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正直に言えばジンイェンが作ったという料理はどれも美味だった。

瓜と人参と豚肉の前菜から始まり、卵と茸のスープで体を温め、甘辛く味付けした柔らかい牛肉と野菜の煮込み料理に食が進んだ。
エリオットが最初に食べた白い蒸しパンは具のないものも用意されており、ほんのりとした甘味があって味の濃い料理によく合っていた。
北部の家庭料理を東部に流通している食材でアレンジしたのだと得意げにジンイェンが語る。

「どう?俺を置いてくれる気になった?」
「い、いや……その」

こんな食事にありつけるのなら……とエリオットの心がかなり揺れる。しかしジンイェンが胡散臭い男であることに変わりはない。
エリオットが無言でいると、デザートの赤い果実の皮を剥きながらジンイェンが気楽に言う。

「夜寝るときだけでいいよ。朝になったら家出るからさ」

断ったところで彼は勝手に部屋を占領して寝床を確保してしまうだろうと考え、エリオットはたっぷりと時間を置いて嘆息した。

「…………家のものを盗んだりしないなら」
「ははっ!もっと他に心配することがあるんじゃない?言われなくても、すぐに足が付きそうな貴族様の調度品なんか盗んだりしないって」

すごく馬鹿にされていると、さすがにエリオットにも伝わり思い切り顔をしかめた。
しかしジンイェンは、不機嫌顔のエリオットなどどこ吹く風とばかりにけらけらと笑う。

「いいね、危機感のないお坊ちゃまって感じ。そういうの俺好きだよ?」
「からかわないでくれ」
「ま、俺だって一級魔導士を敵に回すほど馬鹿じゃないよ」

言いながらジンイェンが果物ナイフを軽やかに操る。皿に並べられた瑞々しい果実はこれも美味そうだった。
満腹でもうこれ以上なにも食べられないと思っていたエリオットだったが、誘われるように果実を一切れ口に運んだ。
甘味と酸味が、口いっぱいに広がる。
市場でよく見かけるただの林檎なのに、シャリシャリと歯ごたえもよく、今日のために誂えられた特別なデザートのようだった。
ジンイェンがそんなエリオットの様子を見て肩をすくめた。

「あとね俺、俺の作った料理を美味そうに食べてくれる人って好きなんだ」
「…………」
「俺の手料理って食べてくれる人あんまりいないんだよねぇ」

その言葉には頷ける。こんな見た目が派手で胡散臭い男の料理など、好んで口にしようとするのはよっぽどの物好きだろう。
エリオットはその物好きの一人になってしまったわけだが。

「……寝るなら、台所を出て突き当たりの部屋を使ってくれ」

エリオットは美味しい料理で緩んだ表情をひきしめて、わざと不機嫌そうに言った。
しかしジンイェンはその言葉に嬉しそうに笑う。
それは彼が初めて見せた無垢な笑みで、すっきりと整った顔立ちも相俟って普通の好青年に見えた。

「助かるよ」
「それと……その、また食事を作ってくれるって言うなら、材料分の金は僕が出す」

エリオットのこの提案にはさすがのジンイェンも予想外だったらしく、ぽかんと口を半開きにして間抜けな表情になった。
飄々として不敵な雰囲気のジンイェンがそんな表情をしたことがおかしくて、エリオットは小さく噴き出した。

「ん?あれ、アンタ笑えるんじゃないか」
「……うるさい」
「今みたいにもっと笑ったほうがいいよ?女の子にモテるから」
「うるさいと言ってる」

だんだんと友人のような軽口の応酬になってきていることに気付いて、エリオットはそんな自分に驚いた。

その後湯浴みをしたエリオットにジンイェンは寝酒の用意までしてくれて、しばらくお互いに無言でグラスを傾けた。
こんな時間を過ごしていることが不思議だった。
ティアンヌの死後、親しい友人も作らず、これといった趣味も持たずに味気ない生活を送ってきたエリオットだったのだが――。
エリオットがジンイェンをちらりと見ると、視線に気付いた彼が首を傾げた。

「何?」
「いや、色々と聞きたいことが……」
「んーまた明日ね?グラスと皿はそのままにしておいて。あとで俺が片付けるから」

ジンイェンはもはや我が家と言わんばかりの振る舞いで自分の使っていたグラスを片付けると、居間から出て行った。

残されたエリオットはちびりと蒸留酒を舐め、ふと窓から空を見上げてみる。
空に浮かんでいる月はぼんやりとして曇りがかっていた。



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