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喜之と付き合って一年が経ったある日のことだ。
深夜も深夜、夜中の三時に突然、喜之が予告なしに俺の家にやってきた。
ところがその綺麗な顔が一部青々と腫れていた。

「ど、どうしたんだよ喜之!その顔っ……誰かに殴られたのか!?」
「親に」

珍しく興奮気味に憤っていた喜之は、これまでのことを俺に教えてくれた。
喜之の家は司法書士事務所を営んでいるそうだ。跡を継げと言われていたけれど、喜之は子供の頃から小説家になりたかったんだという。
その志を胸にひそかに書き続けてきた。そうして俺に見せてくれた八作目――あれを改稿して文芸誌に送ったらしい。
そこで喜之の才能に目を留めた編集者がいて、いま連絡を取り合っているのだとか。
そうなると文筆業の夢が現実味を帯びてきたので、実家に帰り本心を話したところ、両親は激怒。一人息子だから尚更だ。

「そんなお遊びで食っていけるか!」と言われたことで長年の鬱憤が噴出し、喜之もカッとなって大喧嘩になった。
そうして父親に殴られた挙げ句に家を叩き出され、親が保証人になっていたアパートを解約し、大学も中退を決めたらしい。
荷物はとりあえずトランクルームに預けてあるそうだ。

「だから守、悪い。少しの間だけここに置いてくれないか」
「そんくらい全然いーんだけど……」

折りしも俺は就職内定を決めたところだった。
専門学校で電気系統の資格を取ったので、開発とか技術方面の職を探した。
中規模の音響・映像設備会社を受けたところ、最終面接で社長と意気投合して、好感触のまま後日あっさり内定をもらった。
ただ、その会社が募集してたのが技術者じゃなくて電気工事知識のある営業だったからどうするか悩んだ。
でもこの不況だし、なにより会社の待遇がかなり良かったから考えた末に就職をそこに決めた。
開発のほうに空きができたとき、そっちに異動できるかもしれないっていう望みもあったから。

入社に合わせて社員寮に引っ越そうと思っていたところに喜之が転がり込んできたから、いっそのこともう少し広いマンションでルームシェアしないかと彼を誘った。
俺にとっては嬉し恥ずかし同棲といいますか。

社員じゃないうえに扶養家族でもない人間とルームシェアは会社名義でできないけど、近場のいい物件を会社から紹介してもらった。
広々とした2LDKは、築年数は経っているもののリフォーム済みで新築同然に綺麗だったし、それぞれの個室を確保できてちょうど良かった。
喜之の職は立地やなんかはたいして関係ないってことで、俺の職場に近いそこに決めさせてもらった。

――しかしその後、喜之は奮わなかった。
文筆業を決意をするきっかけになった八作目の『シキ』(改稿にあたりこれとは違う題名にしたらしい)は、純文学賞に出したが落選。
担当編集が自信を持って推薦したにも関わらず、一次選考にすら引っかからなかった。

がむしゃらに何作も書いたがすべて没稿。喜之はそれでも書き続けた。
妥協して就職した俺と違って、その我が道を貫く姿が格好良かった。
彼は誰より才能があるって俺も信じてたから、喜之が思う存分書けるようにと日常のことは全部俺が担った。彼のためにそうするのが嬉しかった。

やがて、喜之はライター業をはじめた。
小説が奮わないから稼げない。だからフリーライターとしてゴシップ誌や旅行誌、スポーツ、車関連の雑誌、Web記事などなど多岐にわたって仕事を請け負うことにしたみたいだった。
ときには取材として出かけることもあった。人と関わることが苦手な喜之も、それを続けているうちにだんだんと平気になっていった。
比例して小説にも厚みが出てきて、より洗練されたように思う。
相変わらず俺は喜之から初稿を渡されては意見を求められた。
世界中の誰よりいの一番に、喜之の物語を読めることがなにより幸せだと感じてた。同じ屋根の下で彼と過ごす毎日が楽しくて楽しくて、夢みたいだった。



初めてのセックスは、付き合ってから四年目のことだった。

ライター業で繋がった縁から、カルチャー誌の小説枠で喜之は四回の短期連載を得た。
マイナー誌の小さいスペースとはいえ小説を書けることに彼が喜んでたから、お祝いにちょっといいレストランでディナーをした。

外食からご機嫌で帰ってきて、風呂に入ったら軽いキスをしておやすみを言って、それぞれの部屋に戻った。
喜之が嬉しいと俺も嬉しい。あんまりにも気分が昂ってたから、今夜は一番太いディルドでアナニーをしよう!とはりきった。

おやすみを言ったあと喜之は部屋にこもって朝まで出てこない。俺らの間で鍵なんて必要なかった。
だからこの日も安心して、いそいそと準備をした。ローションにゴム、そしてなんといっても主役のディルド君。
今日着ていた喜之の服を思い浮かべて、道具も気分も準備万端。ムラムラは最高潮だった。

「ん……」

パンツ姿になって目を瞑り自分で自分の乳首を触る。この指は喜之の指だ、というイマジネーションも今や完璧だった。
ディルド君を手にして頬擦りをした――そのときでございました。

「守、ちょっといいか?」
「えっ!?あっぉあっ!?」

ドアの向こうから妄想じゃないリアル喜之の声が聞こえてものすごく動揺した。
俺の焦った声を了承と受け取ったのか、無情にもドアは開け放たれた。この部屋に鍵はないから、あっさりと。

「お前、今日――……」

言いかけた喜之が瞬間的に固まった。俺も硬直。俺らの間に気まずい空気が流れる。
だって俺は半裸でディルドを握ってたんだよ?いかにもやる気満々です!って感じにアダルトグッズだの避妊具だのがベッドに散乱してるなかで。
しかも困ったことに、前日拝借しておいた洗濯前の喜之の服まであった。上下セットで。
だってこれ、喜之のいい匂いがするし。俺のリアリティ追求心は尽きない。

「あっあのこれっ、これはあの、えっとその……ッ」
「…………」

こんなときでも喜之は無表情だった。せめて何か言ってほしい。いたたまれない。死ぬ。

「……あの、服、か、返すから……」
「…………」
「ご、めん……よし、ゆき、ちょっと、出てって……」

俺だけの秘密がよりによって本人にバレたことで、トラウマ級に恥ずかしくて死にたくなった。
目の前が歪んで濁る。泣きそう。これもう泣いていいよな?

「――したいの?」
「……は?」
「守は俺としたいの?そういうこと」

無表情のまま喜之にそう聞かれて困惑した。
そりゃあしたいからこんなことやってんだよ。自慢じゃないが出会ってから今まで俺のオカズは全て喜之だ。他の人だったことはただの一度もない。

「し、したいよ……」

なんとかそれだけ搾り出せば、喜之も「そう」と頷いた。
喜之は俺の傍まで来ると、何故かいきなり服を脱ぎはじめた。ぎょっとして止めようとしたけど、夢にまで見た光景に釘付けになってしまった。
猫背気味の裸身がベッドに乗りあがる。

ムードとか一切なしに裸の恋人が目の前に迫る。突然降って湧いた状況に、あれだけ臨戦態勢だった俺のちんちんもちょっと萎えてきた。
正直、リアル喜之に戸惑うばかりだった。想像の中の喜之のほうが俺の意のままで都合が良かったから。

え?なにこれ?……あ、わかった!あれかな?今度の小説のネタにするのかな?
浮気は絶対嫌だけど、プロのお店だったらギリギリ我慢するのに。いやプロでも嫌だけど……。
ていうか喜之はそうしてるんだと思ってた。人とのかかわりが苦手なわりに小説の中の男女描写が妙に生々しかったから。
そんな喜之もこんな状況を目の当たりにして、ちょっと趣向を変えてみたくなったのかもしれない。

「えーとじゃあ、失礼して」
「なにそれ」

改まった俺に対し、ちょっとムッとした喜之。
ああ、気分を出せってことね。こんな風に仕事っぽくされたらたしかに嫌だろう。プロのお店だって擬似恋人の演技が必要だもんな。行ったことないから知らないけど。
キスをして、舌を絡めて、精一杯甘えるーー恋人らしく。俺のは本気だからなかなか熱が入ってると思う。
『下条』という物語の主人公に絡むいち登場人物のつもりで、喜之の体中を愛撫した。
俺の貧相な妄想と本物は全然違った。
喜之は寝そべったまま声なんかほとんど上げない。でも弾力のある肌の質感が気持ちよかった。興奮してきて隅々まで触れてキスした。

「う……」

上ずった喜之の声が色っぽい。
ディルドとは違う、勃起が熱をもっていて汁で濡れた。男の匂いがする。それを口に含んで恍惚としてしゃぶりまくった。
俺はすっかり『主人公』に入れ込む情夫の気持ちで喜之にしなだれかかった。そうしながらローションで指を濡らして、尻の窄まりを撫でる。
アナニーで鍛えたそこはすぐ柔らかくなって、指だけで楽に広がった。
そうしたら疼いてたまらなくなったから、フェラで十分勃ち上がったペニスにゴムを被せて喜之の上に跨った。先端をアナルに擦りつければ、戸惑った表情が目に入った。

「……ま、もる……、お前まさか、そっちに……?」
「やらせてよ、喜之。お前はそのまま、何もしなくていいから」

俺は、好きでたまらない男のモノを挿れたくて仕方なかった。ここまできたら妄想を現実にしたいと、それしか考えられなくなっていた。

「んっ……」

徐々に腰を落とす。けっこうすんなり入ったから安心した。俺のアナニー生活は無駄じゃなかったみたいだ。
無機物じゃない、本物のペニス。しかも好きな人の。
騎乗位のまま抜き差しを加える。すると喜之も息を乱した。
喜之が動かないでいてくれたから、俺は俺の自由にできた。妄想のように犯されたりはしなかったけど、リアル喜之とのセックスは最高に昂った。

あんまり喘ぐと気持ち悪く思われそうなんで、必死に声を噛み殺した。
はぁ、はぁ、という二人分の息遣いだけが部屋の中に充満した。無言のセックスだった。

気持ちいい場所を夢中になって喜之のモノで刺激して、俺はうしろの穴だけでイッた。
だけどそのぶん後悔も半端なかった。精神的な疲労が押し寄せてきたせいか、体のほうもぐったりとして朝まで動けなくなった。

そのまま眠って、朝になったらベッドに喜之の姿はなかった。
昨夜の倒錯じみた情夫の心は消え、差し込む朝日が俺を正気に戻した。

それでも、あの一夜を思い出すたび強い性欲に支配されて喜之に迫った。
すると彼は拒むことなく淡々とベッドに横たわる。喜之はこっち方面の興味も淡白らしい。相手が俺だからかもしれないけど。
ときどき素肌を撫でられると、それだけで俺は淫乱の色情狂になって喜之の上で悦んで腰を振る。そして行為後は後悔で死にたくなる。

やっぱり普段はオナニーするほうが精神的に穏やかだと思った。
セックスは、せいぜい月イチが限度だった。


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