チェンジしない!1


「はぁ……」

仕事の合間のコーヒーブレイク。職場の休憩室で、マガジンラックに置かれていた女性週刊誌を手に取ると思わず溜め息が漏れた。
表紙に見慣れた名前が見えたから、誘われるようにして開いた雑誌。
『今話題のイケメン作家』『彼の素顔に迫る』『雪城女子急増中!』――大げさな煽り文句に頭痛がしてきた。
Web上の画像を限界まで引き伸ばした荒い写真は、俺の恋人の顔に他ならない。

この雑誌、会社帰りに買ってかなきゃ。
どんなアレな記事でも喜之のことだ。作家、下条喜之のファン第一号は俺だという自負がある。

「お疲れ、柏木君」
「あ、どうもお疲れ様です」

総務の久保田さんが声をかけてきたから顔を上げた。
彼は俺より年上で、二年前まで同じ部署だった人だ。ずんぐりして体毛が濃いせいか、なんとなく熊っぽい感じがする。
同じ部署にいた頃からなにかと頼れる同僚で、今もときどき一緒に飲みに行ったりする仲だ。

「久保田さんも休憩すか?」
「催促しにきただけ。内線したらこっちだって言われてな。社報のやつ、あと出してないの柏木君だけだから」
「う……すいません。ちょっとやってる時間なくて」

ありきたりな言い訳で謝れば、苦笑されつつ「来週頭までにメールで送ってよ」とせっつかれた。
催促と言いながらついでに休憩もしていくそうで、久保田さんは俺の隣に腰を下ろした。

「ここんとこ天気悪くて営業大変じゃない?」
「ほとんど車移動だしそうでもないですよ。今日だってもうこのあと出る予定ないし」
「お、なに読んでるの?あーいま人気だよね、その作家。ヨシノとかいったっけ?」

開きっぱなしだった雑誌のページを見られて焦った。彼はいつもこんな風に話題が急に飛ぶから会話がせわしない。
こんなゴシップ記事満載の女性週刊誌を好きで読んでるなんて思われたくなくて、俺は慌てて雑誌を閉じた。

「やーいやいやなんでもないですよ!なんとなくあったから見てただけなんで!」
「僕それ知ってるわ。なんだっけ、ゆきしー?うちの嫁さんがハマってるんだよね」
「……ゆきしー……」
「絶対ドラマ化映画化するから読め!ってさ、ナントカって賞取ったとかいう本押し付けてきて、もうしつけーしうるせーんだわ」

俺その本、七冊持ってる。……とは言えないから笑って濁した。
ちなみに内訳は、自腹で五冊、喜之から直筆サイン入りを一冊もらって、さらにプリントアウトされた紙束が手元にある。
けれども、大好きな喜之の話題にもかかわらず、この本に関しては思うところあってどうしても口が重くなってしまう。

「柏木君は読んだ?」
「読みました。めちゃめちゃ面白かったっす」
「そっかー、柏木君がそう言うなら僕も読んでみようかな。まあ本の内容はともかく、なんかイケメンとかで話題らしいね、その人。嫁さんもそれで興味持ったクチでさ」

知ってる。毎日見てるもん。
世間ではゆきしーの愛称で呼ばれてることも。ていうかフルネーム吉野雪城だろ、ゆきしろ!『ろ』はどこいった『ろ』は!
しかし久保田さんにとっては『奥さんが好きな芸能人』程度の話題でしかなかったみたいで、すぐに次の話に移った。


――合コンで初対面という、ある意味偶然としかいいようのない出会いをした俺と喜之。

完全に一目惚れ状態だった俺は、ほぼストーカー気味に喜之に付きまとった。
微妙な顔をしつつも拒絶はしない喜之の隙をつくように、毎日毎日メールだの電話だのと一生懸命アピールをした。

しばらくすると、俺のしつこさに根負けしたのか食事の誘いに乗ってくれた。
喜之は俺がふった話題に言葉少なに「ああ」「別に」「そう」と応えるだけで、楽しいとかつまらないとかそういう感情を表に出すことはなかった。
俺を合コンに誘った友達はそんな喜之のことを暗いと言ったけど、俺にしてみれば、その落ち着いたところがむしろいいと思った。
とりとめのない俺の話をじっくり聞いてくれるし、なんといっても滲み出る知的さがかっこいい。
しかもときどき笑顔みたいなものを見せてくれるから、当時の俺は、その表情を引き出そうと必死になっていた。

やがて会う頻度が増えた。といってもファミレスやカレー屋という、そんな程度だ。
彼に会うたび俺は緊張してドキドキして、回数を重ねるほど夢中になっていった。





「読んで、批評をしてほしい」

そういって分厚くて大きい封筒を渡されたのは、喜之と出会って三ヶ月目のことだった。
よくわからないうちにそれを受け取ると、喜之はそれだけが目的だったようでさっさと店から出ていってしまった。
せっかく会えたのに……とがっかりしながら帰宅。
それでも喜之から初めて物を渡されたことに嬉しくなった俺は、高鳴る胸を抑えつつ封筒の中身を見た。

中にはA4サイズの紙の束がおさめられていた。ざっと五十枚くらい。

大学の課題レポートかなにかかな?と思いつつ目を通して驚いた。
それは小説だった。下条喜之、とご丁寧に手書きの記名入りだったから作者は喜之で間違いない。
内容は、近未来が舞台の環境問題を絡めた政治批判――というかなんというか、正直難しくてテーマがよくわからなかった。喜之は頭がいいんだなぁとしか思わなかった。
でも、喜之が書いたものだと思えば小難しい文の羅列も愛しく感じられて、よくわからないなりにその日のうちに全部を読みきった。

批評ってことは喜之は感想がほしいんだ。
だったら、たくさん褒めよう。なんか、環境を大事にしようと思ったとか感動したとか、そんな感じで。

三日後に再び会って開口一番、「どうだった?」とやや真剣に聞かれた。
そのとき、用意していた適当な褒め言葉はひとつも出てこなかった。言っちゃいけないと直感したから。
喜之はあの小説をたくさん考えて書いたんだ。だから俺もそれに対して、率直な感想を言わなきゃいけないんだと思った。

「面白くなかった。ごちゃごちゃしてて結局何を言いたいのかわかんなかったし。でも読み応えはあったと思う」

あ、これ喜之を怒らせたな。そう思って言ってからこわごわ窺ったけど、彼は意外にも驚いたように目を丸くしていた。
それからどんなところが読みにくかったか、いいと思えたところはあるか、などなど詳細に聞かれた。
俺は本なんてほとんど読まないし喜之みたいに頭も良くない。そんな風に聞かれても、簡単な言葉でしか返せない。
これって喜之的に俺をいじめてるのかな?
しつこい質問責めにだんだん泣きたくなってきて、「用事があるから帰る」と嘘をついた。
だけど帰り際にまた封筒を渡された。単純な俺は、それだけでテンションが上がってうきうき気分で帰って読んだ。

今度の内容は時代物だった。
幕末の動乱期、公武合体の気勢高まる薩摩藩で、時代の波に揉まれる一人の武士――という史実をもとにしたフィクション物語。
こっちは活劇ものでなかなか面白かった。ただ、勢いがあった中間部分に比べて冒頭とラストが地味だし薀蓄が長ったらしくて、全く印象に残らなかった。
着眼点は面白いけどちょっと人を選ぶ読み物だ。時代物に向いてないんじゃないか、とまで喜之本人に言ってしまった。
そうしたらまた次の封筒を差し出された。

そんなことが続いたら、さすがに俺も事情がわかってきた。
喜之は物語を書くのが好きなんだってこと。

渡されたのは喜之が今までにせっせと書き溜めた小説で、他の誰にも見せたことがなかったらしい。
そんな大事なものを、どうしてろくに本なんか読まない俺に見せたのかはわからない。
大学では法律とかの難しい勉強をしてるんだから、周りの同じ知識レベルの人に見せればいいのに。
そんな風に戸惑う一方で、喜之に特別扱いされてるみたいで嬉しかったのも事実。
彼が書き物をしてることを俺以外誰も知らないんだと思うと、優越感でいっぱいになった。

そしてどうやら喜之には親しい友達って人がいないらしい。昔から団体行動が苦手で、一人の時間を大事にしたい派なんだとか。
にもかかわらず、喜之は俺のことを親しい人認定してくれてる――はっきりと言葉にはしないけど、そうとしか思えない行動の数々に舞い上がった。
そうして喜之を好きだという気持ちが、ますます膨れ上がっていったのだった。


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