魔術校にて


次の日、朝早くにエリオットはフェノーザ校のフェリクス教授の個人研究室を訪れた。

「おはようございます。フェリクス教授」
「おおエリオット君!早かったね!」

座り心地のよさそうな革張りの肘掛け椅子に座ったフェリクス教授は、目尻の皺を深くしてエリオットを迎えた。
伸び放題の不精髭や皺だらけの服装から見て、彼は昨夜、学内に泊まり込んでいたようだ。
そもそもこの時間にこの不精な教授が研究室にいること自体が珍しい。

備え付けの小さい台所で魔法火を熾し、エリオットは教授のために目覚ましの茶を淹れる。フェリクスが濃い目の茶を受け取りながら短く礼を述べた。
ずず、と行儀悪く茶を啜るフェリクスの目の前の机にエリオットは膨大な資料の束を置いていった。それらを見てフェリクスが目を丸くする。

「頼まれていた資料、お持ちしました」
「きみはいつも仕事が早いね!」

フェリクスの腹に響く大声はいつものことで、エリオットは無表情で「いえ」と応えた。
彼のぐしゃぐしゃの赤毛と着崩したシャツ、そして中年でありながら子供っぽい好奇心でいっぱいのぎょろりとした緑の瞳は、初対面の相手ならば一瞬面食らうだろう。
騒がしいのを厭うエリオットにとっては本来苦手な人種だが、フェリクスのことは魔法使として敬っていた。

貴族出身ではなく一見だらしないフェリクスの右手の中指には金色の指輪が嵌っている。歴とした魔法使第一等・二級魔道師の証だ。
魔法使のなかでもかなりの実力者といえるが、その奔放な性格から『まともな』魔法使からは白い目で見られることも多い。
しかし見た目に反して実に緻密で美しい雷の魔法を得意とし、その計算しつくされた見事な術にエリオットはすっかり魅せられたものだ。

「うん、うん……いいね!頼んだ以上のものだ!」

エリオットの用意した資料にざっと目を通したフェリクスは、後退してやや寂しくなった額に手を置きながら大げさな仕草で頷いた。

「まったく僕の助手は優秀だねえ!」
「私は貴方の助手ではありませんが……」

エリオットは誰か一人の専任助手というわけではない。
教授は何人もいるが、エリオットは請われれば校内全ての穴を補っている。
良く言えば有能、悪く言えば器用貧乏。
そうはいってもエリオットは、だいたいフェリクスの手伝いを任せられることが多かった。フェリクスは実践学の教授を務めており、エリオットも同じ講師資格を持っているためだ。

「じゃあ久々の出勤なのにさっそくで悪いんだけど、ノーマン君が手が空き次第来てほしいって言っていたよ!」
「はぁ……またですか」

ノーマン教授は大陸史を受け持つ教授だがひどく病弱で、しょっちゅうエリオットを呼びつけては講義を任せていた。
今回の呼び出しもそんな予感がしてエリオットは嘆息した。



フェリクスの研究室からノーマンの研究室に移動すると、予想通りノーマンはエリオットに講義を任せて帰るつもりらしい。

「……研究室……好きに使って……いいから……」

ボソボソとそう言った青白い顔の陰気なノーマンを見送って、エリオットは急いで午後からの授業の準備をした。
ノーマンから「前回やったのはここからここまで」と杜撰な指示しかもらえないのはいつものことなので、自分なりの授業内容を急いで構築する。
生徒の前に立つのは苦手だが、仕事は全うしたい。エリオットはそう考えている。
昼食を食べることも忘れて授業の準備をし、時間が来ると教師用の黒いローブを羽織った。
そしてそれと同時に午後の授業開始を告げる鐘の音が遠くから聞こえてきた。



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