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猫の見合い亭は昼時に食事と軽い酒類を提供しているらしく、エリオットたちが着くとすでに店内は賑わっていた。
前に来たときはじっくり腰を据えている場合ではなかったけれど、落ち着いて見渡してみればなかなか広く小奇麗な店内だった。
染み付いた煙草臭や油染みは消えないが、オーク材の床や壁は磨きこまれていて日当たりが良く、たしかに窓辺で猫が見合いをしたくなるような温かさだ。

メニューを知らないエリオットのためにジンイェンとカルルが適当に食事を注文した。
カルルが先に運ばれてきた林檎の発泡酒を飲んでプハァと大きな溜息をついたのを見て、エリオットは目を瞠った。

「あーやっぱこれだわ〜。南の麦酒も良かったけど、やっぱ慣れた味が一番っすわ」
「……聖職者が昼間から酒を飲んでもいいのか?」
「ん、だいじょぶだいじょぶ!うちってそういうの厳しくないから。そもそも酒飲んじゃいけないなんて戒律もないしねー」

そういうものなのかと思い、ぐびぐびと喉を潤すカルルを見ながらエリオットは被っていたフードを外した。多くの人で賑わっている店の中ではさすがに暑い。
カルルは一瞬片眉を上げたが、つまみのオリーブをぱくりと口に放り込んだ。
ジンイェンも林檎酒の入ったグラスを傾けながらカルルに聞く。

「で、カルルの用事は済んだの?」
「おうよ!見ろよこれ!じゃーん上級神官の証!」

カルルが腰に下がっている飾りを持ち上げて見せた。
宝石には雛菊の紋章が掘り込まれている。

「おーすげー。やったじゃん、おめでと!」
「ま、上級っていっても幅広いからなー。おれなんかまだまだだよ。近いうち神官の階級も細分化されるって話だぜ」
「?」

話が見えないエリオットのために二人が交互に説明してくれたことには、カルルはジンイェンとジョレットに来るずっと前からパーティを組んで仕事をしていたのだという。
二人は気が合ってかれこれ三年、一緒にやってきたのだという。

それを聞いてエリオットは、ジンイェンが指輪探しを始めたちょうどその頃に二人は組み始めたのだな、と内心で時系列を計算した。

他のパーティに混ざることや逆に数人誘うこともあったが、基本的に二人はパーティを崩すことはなかったのだという。
神官とはいっても、ローザロッテのように治癒を専門にはしておらず、自らの肉体を鍛え上げそれなりに身を守れる『戦う神官』なのだという。
その分ローザロッテほど治癒の術には長けてはいない。

中級神官だったカルルはそろそろ昇級したいとのことで、三ヶ月前にジンイェンとパーティを一時解散し、大陸南西部グラスター半島にある中立国グラナカルタの聖都アガラムへ旅立った。
そしてこのたび無事上級神官に昇格し、大手を振って戻ってきたのだという。

「つっても一回落ちたんだけどな……」
「あー、だから遅かったんだ?」
「でもまあこうして上級神官になれたんだし、またおれと組もうぜジン!」
「うん、いいよ。……あ、でも」

即答したジンイェンだったが、反応を窺うようにエリオットをちらりと見た。
エリオットはその視線の意味がわからず首を傾げた。

「……きみがそうしたいなら、そうすればいいと思うが」
「そう?てゆかねカルル、組むのはいいけど俺この街に住むからさ、あんまり遠くには行けないんだけど」
「え、そうなの?まさか家でも買ったとか」
「まー、そんなとこ。いや違うけど。っていうかちゃんと言っとくけど、この人、俺のだから」

この人、と言いながらジンイェンがエリオットの肩を抱く。
エリオットはその突然の告白に目を瞠った。一方でカルルがにやりと含みのある笑みを浮かべる。

「やっぱりなー!どーりで紹介したがらないはずだわ!」
「な、ジン……!」
「どっちみち俺の態度でもうバレてるし。こいつそういうの気にしないからね」
「うんうん、おれ恋愛に寛容だよー。おれの神も老若男女問わず愛する者を大切にせよって言ってるしー。幸せそうでなによりじゃね?」

カルルが穏やかに目を細める。その態度に、つい構えてしまっていたエリオットも拍子抜けした。
聞けばカルルたち神官が信仰する宗教――サレクト教は同性愛に寛容なのだという。だからサレクト教徒が比較的多い南のメルスタン王国も、そのような風潮なのだそうだ。

「そーだ、エリオットもおれらとパーティ組めばいいんじゃん!魔法使って絶対必要だし」
「ほら、やっぱり勧誘してる……。ダメ、エリオットは狩猟者じゃないんだから」
「ジン、手伝うくらいなら別に僕は……」
「おっ!話がわかるね〜!よっしゃ今日にでもギルド登録して狩猟者になっちゃう!?」
「……本当、お前は宣教師なのか詐欺師なのかわかんないね」

ペラペラと捲し立てるカルルにジンイェンが苦笑する。まさかジンイェンのほうが諌める役だとは珍しいこともあるものだ。

そこで料理が次々に運ばれてきた。
スパイスの効いたひき肉のパイ包みや、サラダ、肉団子のスープ、魚介煮込み、黒パンと、よく見る家庭料理だが量がすごかった。
四人掛けテーブルの上が埋まるほどの量だ。朝食が遅かったエリオットはあまり食べる気になれず、スープだけすすった。

カルルは腹が空いていたのかどんどん取り分けては食べていく。
先にスープを平らげてしまったエリオットは手持ち無沙汰にカルルに話しかけた。

「ところでカルル、聞いてもいいか。神官の石の紋が違うのは何か意味があるのか?ロージィはたしか薔薇の紋だったと思うが、僕はあまり神官とは交流がないから知らないんだ」
「おーいいよー。これね、派閥の紋なんだわ。同じ宗教の中にも解釈とか色々あるじゃん?これはその区分けね。うちの宗教は偶像崇拝を禁止してる分、こういう図像で他と差別化をするわけね。つっても派閥も五つしかないから組織としては単純だけどさ」
「そうなのか……」
「最大派閥は百合派だけど、俺の雛菊派なんか戒律もゆるっゆるだから楽なもんだぜ?みんな結構そこんとこ知らないんだよなー」

カルルは貝殻から肉厚の身を取り外して汁を吸った。実に美味そうにものを食べる青年だ。

「神官イコール厳しい戒律って感じのイメージがあるせいか修行に消極的なんだよ。たしかに守らなきゃいけないいくつかのことはあるけど、そんなんどの職でもおなじなのにな?
 ま、歴史から見たら新興宗教だし信徒は南に偏っててまだまだ数も少ないからしょうがねーけど」

新興宗教と聞いて、エリオットは教科書を読むかのように大陸史を思い浮かべた。



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