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挑むような空気に気圧されて言葉に詰まった。
ところがメレンヤさんは何を思ったのか、突然、デレッデレの顔になって頭を掻いた。

「わしはミデルシャに出会った瞬間、天女様が空から舞い降りてきたのかと思ってなぁ。こんな別嬪さんはついぞ見たことがなかったもんで」
「まあ、それは私の台詞ですよ」
「何を言うか、わしのほうが夢中になって――」

いきなりノロケはじめた老夫婦だったけれど、誠二の軽い咳払いで慌ててこっちに意識を戻した。

「かの国を出て魔法使いだということを隠し、各地を旅していたミデルシャとこの都で出会ってな。魔女だと知ったときは驚いたが、わしはかまわず求婚した。なんせ別の世界から来た男だ、こっちの常識なんぞ知らん」
「ええ、私も昨日のことのように覚えていますよ、ホス」

お互いの正体を明かしつつ、全部知ったうえで結婚した翌年――念願の子供が出来た。それと同時に、ミデルシャさんの魔法の力が消えてしまった。
魔法使いは同家系の女子に現れるそうで、どうなるかと思われたが、二人の子供は男児だった。メレンヤさん似の。
ところが孫のディー君は、男にもかかわらずミデルシャさんの血が濃かった。
男でも稀に魔法の力が現れることがあるそうで、万が一のときのことを考えて幼少期からこの家で一緒に住んでいたそうだ。

そのとき、話を遮って誠二が少し言い難そうにミデルシャさんに聞いた。

「子供が出来ると魔法使いではなくなるんですか?」
「そうね。それに老いていくこともできる。大抵の魔法使いは若さと魔力を失って衰えることを良しとしないから、そういう道を選ばないけれど」
「つまり、完全に何でもない人になるんですか?」
「そうでもないわ。私の場合、魔力はほんの少しだけ残ってるの。鍋底の焦げみたいにこびりついてるって感じかしら。暖炉につける小さな火を熾したり、壷を冷たく保つくらいのことはできる程度」
「……あっ!ディー君が使ってたあの餌入れの壷!?あれってミデルシャさんの魔法だったんだ!」

俺がつい日本語で割り込んだら、誠二が素早く翻訳してくれた。

「あらまぁ、あれに気がついていたの?よく見てたわね、アキーロ。といっても魔力も使うたびに消耗していくばかりで、戻ることはないのよ」

ミデルシャさんはそれを惜しむようなそぶりはなく、早く使いきってしまいたいと笑った。
魔法使いかどうかの判別の境目は十歳くらい。そのあたりの年までに魔法能力が開花するそうだ。
ディー君の場合は何事もなく成長した。魔法使いじゃなかった。
けれどもディー君は斑竜はじめ生き物のことが好きだし、なによりおじいちゃんのことを尊敬してるから、以来ずっとここに住み続けているんだという。
「あの子はこのまま斑竜研究家として、わしの後継者になる」と、メレンヤさんが祖父の顔で自慢げに言った。

この世界にどれくらいの確率で『突然変異』が現れるかは明らかになっていない。
その血は過去の異世界人との交配によって大陸全土に広まっているし、血筋だからといって必ずしも出現するわけじゃないから。よって人々はそれを『神のいたずら』と呼んでるそうな。
そしてもしも、魔法使いだと判明したら――。

「わかったら、どうなるんですか?」
「大半の子は魔王様のところに行くことになるわ。私のときは同胞の方が迎えに来たの」

それは女王様の計らいだという。占術会が同胞を探し出して、見つけ次第各地に魔女を派遣し、そういう子を魔王国に迎える。もちろん自ら来る人もいる。
魔法使いは、個人差はあるがある程度の年齢まで行くと成長が止まり、そこからは不老長寿になる。
そうなると時間に対する感覚がものすごくゆっくりに感じられるようになって、魔法使いじゃない人間がせせこましく粗野に見えてくる。
魔王城のお姉さん方が男を毛嫌いしていたのはそういう理由らしい。それはもう体質でしかなくて、魔法使いとそうじゃない人間は、そういう意味でも別種族だといえる。
だから、そういった違いによって生じる軋轢や違和感に苛まれるよりは、同胞が集まる場所で生活したほうがいい――人々はそういった認識でいるそうだ。

魔法使いをひどく迫害する国もあれば、得難いものだとして祭り上げる土地もある。そういう国々からしたら、このブラムマール地方は魔法使いに対して比較的穏便な態度だといえる。怖いからできるだけ関わりたくない、って感じにだけど。
ブラムマールは魔王国と接していることもあって魔法使いに対して恐れが大きい。でも国として潤沢な資源や高水準の文化は欲しいから交流はしたい。よって刺激しないよう友好的に、かつ不可侵の姿勢をとっているみたいだ。

うーん、なんだか色々とわかってきたぞ。
一世代限りっていうわりに女王様にヴァレッタ様っていう妹がいたのも、同じ家系に生まれた魔女って意味だったんだろう。
本当に同世代の姉妹か、何代か経たあとの血縁かはわからないけど。
ん?だとしたら――。

「あのーミデルシャさん、ベルッティってわかりますか?占い師の」
「ごめんなさい、知らないわ。私がいなくなったあとに来た子かしら?」
「だったらダーバラさんって知ってますか?ベルッティのおばあちゃん」

子供を生んだら魔法の力を失う、そして年を取る。
なのにベルッティのおばあちゃんは魔力を失ってなかった。でも母親と呼べるくらいには年を取っていた。これってどういうことなんだろう?
すると、ミデルシャさんは途端に難しい顔をした。

「……ダーバラ様は例外よ。大昔、魔女のまま子を宿した。産まれた子も母親と同じくらい優秀な魔女だったそうよ」
「それも、相手は異世界人だったんですか?」

誠二が聞くと、彼女は頷いた。

「それはダーバラという人が例外だったんですか?それとも、相手のほうですか?」
「鋭いわね、セージ。相手の男性のほうよ」

ミデルシャさんが目を丸くして頬をひと撫でする。皺の一本も愛おしいというように。

「彼方の園――と私たちは呼んでいるのだけど、あなたたちの世界から来た人々となら子を成すことができると私たちは知っていたの。引き換えに力を失うことも。それでもそうしたいと願うことはあるのよ。私みたいにね」
「うむ、いくらいち個体が長寿だろうと、その先に待つのは衰退と絶滅だ。それに危機感を覚えて、なんとしても子孫を残そうとするのは生物の本能だろうよ」
「まあホス、そんな言い方しないでくださいな。私たちも恋をして、愛する人との子供がほしいと思うって言っているのよ」
「む……」

デリカシーに欠ける言い方をしたメレンヤさんが、奥さんにぴしゃりと叱られて決まり悪そうに小さくなった。

そんなわけでこの世界の異性に見向きもされない魔法使いだけど、異世界人にとって彼女らは問題なく魅力的に見えるから、恋愛なり性衝動なりで仲を深めるという。
魔女のまま子供を産んだダーバラさん。そのダーバラさんの娘もまた、別の異世界人と結ばれた。しかし彼女はダーバラさんと違い魔女の力をすっかり失くしてしまって、やはり魔法使いではない幼子を連れて夫とともに魔王国を去ったそうだ。
ミデルシャさんが知ってるのはここまで。
……てことは、その何世代かあとに魔女として生まれたのがベルッティってわけか。
もしかしたらあいつは魔女になって間もなくて、見た目に違わずマジで俺より年下かもしれない。態度はでかいけど。

「――セージが指摘したとおり、彼方の園の人のなかでも、ダーバラ様と恋仲になられた方は特別だったと聞いているわ」

ミデルシャさんの畏怖を含んだ口調にそこはかとない緊張感が漂う。
俺の喉が知らずごくりと音を立てた。


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