盆の夜1





川の下流にかかっている橋の欄干にもたれかかりながら、俺と碧翔はとりとめのない話をした。
お互いの今更な自己紹介から、連絡先交換、趣味の話。それから、今いるこの橋のあたりで碧翔が川に落ちた話とか。

「それまで橋に手すりなんてなかったんだけどね、僕が川に落ちた件で危ないからって問題になって、橋ごと作り直したんだよ」
「ああ、だからこんな新しいんだ」

太くて丈夫な欄干をコンコンと叩く。車一台くらいしか通れないような狭さだけど、歩行者用通路があって安定感もある。
実際はもう少し下流側にあったそうだが、もとからその橋は老朽化が進んでいて何年も危険視されていた。碧翔の件はきっかけのひとつにすぎない。
そっちはすでに通行止めになっていて、この新しい橋が住民の道として定着して久しいそうだ。

「はー……ほんと、碧翔が助かって良かったよ。うちのばあさんが碧翔のこと過去形で話すから、絶対もう死んでると思ったし」
「ああ、大学通うために村出たからね。一応お盆には必ず里帰りしてたんだけど、卒業して完全にここに戻ったのって最近だから。年寄り連中にはいまだに過去形で言われるよ」
「え、じゃあ碧翔ってここで働いてんの?仕事なに?」
「フリーのプログラマー。どこでも仕事できるから」

こんな田舎でも、と欄干に頬杖をつきながら碧翔が目を細める。

地域の美味しい水や野菜を売りにした古民家カフェや、自家製酵母パンのベーカリー等々、地域興しの若年層がけっこういるんだそうだ。
碧翔は、そういう店のホームページのWEBデザインも引き受けてるんだと言った。
手が空いてるときは親戚の田畑の手伝いや、今日みたいな地域行事も協力するらしい。若手は即戦力としてどこでも重宝されるから。

「……別のとこに就職、とか考えなかった?」
「考えなかったわけじゃないけど、なんだかんだいって好きなんだよ、ここが。それにさ、お兄さんを待たなくちゃいけなかったし?」
「も、もういいじゃんそれは」
「ダメ。僕がどんなにお兄さん一筋だったか、わかってもらわなきゃ」
「十分わかったからさ――」

話してる間に、橋に人が集まってきた。灯篭流しを見るためだ。
灯篭はこの橋の下を通過するんだという。だからか見物人が俺たちと同じように欄干沿いに並びはじめた。

昔は灯篭をそれぞれ川に流していたそうだが、今は消防団の人がまとめて流すのだという。
俺の灯篭も、見当違いな目的だったもののせっかく作ったわけだしってことで、一緒に流してもらうことにした。

いつの間にか広場の祭囃子もやんで、川の周囲が賑やかになってきた。
灯篭流しを待っていたそのとき、碧翔の顔見知りらしき人たちが来て挨拶したり世間話をかわした。
碧翔の幼なじみやご近所さん、例の本家筋の親戚、同級生だという子連れの夫婦もいた。
彼らはこぞって興味津々で俺のことを聞いてきたが、碧翔が俺のじいさんばあさんの名前を出すと、「あー、あそこの」と勝手に納得してくれた。田舎ネットワーク恐るべし。
彼らとの長話を避けてくれた碧翔は、俺の肩を叩いて川の上流を指差した。

「来たよ、ほら」
「おっ、ほんとだ!」

するすると滑るように光が近づいてくる。最初少なかったそれは段々と数を増して、やがて橋のところまで下ってきた。
橙色の光がぽつぽつと流れていく。それに向かって手を合わせている人もいれば、スマホを向けている人もいる。
幻想的な光景にぼんやり見入った。すると碧翔に肘でつつかれて、指された先に目を凝らした。

「お兄さんのやつだ」
「あー……はは」

ぷかぷかゆらゆら、俺作の灯篭が流れてくる。蝋燭の火が灯された灯篭は、危なげながらも水流に身を任せていた。
バス停の幽霊君は俺の隣にいるってのに、今となってはなんとも間抜けな光景だ。

「なんかちょっと罪悪感が……」
「気にしすぎ。勘違いでも何でもこういうのは数が多いほうがいいんだから。むしろ年々減ってきてるってことで、各家庭にノルマとかあるんだよね」
「夢のないこと言うなよ」

田舎の家族団らんの中で和やかに、かつ素朴に楽しんで灯篭を作ってるイメージを崩さないでほしかった。

「この灯篭って海まで行くのかなぁ」
「いや、すぐそこにネットが張ってあって、そこで役場の人が全部回収するから」

これまた夢のないことを言われた。いやいや、自然環境をクリーンに保つ配慮をしてるってことにしておこう。
しかしそんな実情を知ったとしても、この光景はやっぱり綺麗だ。

流れてきた俺作の灯篭が橋の真下に差し掛かる。
蝋燭の火がちらちらと揺れる様を見ていたら、欄干の上で碧翔に手を握られた。
思いのほか強い力に、心臓がどくんと跳ねた。隣を見やると、碧翔は妖艶な流し目で俺を捉えていた。

「今夜、うちに泊まりに来てよ。お兄さん」

囁かれたその言葉に顔が熱くなった。
大人の顔をしてるくせに、年下が甘えるような口調で言われると困る。なんでもいうことを聞いてしまいたくなる。
約束、と言った昨日の少年の面影を見つけてしまって、次の瞬間には頷いていた。


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