相棒


朝食後、のんびり茶を飲んでから二人は家を出た。
先日の斡旋所での出来事――頬傷のボードンに絡まれた一件だ――を他から聞き及んでいたジンイェンは建物に入る前にエリオットのローブのフードを目深に被らせた。
それでなくともエリオットの美貌は人目を惹く。

斡旋所内は相変わらず賑わっておりこれから仕事を請けようとする人でごった返している。
ジンイェンはすぐに受付に並び、エリオットもただ待つのもつまらなく思えてその隣に立った。
受付の金髪の少女はジンイェンの顔を見るや否や事務的な態度を崩して親しげに話しかけてきた。

「あれジン〜?もう帰って来ちゃったの?」
「そー、ちょっと予想外のトラブルでね?はいこれ」

ジンイェンは懐から手に収まるくらいの大きさの布袋と小さく折り畳まれた用紙を取り出し、少女に渡した。

「ふーん、そーなんだ。じゃ、あたしの仕事が終わったらご飯食べに行こ?」
「ああ、ごめん。そういうのもうなしね。俺可愛い恋人できたからさ」
「え〜つまんな〜い!」

少女が唇を尖らせる。文句を言いつつも用紙に受領印を押して渡してきた。どうやらジンイェンはガランズに発つ前に何かの依頼を受けていたらしい。
窓口から離れると、エリオットはじとりと隣のジンイェンを睨んだ。彼が苦笑しながら耳打ちしてくる。

「あのね?あの子とは何度か一緒に飯食べたりしたけど別に何もしてないから。可愛いけどすっげー我侭で俺の趣味じゃないし」
「……僕は何も言ってないが」
「うーん、顔に書いてあるんだけど……。そりゃ、誘われれば断るのももったいないから行っちゃってたけどさ」

とにかくそういった誘いは今後断固断ると言ってジンイェンは笑った。昨夜言ったことを律儀に守ってくれるつもりのようだ。
エリオットから見てもジンイェンは女性に好まれる男だと思う。軽薄なのに妙な色気がある。
そういった誘いがいくつもあってもおかしくはないと思うし、独り身の男性として受けてしまうのも当然だろう。

だからといって目の前でそういったやり取りがされれば面白くないのもまた事実だ。顔がいつも以上の冷たい無表情になってしまう。人形のほうがまだ表情豊かだろう。
そんなエリオットをやに下がったでれでれとした顔で見ているジンイェンに、狩猟者の一人が声をかけてきた。

はしばみ色の編み込まれた頭髪と鎧姿の男はよく見ればロッカニア地下遺跡で一緒になった剣士のトゥギーだった。
エリオットが会釈するとトゥギーも応えるように愛想良く手を振った。

「よーお二人さん。この前は世話んなったな。あ、ジン、さっきカルルが探してたぞ」
「えっ!マジ!?うわーすれ違いしちゃったかー」
「朝市行ってからまた来るって言ってたから待ってれば?」

トゥギーはこれからベリアーノと広場で待ち合わせていると言って、慌ただしく斡旋所を出ていった。

「ごめんねエリオット、ちょっとこのまま待ってていい?」
「それは構わないが……」

壁際に移動して待つ態勢を取ると、顔見知りらしい狩猟者がジンイェンと早速雑談を始めた。魔獣の情報や珍しい武器が出回っている噂など、専門用語が多くエリオットが聞いてもほとんど分からない話ばかりだった。なるほどジンイェンはこうして日々情報収集してるのだな、と思わされた。
また狩猟者たちがエリオットに興味を向けてもジンイェンは飄々とそれをかわして決して紹介しようとはしなかった。

エリオットは意識を逸らして手持ち無沙汰に壁に貼り出された依頼用紙を見つめた。
その内容は様々で、商隊の護衛や薬草の収集、魔獣の捕獲依頼など実にバリエーション豊かだ。
その中にふと気になるものがあった。一番隅に追いやられている黄ばんだ用紙で、内容は『図書館で「マローのつきよのぼうけん」という本を探してきてください』というもの。
それは多くの子供たちに読まれている有名な絵本だ。一見して簡単な依頼が何故誰からも見向きもされていないのか不思議に思いエリオットがジンイェンに聞こうと思ったその時、大きな声が斡旋所に響き渡った。

「ジン!!」

その声にエリオットもジンイェンも同時に振り返った。
――それは群青の法衣の神官だった。くすんだ銀髪に、大きめな鼻と白い肌、薄水色の垂れ目の青年だ。
エリオットより目線が一段低く、ジンイェンと同い年かもう少し若そうだが見るからに人の良さそうな雰囲気を持っている。
ジンイェンは笑みを浮かべると、青年に駆け寄り肩を抱いた。青年のほうもそれに対して軽いハグを返す。

「カルル!やっと戻ったんだ。俺、すげー待ちくたびれたんだけど!」
「悪い悪い、久しぶり!てゆかどしたのその頭?一瞬知らねーヤツかと思った」
「あ、そうこれ似合う?ますますイイ男でしょ?」
「抜かせ!……そっちは?見ない顔だけど」

雰囲気から顔見知りだとは思ったが、青年はジンイェンとやけに親しげだ。
カルルと呼ばれた青年はジンイェンに伴われ壁際のエリオットのところまできて、首を傾げながらフードの中を覗き込んだ。
ジンイェンはエリオットの腕を引いてカルルから隠すように割って入った。

「んー、やだよ紹介しない。お前絶対狩りに連れてっちゃうし。この人狩猟者じゃないから」
「おいひっでーな、相棒を紹介しないなんてよー」
「相棒?」

エリオットが思わず聞き返すと、カルルが白い歯を見せながら爽やかに笑った。
垂れた目がますます目尻を下げて優しげな笑顔だ。

「おれ神官のカルル。ジンとは長いことパーティ組んでたんだよ。こう言っちゃなんだがいい仕事するぜ?」
「うわそれ自分で言っちゃう?」
「この商売、営業が基本だから!どんどん言ってこうぜ!で、きみの名前は?」
「あ、結局聞いちゃうんだ……」

ジンイェンとカルルのポンポンと軽快に交わされるやり取りに戸惑いながらもエリオットは魔法使の指輪を見せながら名乗った。

「……僕はエリオット。魔法使第二等・一級魔導士だ。よろしく」
「へえ、一級魔導士なんてすっげえじゃん!よろしく!」

カルルが明るく笑い、エリオットの肩を気安くポンと叩いた。
エリオットはふと気付いたことがある。狩猟者はこうして人脈を広げていくのだと。いつ誰と協力するかも分からない業界、こういった横のつながりは絶対なのだろう。

ここじゃなんだから、とカルルに誘われ三人肩を並べて猫の見合い亭に向かった。


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