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あの時ジンイェンがロウロウに譲った「ルート」というのはリーホァン一家独占の麻薬のルートで、ジンイェンがもしもの時にと頭目直々に託したものだった。
北部はその寒冷な土地でしか生息しない植物から採れる純度の高い良質な麻薬の栽培を行っており、それらは薬師の医術に使われることもあれば貴族の妖しげな集会御用達であったりした。
そのいちルートを譲渡するということは、リーホァンがジンイェンの身に何かが起こったことを察するということである。
そのルートに釣られて行った輩はリーホァン一家から私刑を受ける。――罠なのだ。

ただ一度だけ、と授けた頭目なりのジンイェンへの償いだった。

「本当はさ、それって最終手段っていうか、自分の不始末で親父に頼るのとかすげーカッコ悪いし嫌だったんだよね。でもエリオットを盾に取られちゃったらなりふり構ってられなくなってさ」

結局ロウロウはエリオットの魔術に手酷く痛めつけられ、今頃はリーホァンにも制裁されているだろう、とジンイェンは話を締めくくった。



「…………」
「俺、湿っぽい話って柄じゃないし……エリオットにもそういう顔させちゃうと思ったから黙ってたんだけど、もっと早く言えばよかったね」
「でも、ジン……」
「ロウロウのときみたいにアンタを俺の事情で変に巻き込みたくなかったから、余計さ」

ジンイェンが肩を竦めながら苦笑する。
そうは言うが口にするのにとても勇気がいる話だ。どう聞いても壮絶な話なのに、彼は今、笑っている。得体の知れない飄々とした笑みで。
エリオットは湧き上がる様々な感情に堪えきれず、上に乗っているジンイェンの体を強く抱きしめた。

「それで、ロウロウのことも含めて一回親父に話をしに行こうと思ってさ。ここ数年全然帰ってないし。それと指輪のことをちょっと調べたくなって」

家宝のことを調べるということは、シャオ家のルーツを辿るということだ。
エリオットは険しい表情で固い声を出した。

「それは、伯父御の周辺を探るということか」
「エリオットは察しが良くてありがたいような怖いような……。まあそういうこと。かなり狡猾な人らしいからいつもみたいなナリだと目立ちすぎちゃうんだよね」

だからこそのこの黒髪なのだと、ジンイェンが笑う。

「でも、それはちょっと後にする。なんかアンタを一人にすると危なっかしいし」
「ぼ、僕は別に……子供じゃあるまいし」
「んーんん?つか、俺がいない間に変な虫がついてもイヤだしねぇ。それでなくてもアンタ最近色っぽいっていうか……あ」

何かに気づいたようにジンイェンが顔を上げる。

「なんだ」
「たぶん……俺のせいかな?」

ジンイェンがいやらしく相好を崩したのでエリオットはその頭に拳を食らわせた。イテッという情けない声が上がる。
そしてだらしのない彼の顔を引っ掴み、軽く口付けた。

「……当分、しないからな」
「うん、わかってる」

ジンイェンの事情はわかったし複雑な気持ちも頭では理解できるが、それでも強姦された事実は変わらない。
次にそうなったとき、エリオットはうまく受け入れられる自信がなかった。

「……とりあえず、僕は久しぶりにきみの手料理が食べたい。……二日酔いでも食べられそうなもので」
「りょーかい」

ジンイェンはすっきりとした顔で笑って、いそいそと台所へと行った。
それを見送ってからエリオットはソファーに寝そべりながら顔を片手で覆った。

――彼はまだ何かを隠しているように見える。しかし今の話に嘘偽りはないと思えた。おそらく何か言えない事情があるのだろう。
だから今はただ、彼の言葉を信じようと心に決めた。恋人の言葉を。



また酔いの吐き気が襲ってきたが、決して悪い気分ではなかった。


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