁ、お貴族様だしそんなもんか。だからそんなに細いんだよ」

その貴族が何故倹しい一人暮らしをしているのかはジンイェンにはお見通しのようで、それ以上は聞いてこなかった。

「じゃあさっさと食べない?すっかり冷めちゃったし」

言いながらジンイェンがスープの入った鍋に火をかける。
この家の調理台は一般的なかまどを使用しており、魔法火は使っていない。
台所を任される従者が皆魔法使というわけではないからそうしてあるのだが、ジンイェンは慣れた手つきで炭に火をつけスープを温めなおしている。

「あ、あの、ちょ……」
「まあまあ、文句なら飯のあとに聞きますよっと。俺も腹減っちゃった」

とにかく何か小言を言おうと口を開いたそのタイミングで、ぐう、とエリオットの腹が鳴る。
盛大な腹の音はジンイェンにまで聞こえたらしく、彼が笑った。
からかうような笑いではなく、待ちかねたと言わんばかりの満足そうな笑みだった。

「んー素直でいいね。アンタもそれくらい素直だといいんだけど?」
「何を馬鹿な……」

開けた口を塞ぐようにパンのようなものがねじ込まれた。
ジンイェンがエリオットの口に入れたのだ。
思わず齧ると、中から肉の具と肉汁が染み出してエリオットの舌を楽しませた。
すっかり食べてしまってから、エリオットは呆然とつぶやいた。

「……美味い」
「でしょ?」

エリオットの一言にジンイェンが満足げに頷いて目を細める。
皿に盛られたものはどれも見たことがない料理ばかりだったが、かえってそれらの味を試してみたいという好奇心に駆られた。
この美味そうな料理に毒が入っているかもしれないとちらりと思ったが、当主も健在な地方の子爵家長男のエリオットを殺したところで得をするようなことはないはずだ。

エリオットはあれこれ考え事をするのが面倒になり、腹を括って料理が並ぶテーブルに着席した。
台所で食事をするなんて貴族育ちの令息がすることではない。が、一刻も早くこの空腹を満たしたくて、ジンイェンに誘われるがままにフォークに手を伸ばした。



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