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父さんの運転で移動して、車を会場近くの駐車場に停めた。到着したときにはすっかり日が落ちて暗くなっていた。
雨上がりの村落は、暑すぎず風が涼しかった。
祭り会場は公民館前の広場とのことだ。川べりとはいっても、灯篭流し場所と祭り会場はけっこう離れてる。

俺らはとりあえず祭り会場に向かった。
公民館前は思った以上に広い。ばあさんが言ってたとおり広場の中央にやぐらが組まれていて、そこから提灯が放射状にいくつも吊り下げられていた。
その周りを囲むように食べ物や遊技の屋台が並んでいる。祭りおなじみのテキ屋じゃなくて地元主催らしきテント屋台だ。射的や輪投げなんかは手作り感がある。

地元の住民たちがこぞって集まってるそうで、どこにこんなに人がいたんだよ!?ってくらい賑わっていて驚いた。
あの少年はここにいるのかな。俺と約束したとおりに。

「わーっ、パパ、色々見ていい?」
「うんうん、好きにしなさい。いやぁ懐かしいなあ。パパも子供の頃はこの祭りが毎年楽しみだったよ。学校で盆踊りの練習なんかしてなぁ」

父さんが言ったタイミングで、盆踊りのアナウンスが流れた。音楽はスピーカーで大音量で流れてきて、それに合わせて和太鼓が打ち鳴らされる。
盆踊りに参加するのは小学生や婦人会あたりが中心らしかった。それ以外は屋台やお喋りに夢中だ。消防団のテントの下ではオヤジたちが陽気に飲んだくれている。

中高生の姿も多かった。さすがに制服を着てる子なんていないけど。
好奇心を装いつつ、妹と父さんのあとについて歩きながら少年の姿を探した。
提灯の明かりしかない薄暗い場所でも、あんな美少年を見逃すはずはない。しかしそれらしい姿は一向に見当たらなかった。

「……俺、灯篭流しのとこ行ってくる」

蛍光色に光る輪っかにりんご飴だのカキ氷だのと、ガキっぽく夢中になる妹を父さんに押し付けて、俺はそっと抜け出した。
広場の外にも道案内のように提灯が下がっていて迷いようがなかった。川べりまで下っていく。
川は堤防に囲われていた。上からだと高低差があって水がよく見えない。
さらさらと音がする川は黒く、川沿いに並べられた提灯の明かりが揺れる水面に映し出されている。

堤防から下に降りられる階段が上流側にあったから、そっちに足を向けた。
水の流れが速い。やっぱり昼間のにわか雨で増水したんだ。

まだ灯篭流しの時間じゃないらしくてそこには誰もいなかった。砂利の上にたくさんの灯篭が並べられている。
わりばしと紙だけで作られた簡単なものから、ものすごく立派なものまで様々だ。まだ蝋燭は灯っておらず、静かに出番を待っている。
ここに置いておけば一緒に流してくれるのかな。それともそれぞれの手で流すんだろうか。
俺はできれば自分で川に流したい。あの少年のために。

――彼は弔ってほしかったんだ。俺は、それを叶えてやらなければ。

自分で作った灯篭を手に、しんみりと川の流れに耳を澄ませてたら喉の奥が詰まった。
不覚にも涙が零れて鼻をすする。すると、背後から声を掛けられた。

「灯篭流しならまだだよ」
「あっ、すいません。これどうしたらいいか、俺わかんなくて――」

涙を拭ってから振り返る。あ、やばい。ばあさんに振り返るなって言われてたのにやってしまった。
声の主ってもしかして幽霊?と思ったけれど、俺のすぐうしろに立っていたのは人間だった。
ポロシャツの上に、紺色地に白模様のいなせな法被を緩く羽織っている男。地元青年団といった風体だ。
なのに、薄暗いなかでもわかる。ものすごい美青年。短めに整えられた黒髪で、肌が真っ白で――耳たぶに小さなピアス。

二の句が継げずに呆然としていると、青年は俺の手から灯篭をひょいと奪い取った。そうして俺作の灯篭をまじまじ見つめる。

「ふぅん。きみ、玲くんっていうの」
「あ、あの、もしかしてあんた、いやあなたに、弟とかいませんでした?」
「いないけど」

鼻で笑うその仕草は見覚えがある。まさか、いや、でも。

「ここに書いてある、『バス停の幽霊』ってなに?」
「あーえっと、俺、昨日、坂の上のバス停で人と会ったんですけど、その子、何年か前に灯篭流しのときに川で死んだって聞いて……」

小生意気な口調が、仕草が、昨日見た少年の記憶と重なる。
けれど声音は青年のほうがやや低い。どう見ても二十代だし、体の輪郭だってあの少年よりしっかりしてる。でも――。

「なに勝手に僕のこと殺してんの?お兄さん」

呆れ顔で言われて息を呑んだ。「お兄さん」と気だるげに呼ぶ抑揚は、まぎれもなくあの少年のものだった。
パニックになって思考停止していると、青年にギュッと抱き寄せられた。

「やっと見つけた」
「はい?えっ?じゃあきみって昨日の、バス停の……!?」
「僕は昨日じゃない。八年前だよ」
「八年!?」

新聞で見た日付を思い出す。
どうしてこんなことが起こったのか――俺が昨日会ったのは、なんと八年前の彼だったらしい。
彼の腕にますます力が入って苦しくなった。だけど密着した体は熱く、たしかに生きているんだと実感させられる。

「僕もバス停で会ったとき、お兄さんのことお化けかなって思ってたよ」
「はぇ!?なんで!?」
「こんな田舎に全然似合わない、かっこいい人がいたのが変だったから」

どうやら俺も彼も、お互いにお互いのことを幽霊だと思い込んでいたみたいだ。
だからこそ、物珍しさで俺たちは惹かれ合った。

「明日って約束したのに、お兄さん、来てくれなくて悲しかった」
「いや、だから俺ちゃんと来たじゃん」
「遅いんだよ。八年も待たせて」

昨日会った少年は、一晩で俺より年上になってしまった。田舎ってすげえ。怖いわ。

「えーと……ごめん」
「心がこもってない」
「ええ?だって俺は約束どおり来たし……てかまさか毎年待ってたわけ?」
「そうだよ」

怒ったように言われて衝撃を受けた。たったあれだけの約束をそんなにも待ってたなんて。
ごめん、と改めて言うと、青年は腕の力を緩めた。

「キスしてくれたら許すよ」
「そ、その前に聞きたいんだけど。川に落ちて助からなかった的な話って……」
「そのこと?たしかに落ちたよ、お兄さんと会った次の日の祭りでね。お兄さんのこと探してたら足滑らせて川にダイブ。尖った石で膝んとこざっくり切って、五針縫っちゃった」
「い、痛そう……」
「痛いっていうか熱かったかな。血ぃすげーダラダラ出て止まんなかったし、人いないとこで落ちたから自力で広場戻ったんだよね。そしたら大騒ぎになって、その年の盆踊りは中止になったよ」

そのときの傷、まだ残ってるよと青年が足を指差した。

「だから、これはもう何が何でもお兄さんに会って文句言わなくちゃって思ってさ」
「わ、悪かったって」
「あはは、ごめん怒ってないよ。お兄さんは約束どおりに『今日』、ちゃんと来てくれたんだもんね?」

そうだよ、彼のために灯篭まで作って。
勘違いに次ぐ勘違いで突っ走った自分が恥ずかしくなった。いたたまれなくて青年から離れて俯く。
すると、彼は俺の灯篭を地面にそっと置いた。

「アオト」
「はい?」
「碧に翔って書いて、アオト。僕の名前」

そう言って、彼は法被の裏側をめくって見せてくれた。そこには『碧翔』と縫い付けられている。
碧――そうか、彼のピアスの色だ。夏の空を天高く翔ぶ、そんなイメージが閃く。初めて聞いた名前にもかかわらず、彼にぴったりだと思った。

「碧翔……さん」
「碧翔でいいよ。なんか変な感じ。僕の中では、お兄さんはずっとお兄さんだったから」

自分より年上の男にお兄さんと呼ばれるなんて、たしかに変だ。だけど心地よく耳に馴染む。

「僕さぁ、かなーり後悔してたんだよね。あの日、お兄さんをバス停に置いてかないで連れて帰ってくればよかったなぁって」
「そしたら俺、八年前に行っちゃうんじゃん。碧翔が俺と一緒にバス乗ってくれたらよかったんだろ」
「それは嫌だな。まあそんなのは今更だし、起こらなかった『もしも』だけど」

川の流れが上から下に流れるように時の流れも一方向だ。俺と彼の流れが渦となって奇妙に混ざり合ったようだが、やがて行き着く場所は同じだ。
上の広場から太鼓の音が響いてくる。
先祖の霊を弔って、今を生きる人々の喜びを分かち合って、そうして大きな輪を作る。祭りは『命』の行事だ。
祭り囃子を遠くに聞きながら、俺と碧翔は体を寄せ合った。彼の背に腕を回す。昨日の少年と体の厚みが違う、けれど同じ線香の匂いがした。

「……ねえお兄さん。約束守って来てくれたってことは、期待していいんだよね?」
「な、なんのことだよ」
「『僕に興味ある?』」

昨日の、あるいは八年前の台詞が碧翔の口から零れる。今度こそ俺は、迷いなく受けて応えた。

「ああ」
「じゃあキスしてよ。僕を八年も待たせたお詫びに」
「俺は待たせてないし、お詫びじゃないから」

碧翔のうなじに手を置いて引き寄せ、唇を重ねた。
俺にとってはお詫びじゃない。碧翔にしたいからする――これは、そういう決意のキスだ。

「お兄さんに会えて嬉しい」
「うん、俺もだ」

提灯のおぼろげな明かりで碧翔の美貌が浮かび上がる。
照れくさくて彼の髪をかき混ぜたら、ピアスが優しく光った。

出会いはたった少しの時間。けれど想い想われて、俺たちは再びここで会えた。
それは必然だったかもしれないし、偶然の奇跡だったかもしれない。


夏の気まぐれでずれていた道が、ようやくひとつに繋がったような気がした。


end.


(次ページにおまけ)


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