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忘却大陸は人間と異種族との大戦を経て今の文明や文化が成り立っている。


現在、大きく分けて五大陸と多くの島々で世界は構成されているとされている。一番大きいのはこの忘却大陸で、その他の大陸には様々な他種族の純血が住んでいるのだという。
他種族――、一般的に始祖種族と呼ばれている彼らは近海の他の大陸からの移民であり、肥沃な地であるこの大陸に居を移そうとした。
この大陸と他大陸は一本道で繋がっていたため、その侵攻は早かった。

当然ながら大陸の原住民である人間は彼らを追い出そうとした。
しかし始祖種族は「我らの方が人間よりもっと歴史が古くこの大陸も自分達のものだ」と主張し両者間で血で血を洗う戦争が起きたのだという。
始祖種族は数は少ないものの、驚くべき身体能力と、それまで人間が見たこともなかった『魔術』や『神聖術』を駆使し人間達を圧倒した。

しかしその戦争は長くは続かなかった。戦の最中にそれまでいなかった魔物や魔獣が生じたからだ。

種族同士が争っているうちに魔物たちがこの大陸を我が物とせんと勢力を拡大していた。
魔物は人間も始祖種族も全て餌にし、爆発的に繁殖していった。そこで人間と始祖種族は停戦し同盟を結び魔物たちの軍勢を退けたのだ。

その時に他大陸と繋がっていた一本道は消滅し、残った魔物と、人間、始祖種族たちはこの大陸に閉ざされた。
そして、他から忘れ去られた大地――『忘却大陸』と、切り離され残された始祖種族が言い始めた。その呼び名は今日に至る。


それが約八百年前の大戦であり、お伽噺としても誰もが知っている話だ。
今は造船技術が発達し他大陸への交易も一応は可能となっている。その航路はそれぞれの国が独占しているので一般船は大陸へ向けて船を出すことすら不可能だが。


大戦後、始祖種族は人間との合議を経て忘却大陸に平和的に住居権を得た。
また人間達は彼らの力を借りそれまでなかった魔術や神聖術といった秘術を得たのだ。

メグのような褐色の肌に金や銀の髪を持つ始祖種族は魔術に長けており、一方純血が絶えて久しいとされているジェレミのようなステラ族も始祖種族のひとつだ。
エムカルのようなアルボス族もその亜種ひとつで、彼ら始祖種族は主に大陸中央部に位置する大森林地帯、ローグローグの森でひっそりと暮らしている。
もちろん彼らの血統はすでに大陸全土に広がっており街中でそれらの血筋とわかる者を見かけることも昨今珍しいことではない。

そして彼ら始祖種族はひとつの信仰を持っていた。それが現在カルルやローザロッテたち神官の信奉する一神教、サレクト教である。
それまで原住民の人間たちが主に信奉していたのは夫婦神信仰の多神教で、新興宗教であるサレクト教は異端として迫害されたが、今日に至る歴史の中で宗教の自由を認められている。

また彼らはその身分も様々で共に神殿に仕える身ではあるが、神聖術を行使できる職を神官と呼び、そのような術を用いない聖職者は修道士と呼ぶのだと一般的にされている。
このあたりの詳しい線引きは他宗教のことなのでエリオットにはよくわからない。

信仰を必要としない魔術は制度や教育方法がわかりやすく整備されているのに比べ、神への献身を前提とする神聖術はそのあたりが不透明で神官を希望する者は未だ少ないと聞く。
他宗教の敬虔な信者はサレクト教による治癒術を拒否することも多いからなおさらだ。エリオットもジンイェンとのことがなければ関わることもなかっただろう。

さらに狩猟者になる神官はもっと少なく、いつでも深刻な人手不足である。
狩りの際に必須の職業ではあるから引く手数多だが、ローザロッテのような熟練の神官は実は希少だ。

「……ま、でも一番きついのは人体解剖かな?治癒の術をかけるにも体の構造をちゃんと知らなきゃいけないからさー」

解剖と聞いてエリオットはぎょっとした。その顔を見てカルルが快活に笑う。

「んあ?あれ、知らなかった?そうかあんま知られてねーんだな。昇級するにも神官社会も結構シビアなのよ?薬師も同じような勉強はすると思うけど、神官ほどじゃないよな」

言われてみればなるほど納得できる話だった。
そういう意味では精霊という存在に頼りきっている魔法使のほうがよっぽど『不思議術』かもしれない。
資質や精神力などが最終的に物を言うのは魔法使も神官も同じだろうが、エリオットはまた見識を広げられた気がした。

「いや、貴重な話をありがとう。こういうことはなかなか聞く機会がないから」
「やーおれの話でよかったらいつでも。あと神官希望って人がいたら教えてくれよ。老若男女いつでも募集してっから!」

本当にカルルは勧誘上手だ、とエリオットは感心した。各地でこうして信徒を増やしているのだろう。
思わず噴き出してしまうとカルルも益々笑みを深くした。



そのあとジンイェンとカルルは互いの近況報告をしていた。憎まれ口を叩きながらも実に楽しげでエリオットは黙って二人のやりとりを聞いた。
そういえば、ジンイェンは出会った当初に「斡旋所で人を待っている」と言っていたことをぼんやりと思い出す。それはきっとこのカルルのことなのだろうなとようやく思い至った。

最後にジンイェンとカルルは改めてパーティを組むやり取りをして別れた。
長く話し込んだせいですっかり日が傾いている。

「ごめんねエリオット。退屈だったでしょ?」
「いや、二人の話を聞いているだけでなかなか面白かった」
「えーそう?ていうか、あいつ本当にエリオットのこと狩りの誘いに来そうだからさ、そのときは遠慮なく断ってね」
「……ん、まあ」

ロッカニア地下遺跡の件は大変ではあったが、一方でやりがいのようなものを感じていたエリオットは曖昧に頷いた。
ジンイェンがエリオットを狩猟者とあまり関わらせたがらないのが少し腑に落ちない。
以前なら自分から関わろうともしなかったが、ローザロッテやベリアーノといった顔見知りができた今は倦厭する気持ちもない。
ジンイェンやカルルの役に立てるならそれもいいかと思っているほどなのだ。


その日は暗くなるまで二人で街中をのんびり散策したり市場を冷やかしながら過ごした。
恋人同士らしいひとときにエリオットの胸中が穏やかになるのを感じていた。


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