39


食事後、商人ギルドに戻って預けていたトナカイを引き取り、東の運河方面へと赴いた。
途中で年季の入った小さめの門を通過した。この門は昔の街の名残で、市民が増えるにしたがって門を超え、街の規模が拡大していったとのこと。
つまりこの門の内側ほど昔ながらの建物だということだ。

門は、トゥリンツァに到着した当日に通った北側のメインゲート、それと東西にそれぞれ古門と新門があって、合計五つ存在している。
これらは門といっても扉が開閉する方式じゃなくて、凱旋門みたいな、通行フリーで装飾目的の建造物だ。「ここからがトゥリンツァですよー」っていう目印のためにあるというか。
人と物の行き来を制限すると交易都市としての機能が鈍るから、扉は設けないのだそうだ。


「――つーかさ、メレンヤさんってどんな人だと思う?」

トナカイの背に揺られている道中、誠二に聞いてみた。
斑竜研究家というメレンヤさんの人物像がいまいち思い描けない。カイはちょっと変わった人だとか言ってたけど。
だいたい斑竜専門で研究してるっていう時点で謎の人物だ。男か女かもわからない。
隣に並んだ誠二は苦笑しつつ首を傾げた。

「さあ?そういえばマルヴィアスが、『まずい汁を飲ませられるから気をつけろ』って言ってたな」
「まずい汁……」

斑竜の好物でもあるセデルーの絞り汁とか?……それはイヤだ。絶対ヤダ。
さっき誠二から聞いたばかりの生セデルーの味を勝手に想像して、口の中が渋くなった気がした。ウェッと顔をしかめると誠二が笑った。
金太郎は間食のときから変わらず俺の懐の中でぬくぬくしてる。たぶん寝てるのかもしれない。

誠二と他愛のない話をしながら、途中で休憩を挟みつつだんだんと運河に近づく。
振興地域である古門外側は、とってつけたようなごちゃついた街並みだった。街の発展を急いで、道や建物が慌てて増えたような感じだ。
もう少し外側になるとちゃんと区画整理されているそうで、古い街と新しい街の中間にある混沌部分という印象を受けた。そんな迷路状の場所に、メレンヤさんの家はあった。

「ここだ」

地図を確認しつつ誠二が建物を見上げる。俺も倣って顔を上げた。
湾曲した路地沿いに建つ漆喰壁の一軒家。周りの建物と見比べても、奇抜さもなく変人の家っていう感じはしない。普通。めっちゃ普通。でも周りの住宅よりはけっこう大きい。
煙突から煙が出てるってことは、中に誰かがいる可能性が高い。
玄関ポーチの階段の先にあるドアに、番地らしき番号が記されている。覚えたてのこっちの数字を頭の中で変換してみた。
これは……えーと、777かな?スリーセブン!なんか縁起良さそう!

「おーい金太郎、ついたぞー」

懐を軽く叩いて金太郎を起こすと、もぞもぞと服の中から出てきた。
グワッと鳴いてあくびと伸びをしたあと、なんとなく眠そうな目をして俺の首にダラリと巻きつく金太郎。……これから専門家に見せるってのにこんなんで大丈夫なのか。

とりあえずトナカイから降りて、どこかに預けられないかと相談しようとした矢先のことだった。
ドサッという音とともに引きつった悲鳴が聞こえた。
悲鳴の方向に顔を向けたら、少し離れた場所に、両手で口を押さえた若い男が立っていた。
あずき色の細かく渦まいた巻き毛に、うっすらそばかすが浮いた愛嬌のある顔立ち。しかし腕自慢を謳うかのようにがっしり逞しい体格で、分厚い革コートを着ている。
長めの髪はうしろでひとつにまとめているが、量が多くてもっさりしてる。
そんな彼が、抱えていたらしき荷物を地面に落としたまま、俺らのほうを見て震えていた。

「ま……まさか、そんな……」
「ああ、もしかしてあなたがメレンヤさ――」
「なんてことだ!お会いできて光栄です!」

そう叫んだ彼はすかさず駆け寄ってきて俺の足元に跪き、真っ赤な顔をして涙ぐんだ目で見上げてきた。
初対面の人の突然の奇行にビビッてついあとずさった。なになに怖い怖い怖い!
巻き毛の青年はそれから誠二にも目をやると、またまた両手で口を塞いだ。

「はっ……もしやあなたはローデクルス様では!?このようなところにわざわざお越しくださったなんて感激です!その輝く黄金のマダラリュウ様のことですね?さあさあ、どうぞ中へ!」
「あ、ああ、お邪魔するよ」

青年はトナカイのくつわ紐を家の柵に巻きつけたあと、地面に落とした荷物を拾い上げて軽い足取りで777のドアを開けた。
誠二が呆気に取られつつ促されるままにドアをくぐったから、俺もそれに続いた。
ていうかさっきこの人なんて言った?『輝く黄金の斑竜』?
金マダラは希少だとは聞いてたけれど、ここまでの反応をするほどのもんなの?

家の中は小ざっぱりとしていて温かい雰囲気だった。家庭的なペンションって感じ。
木の床に毛織の敷物が敷かれてるせいか、裸足で歩いてみたくなる。
自分んちって態度で気軽に中に誘い入れた彼だけど、俺は一応確認のために聞いてみた。

「えーと、あなたがメレンヤさんですか?」
「メレンヤはメレンヤだけど、僕はディレナント・メレンヤ。マダラリュウに詳しいのはおじいちゃんのほうなんです。おーい、おばあちゃーん!お客様だよー!」

青年が大声で呼ぶと、家の奥からその人が姿を見せた。
おばあちゃんと呼ばれたのは、ふくよかで肌にハリがある人だった。青年と同じくあずき色のフサフサした巻き毛で、母親といってもいいくらい若々しい。
彼女がしゃがれ声で「聞こえてますよ。遅かったわね、ディー」と呆れたように言ってミトンをはずす。
そうして俺と誠二に目を留めると、ミトンをポトッと床に落として両手を口に当てた。孫と全く同じリアクションなんですけど。

「あぁらっ、ローデクルス様!?なんてこと、いやだわ、まあ!」
「突然の訪問をお許しください、ご婦人。斑竜の研究をなさっているというメレンヤ殿の噂を聞きまして、このたびお会いしたく、伺った次第です」

誠二の丁寧な挨拶を受けてハッと我に返ったおばあちゃんは、俺の肩に巻きついている金太郎に目をやった。
一方ディレナント君はブーツの雪をマットで落としつつコートを脱いだ。

「おばあちゃん、おじいちゃんはまだ?」
「まだ帰ってきていないのよ。さあ、お二人とも中へどうぞ。あなたがた、お食事はこれから?」
「いえ、ここに来る前に済ませてきました」

誠二が答えたそのとき、壁際に置かれている陶器の大甕がバシャッと音をたてた。
甕の中には水がなみなみと張られていて、赤っぽくて細長いものが沈んでいる。驚いて二度見してみたら、どうも形的にうなぎに似た魚らしかった。えんじ色のうなぎだ。
興味津々で俺が甕の中を覗き込んでいると、ディレナント君が嬉しそうな声を上げた。

「あっ、その子かわいいでしょう!名前はニョロちゃん!」
「へ、へえ」

いや、いやいやちょっと待って。今、ディレナント君は『アヴァキュールフェンザム』?って言ったのに『ニョロちゃん』に翻訳されたんだけど!?
どこをどうしたらアヴァキュールフェンザムとかいうカッコいい名前がニョロちゃんに!?
現地語と日本語訳の落差に混乱していたら、ディレナント君が一緒に甕を覗き込んだ。赤うなぎが水面まで上がってきて彼に向けて顔を出す。

「ニョロちゃんはですね、ノッハ湖で獲られて北西端の裏市場で売られてたんですよ。あそこは漁が禁止されてるのに……!」
「ノッハ湖っていうのはイング村付近で見た湖のことだよ、彰浩」

誠二も甕を覗き込みながら教えてくれた。湖ってあれか、あのエメラルドグリーンの温泉湖。

「えっ、じゃあこれが噂の肉食魚!?」
「そういうことになるな。オレも初めて見たよ。こんなうなぎみたいなやつだとは思わなかった」
「な、うなぎだよな」

ディレナント君には悪いけれども、うなぎを可愛いとは思えない。しかも赤いし。凶暴な肉食魚だし。
俺と誠二がヒソヒソと喋ってる間に、ニョロちゃんはディレナント君に向けてぱくぱく口を動かした。
わかる、わかるぞ。俺も金太郎がいるからわかる。ニョロちゃんはディレナント君に餌の催促をしてるんだ。なに食べるんだろう、こいつ。
ディレナント君も承知したように、窓辺に置かれた壺の中から霜のついた透明な小蟹を取り出して、甕に放った。

ニョロちゃんが小蟹をパクッと上手にキャッチして飲み込む。
そして甕の中をぐるりと一回転捻りで泳いでから、胸びれをヒラヒラさせつつまん丸な目もくりくり動かして、「もっとちょうだい!」と言わんばかりに次のおねだりをした。
……あれ?なんかちょっと可愛いぞニョロちゃん!

「この子、ディレナント君のことが好きみたいだね」

俺がそう言うと、彼は「僕のことはディーって呼んでください」とニカッと歯を見せた。

「そうだといいんですけど……。ニョロちゃん、市場で見たときすごく弱ってて、うちで保護して元気になったら湖に戻そうと思ってたんです。
 でも、はじめは綺麗な青色だったのにうちに来てから何故かこんなに赤くなっちゃって。帰そうにもこんな色じゃ自然環境で生きていけないっておじいちゃんが言うから、そのままずっとうちにいるんです」

餌のせいか、ここの環境が悪いのか……と、二匹目の小蟹を与えながら首を振るディー君。
どう考えても飼い主(の頭の色)に似たんじゃないでしょうか。ディー君にすごく懐いてるみたいだし。


prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -