38


雪玉投げをやったあと、ちょっと早いけど間食をとることにした。というのも、カイが贔屓の店を紹介してくれたからだ。
円形広場からメインストリートに戻り、ギルドとは反対方面の横道に入ると、一気に裏路地っぽい雰囲気になった。
ちょっと薄汚い狭い道沿いに歩いて五分ほどすれば、年季の入った吊り看板が掲げられた小さな店にたどりついた。
店の前まで案内してくれたカイは、さすがにこれ以上仕事をほったらかしにできないってことで、俺らとはここで別れた。

「この店、誠二は来たことある?つかおすすめグルメ店とかあったら教えてよ」
「いや、実はオレ、そういう店に全然行ったことないんだ。食事の類はいつもギルドで食べてるから。市場に来たらあそこに顔出さないわけにいかないし、行けば絶対なにか用意されるし」

ジュビエスカ一族のあの雰囲気だとたしかに断りづらそう。でも、味も量も申し分ないから他のところで食事する必要性も感じなかった、と誠二が言う。
もう一度看板を見上げてみる。誠二によると、そこには『古い抜群の塩』と書いてあるそうな。なんだそりゃ。
といってもそれは昔の言い回しの直訳で、誠二的解釈によると『昔ながらの美味しい塩漬け料理の店』ってことらしい。つまり老舗の店か。

店に入ると、暖かさで体中の筋肉が緩んだような気がした。外を歩いてる間にだいぶ体が冷えてたみたいだ。
暖炉の火が行き渡る店内は狭く、いかにも地元常連ですって人々で埋め尽くされていた。世間話の笑い声と料理のいい匂いで満たされた店だ。

コートを脱いで空いているテーブルにつき、周りをぐるっと見回す。
ここでもフィノアルド様は特別待遇かと思いきや、意外にも誰も騒ぎ立てたりしない。
身なりの良さげな紳士淑女がちらほらいるから、暗黙の了解によって身分関係なく静かに食事をとれる場所なのかも?
考えてみれば領主の息子のカイが常連なんだから、きっとそういうことなんだろう。

「ここ、メニューは?」
「聞いてみるか」

特にメニュー表があるわけでもない。誠二も勝手がわからないそうで店員らしき若い女の人を呼んだ。
誠二がたずねると、長い髪をぴっちりひっつめた無愛想な彼女は、抑揚のない声で機械的に答えた。

「メニューは肉か魚。どっちも絶品よ」
「だって。どうする?彰浩」
「うーん……」

ざっくりしすぎてわからん。まあ、絶品の言葉を信じるか。客に聞かれたらこう答えるっていう定型文っぽいけど。
うん、まずかったらそれはそれ、これも経験だよな!
てなわけで俺は魚、誠二は肉を選んだ。口に合わなかったら交換してあげるよ、という誠二の親切な言葉つき。
メニューを聞いたウェイトレスさんは、愛想を振りまくことなく店の奥に引っ込んでいった。

雪遊びでハッスルしてた金太郎は今、俺の懐の中で大人しくしてる。人間の食事には興味がないらしい。
斑竜は二、三ヶ月くらい何も食べなくても平気だって話だから、餌は人の食事と同じタイミングであげなくても問題ないそうだ。かといって空腹状態にしたまま放っておくと逃げちゃうみたいだけど。
ちなみにトゥリンツァの店は、基本的に子斑竜程度ならペット連れ入店OKだそうです。

それからそんなに待たずに料理が運ばれてきた。
バスケットに入った薄切りパン六枚と、大きい木皿の上に乗せられた料理を見て途端に腹の虫が鳴った。
誠二がウェイトレスさんに聞いてくれたところによると、俺のほうは、薄くスライスされた赤身の塩漬け魚、ナッツ入りのクリームチーズ、マッシュポテト、塩漬けセデルーだそうだ。
一方、肉を選んだ誠二のほうは、香味野菜のスープでじっくり煮込んだ塩漬け肉と、マッシュポテト、リンゴに似た果物をバターと砂糖で焼いたもの、塩漬けセデルー。
食べ方は、パンに好きな具を乗せて食べればいいとのこと。

……やばい、うまそう!
いやいや見た目と匂いだけでうまそうとか言って、実際食べたらどうなるか――と思ったけど期待通り、いやそれ以上に美味しかった。

魚とチーズをパンに乗せて食べたら、濃い塩気とチーズの甘味が口の中で合わさってちょうどよかった。パンは炙ってあるのかカリカリ食感で香ばしい。
塩漬け魚は舌触りが滑らかなうえ旨味が濃厚で、魚っていうより肉に近い感じだった。魔王城で食べた生ハムに似てる。
そしてここでも出てきたおなじみセデルー。塩漬け、つまりセデルーの漬物。黄色い藁屑みたいなものがくっついてて、何かと思ったらとうがらし的な香辛料だった。
この漬物、酸味と辛さがあとを引く絶妙な味で手が止まらず、これだけ単品で食べきってしまった。
誠二のほうの味の感想を聞いてみたら、塩漬け肉は脂あっさりめで、マッシュポテトとの相性が抜群だそうな。彼も満足そうな顔で舌鼓を打っている。

こうして誠二と向かい合って美味しいものを食べてることに幸せを感じて、そんな自分に顔が火照ってきた。
やっぱり、昨日から俺の中の心境が変わっているように思う。親友として好意があるのは間違いないけど、それ以上に誠二を恋愛的な目で意識しているというか……。なにげない瞬間に好きだなあって感じてそわそわする。
食べる手を止めてじっと見つめていたら、誠二に「どうかした?」と聞かれて慌てて違う話題を探した。

「あ、あのさ、ちょっと思ったんだけど、こっちの国の人って生の野菜や果物って食べないの?」
「まあ、食物の保存技術がそこまで発達してないし、野菜に限らず加熱や塩漬けして食中毒防止してるんだと思うよ。それにこの土地は年間通して気温が低いから、生野菜なんか食べると体も冷えるし。あとセデルーは、生のままだと苦味やえぐみがひどくて食べられたもんじゃないよ」
「お前食べたの!?」
「うん、つい好奇心で。ひと口かじっただけだったのに、その日は一日中、口ん中がイガイガ痺れて何を食べても味感じなかったよ」
「うわ、マジかよ。金太郎はよくそんなもん食えるなぁ」

懐のふくらみを撫でると、金太郎が身じろぎした。
そういえばこのあとは斑竜の研究家、メレンヤさんの家をたずねるんだっけ。アポなしで行って大丈夫なのかな?
そもそも不在だったらどうするんだろう。

「なあ誠二、これからメレンヤさんの家行って、いなかったらどうする?」
「そのときはまた日を改めて出直せばいいんじゃないか?行きとは別の道通って、市内観光しながら帰ってこよう」
「あ、それいいじゃん。そうしようぜ」

帰り道のことまで考えてなかった。誠二の提案に胸が躍る。
活気溢れる市場や広場を楽しんで、美味いご飯を食べて――そんな風にのんきに観光デート気分でいられたのも、このときまでだった。


prev / next

←back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -