静かな炎


夜の屋敷はしんと静まり返っていた。時折遠くから野良犬の遠吠えが聞こえる。
静寂の中でジンイェンの灰色の瞳が逡巡するように揺れた。

「――あのさ、ロウロウ、覚えてるよね?」
「……ああ」

ジンイェンが慎重に聞いてくるのをエリオットは少し緊張の面持ちで答えた。
ほんの数日前のこと、自分を攫いジンイェンを手酷く痛めつけた醜悪な男だ、忘れられるわけもない。

「あの時にあいつが言ったことも覚えてるかな……シャオ・シン・ファーロンって俺を呼んだこと。――あれ、俺の本当の名前」

そんな気はしていたが、今まで気になっていても触れられない話だった。おそらく、ジンイェンの深い事情に繋がることだと思ったから。
その名で呼ばれたジンイェンはひどく取り乱していた。聞きたくないと、強く拒んでいたほどだったのだ。
ジンイェンはエリオットの甘い香りを嗅ぐように胸元に鼻を埋めながらぽつぽつと語った。





ジンイェンの故郷は、北のヒノン共和国の中央部のカザン州である。
ヒノンの豪族である候司家、シャオ氏の四男として生まれた。一夫多妻制のヒノンの豪族には珍しく、妻は二人のみだった。
妻達は仲の良い従姉妹同士であり、輿入れするとシャオ氏は分け隔てなく二人の妻を愛した。

ジンイェンは第二婦人の子供で兄弟姉妹は七人おり、間もなくもう一人増える予定だった。喧嘩もするがとても仲の良い家族であった。
幼い頃のジンイェンは裕福な家庭で何不自由なく育ったが、ある日を境に全てを失うことになる。

それは、ジンイェン――ファーロンが10歳の誕生日のことだった。
その日はちょうど街の夜祭りの日で、ファーロンは幼心にどうしてもそれを見に行きたかったのだ。
外は雪が降っており、寒波が多いヒノンのうちでもひどく寒い日だった。
また治安の良くない暗部もある街へ豪族の息子であるファーロンが行けば良からぬ犯罪に巻き込まれる恐れがある。

シャオ家の邸宅は丘の上にあり、街へ行くために夜道を下ることも危険だった。
父親も母親達も反対し、兄弟達もファーロンと同じく行きたがっていたが彼らは聞き分けよく我慢した。
しかしファーロンはその言いつけを破り、家人が寝静まったころ、同じ年の奉公人の少年に自分の身代わりを頼んでベッドを抜け出し若い侍従を伴って街へと抜け出した。

夜祭は、赤い提灯が夥しく下がるなか雪が降るという幻想的な光景が美しかった。
美味しそうな料理の屋台がたくさん立ち並び、音楽や笑い声で街は溢れ、それは本当に楽しいひと時であった。

思う存分祭りを楽しんだ後、丘の上にある自宅の屋敷へ帰ろうとした時だった。
ファーロンは潜んでいた山賊に誘拐されたのだ。供の若い侍従はその時に山賊の手によって殺された。
山賊はファーロンをシャオ氏の息子と知っていて拐かした。さて身代金を、というところで予定外の事態が起きた。


シャオ家は他の賊の手によってすでに全員皆殺しにされ、金品を強奪されたあと家屋にも火をつけられていた。
もちろん、ファーロンの身代わりである少年も手にかけられた。そこで、シャオ・シン・ファーロンは死んだことになった。


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