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手を胸元に持っていって懐の中の金太郎を撫でた。グルゥというくぐもった呻き声が聞こえる。
こいつもイング村の雪の中に埋まってたんだった。そこに卵を産み落とされて、あのとき俺と会わなかったらどうなってたんだろう。

「マダラリュウが子供に懐く、年寄りを嫌うってのは単なる通説だ。大まかに言えばそういうことが多いが、事実は少々異なる。実際のところ年齢はそれほど重要じゃあない。わしやフィニー坊やがいい証拠だろう」
「じゃあ、斑竜は何を……」
「うむ、『マダラリュウが庇護を求める人間の条件は何か』だな。どうだ、わかるかね彰浩君?」

学者の顔をしたメレンヤさんに突然指名されて背筋が伸びた。
歳はあんまり関係ない。じゃあ性別?でも、それだとフィノアルドが嫌われる理由にならない。それにこれまで金太郎を見てきたなかで、男女の区別は関係なさそうに見えた。
えぇ、なんだろう?そもそも俺、斑竜の生態にそんなに詳しくないし。つーか今日はそれを教えてもらいに来たのに。
難問に唸りつつ頭を悩ませていると、メレンヤさんが落ち着いた声音で付け足した。

「そう難しく考えなさんな。己に置き換えて考えてみたらどうだ?子供の自分が理想とする、親や保護者はどういうものか」
「あっ、それだったらわかるかも!えーっと、そうだな〜……なんでも好きなもの買ってくれてー、いっつも優しくてー、あと『勉強しなさい』とかうるさく言わない親!」

小学生のとき羨ましかった友達の親の姿をぼんやりと描いてみる。
ところがメレンヤさんは俺の回答を聞いた途端、顔の皺を真ん中にぎゅうっと集めて、心底残念そうな呆れ顔をした。

「……彰浩君は研究者には向かんなぁ……」
「うぐっ」

痛恨の一撃!
遠回しにアホだと言われたショックのあまりテーブルに突っ伏すと、天板がガタタンと俺のほうに傾いだ。合わせて空の木の椀が踊る。

「もっと自分を、世界中に多数存在する生物のひとつとして考えてみなさい。動物として根本的に求めるものは何かをな」
「ええー……人間は人間だし……」
「ですがメレンヤさん、彰浩が言ったことはあながち間違ってないと思いますよ、オレ」

隣から凛とした援護の言葉が聞こえた。傾いたテーブルを直しつつ誠二がメレンヤさんに真面目に言い募る。

「好きなものを買ってくれるというのは経済力が優れているということで、子が求めるものを常に与えて飢えさせない。優しさは、子に無条件に注ぐ愛情で母性や父性。まあ、勉強どうのこうのってのはちょっとアレですけど……」
「フォローになってなくね!?」

結局ダメじゃん!
抗議のつもりで誠二の肩を揺さぶったら笑ってごまかされた。でも前半のほうはフォローありがとう!好き!
そんな風にじゃれてたら、メレンヤさんが腕を組んで深く頷いた。

「なるほど、いい考えだ。他にはあるかね?誠二君」
「他に……ですか。たとえば、危険から身を守ってくれる、とか」
「ほう。守るとは、どんな風に?」
「危機を回避する、いや身を挺して――あ、力が強い?体が大きい、ですか?」

俺のときとは違って、メレンヤさんは満足そうに手を叩いた。

「まあ、そんなところか。上出来、上出来」
「じゃあ斑竜は体の大きい強い人に懐くってことですか?」
「そういう傾向もあるぞ、彰浩君。だが他に、生物の、生き物としての使命ともいえる事柄はなんだと思う?」
「えー、なんだろ……」
「我々も持っている本能を考えてみなさい」

本能か。よく耳にする三大欲求といえば、食欲、睡眠欲、性欲だ。ということは。

「繁殖……?」
「そのとおり。次世代に繋げる能力が優れている者を、マダラリュウは特に好むわけだ。どうやってそれを嗅ぎ分けるかはわからん。それこそ彼らの本能といってしまえば終わりなんだがのぉ」

体が大きく力の強い者、愛情深い者、飢えさせない者、そして繁殖の能力に優れた者。
斑竜は、そういった総合的に生命力の強い人間のもとで幼竜時代を過ごす。
若者は特に生命力に溢れているから自然と斑竜はそういう者を好み、結果、世間の人々は「斑竜は子供が飼うもの、年寄りには懐かない」とみなしているそうだ。
ああ、だからギルドの頂点で子供がたくさんいるディギオじいちゃんに金太郎は懐いたのか。生物として上位だと見なしたんだ。

すると、少し考え込んでいた誠二が顔を上げて遠慮がちに訊いた。

「……それは、たとえば同性愛者はどうなりますか?斑竜にとって、繁殖の意志のない者として判断されたりとか」
「いいや、それはない。個人の性愛対象だの主義や嗜好なんだのはマダラリュウにとってはどうでもいいことだ。もっと単純に、生まれ持った資質や、機能として優れているか否かで嗅ぎ分けるそうでの」
「ちょっと待ってください。それじゃあフィノアルドは――」
「…………」

十歳程度の少年とはいえ兵士として優れた才能の持ち主、温和で優しい性格、名家の生まれ、このあたりはどれも条件には十分すぎるはずだ。ということは、生殖能力に問題が。

「まあ、それだけとも言えん。マダラリュウも好みが様々だからのう。むしろ、あれだけ彼らが嫌うのは死期が近い人間……つまりな、坊やは長く生きられない運命なのかもしれないと思った」
「そ、そんな」
「もちろんわしからそこまでは口に出さなんだが、聡いフィニー坊やは自ら悟ってしまったらしくてなぁ」

しんみりとした声音でメレンヤさんがつぶやく。もう一度ハンカチで鼻をかむと、指で眼鏡を押し上げた。

「いかんな、年を取ると涙もろくなってしまって。だから坊やと約束したわけだ。わしと話したこと、会ったことは誰にも秘密にしてほしいと懇願されてな。親や友人を心配させたくないから、と」
「兄さん……」

誠二もぽつりと独りごちた。
なんて心優しく立派な人だったんだろう。聞けば聞くほど、フィノアルドという青年を失ったのがどれだけ悲しいことだったかがわかる。
一度も会ったことがないのに胸が痛む。なにより誠二が痛ましい表情をしてるから、それだけで心臓が締め付けられた。

「――あの、でも、だとしたら俺はどうなんですか?金太郎が……って、いや、こいつが俺に懐いてるのってどういう意味が……」

自分の懐を指差しながらメレンヤさんに聞いた。
自慢じゃないが、俺は体格がいいわけでも腕力があるわけでもない。ぶっちゃけ殴り合いの喧嘩とかしたことない。
一般家庭の生まれで高貴さも持ち合わせてない。別に動物愛護精神が旺盛なわけでもない。ついでに言えばモテない。
ないない尽くしの俺に、どうして金太郎がこんなにベッタリなんだろう。むしろ誠二のほうが飼い主として相応しいような気がするんだけど。
俺の疑問にすぐ答えが返ってくるかと思ったのに、メレンヤさんは首を傾げて低く唸った。

「そのことだが、正直なところわしもわからん。金マダラの、しかも王の資質を持つ竜が庇護を求めるのは何かしらが格段に秀でている者で、並の人間じゃあないはずだ。よってこんな事例は初めてでな」
「う……」
「さあ、そろそろ聞いてもいいかね?お前さんたちが、どういう経緯で二人そろってこちらに来たのか」

メレンヤさんのことは十分聞いた。今度は俺たちが事情を話す番だ。
俺と誠二は、同時に顔を見合わせた。


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