安穏


翌日、昼食のあとエリオットはジョレットを出て隣町へと向かうことにした。それをジンイェンに告げるとついて行きたそうにしていたが断った。
彼は渋々といった様子で「カルルと今後の話し合いをしてくる」と言い置いて出かけていき、そのあと頃合を見計らってエリオットも家を空けた。

学生の頃はきちんと髪を撫でつけ、両親から贈られた高級な衣服を身につけていたものだが、ティアンヌが亡くなった後は自暴自棄気味にそういった装いを一切止めていた。
髪はうなじを隠すように伸びているし、衣服も仕立てが良い分何年も着古したオーソドックスな型のローブばかりを着ていて変化がない。
急遽空いてしまったこの日、せっかくの機会だと思いそれらを見直すことにしたのだ。



ガランズとは逆側に位置する隣街のテスローは、大きくはないが商店が多く年中賑わっている活気のある街だ。
乗り合い馬車で三十分弱と首都よりも近いこともあり、ジョレットの住民はだいたいこちらで買い物を楽しむ。

エリオットはまず行きつけの理髪屋を訪れた。中年の理髪師が一人とその娘が営んでいる小さな理髪屋だが、学生の頃から気に入って通っている。
無口で頑固な職人といった理髪師だが、余計なことを言わずエリオットがその時好むスタイルにしてくれるのだ。
ひと月に一度は訪れているが髪型は何年も同じようなスタイルなので、いきなり変えてしまうのも照れ臭い。
なので痛んだ毛先や飛び跳ねていたところを整えてもらうだけに留めた。ただしひとこと「見栄えがいいように」とだけ言い添えると、理髪師はその通りに散髪をした。
普段は笑みを見せない理髪師はその出来に満足して頷くほどだった。


次にエリオットは服飾専門店に向かった。
以前に何度か利用した店であり、店のほうも覚えていたようで丁寧に迎えられた。

「本日は如何いたしますか」

聞かれて首都での一件で一張羅が駄目になったことを思い出し、外出着と普段着のローブをいくつか見繕うことを伝えた。
本当はテーラーメイドで願い出ようかと思ったのだが、採寸するほどの時間がなかったので諦めて既製品を持ち帰ることにする。
しかし既製品でも品揃えは充実しており、あまり流行を知らないエリオットは店の者の勧めと色の好みなどで選んだ。

店の者はエリオットがどれを羽織っても「お似合いです」としか言わないので参考にはならなかったが、外出着二着、普段着二着の計四着と、シャツとタイをいくつか購入した。
着ているローブには糸のほつれや裾に汚れや裂け目がありかなり恥ずかしい思いをしたが、仕立て直しをしてくれるというので店に預け、購入したばかりの一着を着て帰ることにした。
残りの購入品は仕立て直した古いローブとともに小包で送ってくれるとのことだったのでありがたくそれをを利用する。

落ち着いた深い青緑色のローブには金糸の装飾があり、少し派手かと心配したが着てみれば存外しっくりきた。
通りすがりの者たちがこぞって振り返るので貧相に見えてしまっているのかと冷や冷やする。
ジンイェンのように細く見えてもしっかり筋肉のついた体型こそ何を着ても似合うというものだ。これからは体を鍛えようとエリオットは決意した。


用事をすっかり済ませたあと、気づけばすでに日が落ちかけていた。
帰途の道中、街を歩いても馬車に乗っていてもちらちらと見られるので居心地悪く家に帰り着く。
やはり慣れないことはしなければ良かったのでは、とエリオットは内心暗い気持ちになっていた。

「今帰った……」

自信なさげに小さく言うと、すでに帰宅していたらしいジンイェンがすぐに飛んできた。

「おかえり……って、エリオット?」
「なんだ」

ジンイェンが目を丸くしている。
やはりおかしかったか……とエリオットが落胆していると、ジンイェンは訝しげに聞いてきた。

「ね、それ、そのままで帰ってきたの?歩いて?」
「そ、そうだが……あの、……おかしいか?」
「そうじゃなくって……うん、あのね?こんなこと言うのもどうかと思うけど……きれいすぎる」
「は?」

整髪剤で整えられた艶やかな髪や、糊のきいた真新しいローブ。
元が良いのでそのどれもがエリオットを女性的ではない、清潔でかつ蠱惑的に見せていた。
ジンイェンの言葉を受けて、エリオットは過剰に装いすぎたのかと思い羞恥に頬を染めた。

「いや、たまにはその……きちんとしようと、思って」

言い訳のようにぼそぼそと言うとジンイェンは首を振った。

「あーやっぱり一人で行かせるんじゃなかった!無事に帰ってこれたのが奇跡だよ?いやもー良く似合ってるけど!」

ジンイェンの反応は大げさに過ぎるとは思ったが、それでも褒めてくれたことには変わりないのでエリオットは嬉しく思った。
そもそもが彼に見直してほしいと思ったのが切っ掛けだから。
エリオットは気分良く笑った。しかしゆるく腰を抱かれると、目の前にジンイェンの真剣な表情があって少し戸惑う。

「ね、キスしていい?」
「何を改まって」
「エリオット……」
「ん……っ」

唇がやんわりと触れ合った。優しいキスに心が震える。
ジンイェンはすぐに唇を離して軽く溜息を吐いた。

「……我ながら堪え性がなくて恥ずかしいんだけどさ、ちょっと、触るだけ……してもいい……?」
「ジ、ジン……」
「エリオットが駄目だって言ったらすぐやめるから。……あ、でも無理ならいいよ、ごめん」

エリオットはそう言って一歩引いたジンイェンを抱き返しながら熱い吐息を漏らした。

「……いいよ。なんか、僕もそんな気分だから……」
せめてベッドへ、と促して、二人はもつれ合いながら寝室を目指した。




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