3


ノーマンの椅子にくつろぐように深く腰掛けているのは、案の定ジンイェンだった。

「お、お前……」
「お疲れ。また会ったね」

(『また会った』んじゃなくて、勝手に来てるだけだろう……!)

両手を組みながらジンイェンがくるくると椅子を回す。
楽しそうな顔をしているのがまた気に障った。

「どうやって校内に……賊避けの防御壁が張ってあるはずだ」
「んん? まぁどんな強固な城でも抜け道はあるってことで」

まったく回答になっていない。
フェノーザ校は部外者が入れないよう強い結界が張ってあるのだ。防御が破られた気配がないことから、ジンイェン曰く『抜け道』とやらで忍び込んだことになる。
エリオットは動揺していることを悟られないよう背筋を伸ばして目つきを鋭くした。

「護衛兵を呼ぶ」
「来る前に逃げちゃうかもね」
「なら、さっさと出て行ってくれ」
「一級魔導士様直々の魔術で追い出さないんだ?」
「……僕は荒っぽいのは苦手なんだ」
「ふぅん……」

宝の持ち腐れだねぇ、とジンイェンが呑気につぶやく。
不法侵入の賊という自覚がまるでない。

「……どうして僕につきまとうんだ」
「そうそうそれ!今日はエリオットにお願いがあって来たんだよね」

ジンイェンが思い出したとばかりにパン!と両手を打つ。嫌な予感しかしない。

「お願い?」
「ちょっと事情があってしばらく仕事できなくなっちゃった。お金ないからアンタの家に泊めてほしいんだよね」
「は、はぁ!?どうして僕が……っ」
「あんな広い家、俺一人ちょっと泊めるくらい余裕でしょ?十日……三日でいいからさ」
「こ、断る!」

思わず大きな声が出てしまい、エリオットは慌てて手で口を塞いだ。
すぐにドアが勢い良くノックされる。

「ヴィレノー准教授? いま何か聞こえましたがトラブルですかな?」
「は、い、いえ……、モーガン准教授」

ねっとりとした言葉遣いの年上の男性准教授が早速声をかけてきた。隣の准教授室にいるのですぐ聞きつけてきたようだ。
モーガン准教授はエリオットを失墜させるための醜聞を探そうと日々躍起になっている小狡い男だ。
エリオットは、皮肉げな表情でなにかと嫌味な言葉を投げかけてくるこの男が嫌いだった。
モーガンの方も学内の権威であるフェリクス教授に目をかけられているエリオットを嫌っていた。

(まずい、こんな得体の知れない奴を学内に引き入れたと問題になったら――)

エリオットは焦ってジンイェンの方を見たが、彼はすでに窓を開けて立ち去ろうとしていた。ここは五階だが、彼にはそんな理屈は通じなさそうだ。
ジンイェンが人差し指を唇に当てながら微笑む。言葉にせず「静かに」と指示され、エリオットは口をつぐんだ。
彼は以前のように音もなく窓から出て行った。それと同時にモーガンの手によって研究室のドアが開かれる。

丸い眼鏡をかけたモーガンがぬっと顔を見せた。
きっちり撫で付けた金髪と神経質そうな青白い細面、歪められた厚い唇、捩れた口髭、どれもが捻じ曲がった性格を表すかのようだった。
額や首の青筋が浮き出ているのは、彼が興奮している証拠だ。

「……な、何か?」
「おや、ヴィレノー准教授の大声が聞こえたものですから、どなたかと諍いでもなさってるのかと思いましたが?」
「あなたが何をおっしゃっているのか……私はずっと一人ですが、聞き間違いでも?」

涼しい顔をしてしらばっくれようとするエリオットと研究室の中を、モーガンはじろじろと見比べた。
窓が閉まりきっていないことで余計な詮索をされるのではないかと内心冷や冷やしたが、幸い見咎められることはなかった。

「……失礼」

苦虫を噛み潰したような顔つきで、モーガンは退室していった。
モーガンが去り、隣の部屋のドアの開閉音が聞こえてようやくエリオットは張り詰めていた緊張を解いた。

それにしてもジンイェンという男はトラブルばかりを持ち込む厄介者だ。静かに暮らしていたいエリオットの生活をかき乱すようなことばかりをする。
そもそも突然出てきたりいなくなったりすること自体が心臓に悪い。
エリオットはぐったりとソファに沈み込んだ。



疲れが出てそのまま眠ってしまったらしい。
エリオットがはっと目を覚ますと外はすでに真っ暗だった。
泊まり込みをする教師は少なくなく、学内に宿泊設備があるので講師の一人が遅い時間まで校内にいてもおかしくはない。
だがエリオットは公私の線引きをするためになるべく自分の家に帰るようにしていた。
時間を確認するとまだ夜も更けていなかったので、ノーマン研究室にしっかりと施錠をし、帰宅した。



prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -