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エリオットは本日中等科の大陸史を受け持つことになるが、今日はまず一年生と、そのあとに三年生の授業も見なければならない。
エリオットが教室のドアを開くと騒いでいた室内が一瞬静かになった。
それから入室してきた教師の姿を見てまたざわざわとする。

「え?え?うそ、ヴィレノー先生?」
「本当に?やった!」
「先生久しぶり!どうしたんですか!?」

生徒達が騒ぐ様を見てエリオットはうんざりと眉間に指を当てた。

「ノーマン教授は本日病欠ですので、今日は私が代わりに授業をします」

短く言うと、生徒達がにわかに騒ぎ出す。
エリオットはその麗しい容貌や、分かりやすい授業内容から校内の生徒に慕われていた。
あまり生徒の前に姿を現さないエリオットと直接関われるということで、臨時授業があるかもしれない薬学と実践学と大陸史はひそかな人気教科である。

生徒の間ではエリオットを准教授から正式な教授にしてほしいとの要望が後を絶たない。
その事実を知らないエリオットは騒がしい生徒たちを避けたくて、さらに引きこもりになってしまっているのだ。
学生期間と併せてエリオットの在籍は長いが、先の図書館での資料集めのような校外への出張も多くほとんど生徒とは関わらないので尚更である。

その後の三年生の授業もやはり一年生同様の反応だった。
淡々と授業をこなすエリオットと、授業後もエリオットに話しかけようとする生徒との温度差が激しい。
そのなかでもジェレミは特に熱心で、白く丸い頬を真っ赤に染めながらいつも一生懸命エリオットに話しかけてくる。
星の瞬きような輝きを放つ薄紫色の巻き毛は彼がステラ族の血を引いていることが明らかで、子供らしい笑顔と神秘的な水色の瞳が美しい少年だ。
常に二人の取り巻きを従え、ジェレミはエリオットになにかと纏わりついてくる。

「先生、ずっといなかったみたいだけどどこに行ってたの?」
「……所用で、ちょっと」
「先生の姿が見えなかったから、ボク、寂しかった……会いたかったよぉ……」

腕に絡みつきながらジェレミがエリオットを潤んだ大きな瞳で見上げる。
エリオットは教材を持ち変える振りをしながらジェレミをさりげなく引き離した。

「そういう言葉はきみの婚約者殿に言ってあげなさい」
「お父様が勝手に決めた形だけの婚約者なんて関係ないよ。本当に好きなのは先生だもん」

べ、と可愛らしくジェレミが舌を出す。
ジェレミは帝国南東部の侯爵家の三男で、オルキア貴族によくあるようにすでに婚約者がいた。しかしたびたびこのように同性に興味があるような言動をしてはエリオットを困惑させた。
オルキアでは夫婦神信仰の宗教柄同性愛は禁忌とされているが、思春期の少年少女はその枠に嵌まらないようで、伴侶の定まっていない学生の同性愛は密かに行われている。
かくいうエリオットも結婚前、学生時代はそういった誘いがいくつもあった。
なかには男性教授からのアプローチもあり辟易したものだ。

「もう寮に帰りなさい。自由時間は終わりだ」

エリオットはそっけなく言うが、その冷たい態度も気を惹く要因のひとつらしくジェレミの顔がうっとりと惚ける。

「はぁい。またね先生!行こ、二人とも」

ノーマン教授の研究室の前まで付いてきたジェレミだったが、おとなしく取り巻きたちを連れて廊下を引き返していった。
ようやく一人に戻れたエリオットは研究室のドアを開けながら深いため息を吐き出した。

「いやぁ、人気者だね?」
「!!」

聞き覚えのある、人をからかうような軽薄な声にエリオットは後ずさってドアに背中を打ちつけた。



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