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そんなことを続けてまた三ヶ月が過ぎた。
この頃にはかなり打ち解けていて、一人暮らしの俺の部屋に喜之が来るようになっていた。そこで八回目の封筒を渡された。

「これは書き溜めたものじゃなくて、完全な新作なんだけど」

喜之の言葉を聞いた瞬間、一度受け取った封筒をつき返してしまった。

「ごめん喜之。俺、もう読めない」
「……何故?」

『どうして』じゃなくて『何故』と聞くところが喜之らしい。普段の言葉遣いもちょっと物語の人物っぽいっていうか、芝居がかってる。
うやむやに言葉を濁して受け取らなかったのに、このときの喜之は頑なに押しつけてきた。無表情で。
その圧力に負けて、ついに俺は本音を暴露した。

「すっ……好きだから!」
「は?」
「喜之のことが、えっと……恋愛的に!」

だって新作ってことは俺と出会ってから書いたものだろ?そんなの、完全に勘違いする。喜之は俺のことを特別視してるんだって。
読むのがつらい。これ以上は、喜之と友達でい続けることが苦しい。泣きたい。泣きそうになったがギリギリ我慢した。
そんな思いからパニックになって、土下座をしつつ「好きです!俺と付き合ってください!そしたら読みます!」と、我ながら最低かつ謎の告白をした。

そのまま三十分くらい過ぎたと思う。
土下座の体勢でいたせいで、そういう彫刻かな?って程度には固まっていた。
長い溜め息が聞こえたあと、頭の上から「わかった」という声が降ってきた。顔を上げたら、相変わらず無表情の喜之がいた。

――わかった?わかったってのは、お前の言い分は理解したって意味?それで、だから……どういうこと?
それだけ言って喜之は、封筒をテーブルの上に置いて帰っていった。時計を見たら十分そこそこしか経ってなかった。
これは「読め」ってことなんだよな?つまり、俺が読む、イコールでお付き合いOKってこと?

半信半疑で、その日はそのまま封筒に指一本触れられなかった。
翌日の昼頃になって『読んだ?』とメールが来たもんだから、慌てて封筒を開いた。今までと違って紙の量は少なかった。
喜之は知識が豊富というか器用というか、あらゆるジャンルの物語を書いていた。けれど八作目はそのどれとも違った。

タイトルは『シキ(仮題)』。仮題ってなんだろう?と思いつつも、おそるおそる読みはじめた。
内容は四季を通じて語られる、一人の老人の独白だった。
春生まれの彼は、夏祭りで生涯の伴侶と出会い、秋の紅葉のなか罪を犯し、冬の雪の日、孤独に死んでいく。
四季になぞらえた死期の私記――赤裸々に語られる『彼』の一生が、大きな塊として俺の心にずしんと重くのしかかった。
まだ二十代になったばかりの俺に、年老いた人間の気持ちなんてわかるはずもない。同い年の喜之だってそうだろう。だいたいこれは架空の人物の話だ。
それなのに、最後の文字を読んだ瞬間に老人と同調するように無意識に呼吸を止めて、そのあと人生の無常感と達成感でいっぱいになった。
息苦しくなって普通に呼吸再開したけども。

それから『彼』の人生を振り返っては転機の選択肢を考えているうちに何も手につかなくなって、翌日の学校は休んだくらいだった。
その次の日にようやく我に返って、すぐに喜之に連絡して会いに行った。電話越しじゃなくて直に感想を伝えたかったから。

「これ良かった!すっげー良かった!起承転結ってわかりやすいテーマなのにこの先どうなるんだろうってスリルあったし、ラストまとまってるのに『もしあのときああしてたら』って考える余地があってさ!」
「そう」

興奮気味に伝えると、喜之が珍しく微笑んだ。その笑みに俺はぼーっと見惚れた。
そこで思い出した。俺と喜之は付き合うことになったらしい。――でも本当に?
わりと脅しみたいな感じの条件を突きつけたわけだから、喜之には今更ながら申し訳なく思った。喜之のほうは俺ほど「好き」とか思ってないだろうし。
それでも一応『彼氏』っていう立場を手に入れたのは事実だし、俺はそこでまた単純に喜んだ。

初デートはお台場。そしたら喜之がめちゃくちゃ具合悪くなったんで、過度の人ごみが無理だということを知った。
それ以来遠出のデートはやめておいた。近場のファミレスやカフェで封筒の受け渡しをすることだって立派にデートだと思うし。
なにより、俺の家に遊びに来てくれるからそれで十分だった。

本当に付き合ってるのかいまいち分からなかった。だからそれ以上のことは何もしなかったし、できなかった。
でもそれでいいと思ってた。俺は多くは望まない。喜之がそこにいてくれるだけでいい。――そう、思っていた。



それからまた半年ほどしたある日のことだ。
寝不足だという不機嫌顔の喜之が大荷物を抱えて俺の家にやってきた。
なんでも、課題続きなうえに定期試験が近くて勉強漬けなのに、最近引っ越してきた隣の住人がうるさいせいで眠れないんだとぼやいた。
俺の隣部屋、一方は空き部屋でもう一方は深夜バイトの学生だから静かだ。喜之もそれを知ってて俺のところに逃げ込んできたらしい。
それはもちろん大歓迎だったけど、この日、俺はバイトがあったから留守を頼むことになった。

「布団でもどこでも自由に使って寝ていいから!」
「悪い……助かる」

困ったときに俺を頼ってくれる喜之が愛しい。
ニヤニヤ笑いを抑えきれずにバイトを終えて家に帰ると、喜之は、六法と判例集を枕にして床で寝ていた。
その寝顔が綺麗で無防備で、しばらく隣に寝そべって眺めてた。

「よしゆきぃ、俺だよー。帰ったぞう」

デレデレしつつ喜之の腕をつついたら、唸りながらうっすらと目を開けた。寝ぼけまなこで俺を見た喜之は、掠れ声で「……守」と呼んだ。
名前を呼ばれたのは初めてだった。いつも苗字とか「お前」だったから。
気がついたときにはやらかしてた。衝動的にやっちゃってたよ――キス。
つってもほんのちょこっとチュッとしただけだし!……だけど唇に。

眉間に深ぁい縦皺を作った喜之はのっそり起き上がって、「急にやるなよ」と低く呻いた。
そのあといっぱい謝ったら許してくれた。こういうのはちょっと早かったみたいだ。やっぱり俺らはお付き合いしてなかった。
俺の喜之に対する愛情は大きすぎる。俺たちは釣り合ってないんだ。
だから、喜之に負担をかけないようにしようと、このとき決心した。傍にいられるだけで十分すぎるくらいなんだから。

それでも毎日「好き」って伝えていれば、いつか振り向いてくれるかもしれない――そう信じてたくさん好意を伝えた。
一ヶ月後にキスを許してくれたから、俺の信念もあながち間違ってないと思えた。

でも俺だって健全な男子、キスだけで満足できるわけがない。
ぶっちゃけやりたくてムラムラが抑えきれないときだってある。そういうときは喜之を思い浮かべながらシコってたけど、そのうちに妄想が具体性を求めだした。

喜之の半裸からシャワーシーンになり、彼がストリップを見せてくれる想像に発展した。
やがて直球でエロい言葉を喋りだす。脳内では俺の声になっちゃうあたりが残念だ。
そのうちにオナニーショーがはじまり……本物の喜之には大変申し訳ないようなことばかりを妄想喜之にはさせてしまった。

ある時はたと気がついた。
男同士のエッチっていったらアレじゃん?尻の穴でやるやつ。
どうしよう、痛い想像にしかならない。いくら妄想とはいえ喜之にそんなことはさせられない。
そこで俺は思いついた。『嫌がりつつも冷酷に俺を犯す喜之』を想像しよう!――と。
真性アホとしかいいようがない。でもそのほうが喜之っぽかったから……。しかし失礼ながらものすごく興奮した。

無言で俺を犯す喜之と、おちんぽきもちいぃなどとぶっ壊れ気味の俺という三文芝居の妄想だが、これがなかなか捗った。
しばらくそれをネタに励んでいた俺。
ところが挿入される側だと想像の限界がきて、リアリティを出すためについに一念発起した。
そう、ディルドデビューである。
好奇心に駆られたものの、やっぱ初回は怖いし恥ずかしくて、ドアは鍵だけでなくチェーンまでしっかり掛けて、カーテンも隙間が開かないようにガムテで目張りした。

「うわ……うわぁ……おえぇ……」

ネットで調べながらやってみたアナニー。正直ちっとも気持ちよくなかった。
空虚なまま初アナニーを終えて、翌日に改善点を考えた。
そこでひらめいた。自分がやってると思うから駄目なんだ、と。これは作業じゃない、オナニーだ!
要するに喜之にやられてる想像をしたら、死ぬほど昂った。

そんなわけで俺はアナニーにハマった。
そしたらだんだん妄想と現実の区別がつかなくなってきて、リアル喜之を目の前にすると尻穴が疼くようになってきた。
そっけない態度を見せられるたびに冷酷な喜之妄想に磨きがかかって恍惚に浸った。
本物とは軽いキスしかしたことないのにね。


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