37


俺と誠二の間を割る形でカイが背後から肩に腕を回してくる。
状況がいまだ飲み込めない俺と違って、誠二はすぐに驚き顔を引っ込めた。

「こんなところに来るなんて珍しいな、カイ。仕事か?」
「まあな。つってもお前らが街に来てるって部下に聞いたから来たんだけど」
「え?カイの仕事ってなに?」

誠二とカイが世間話をはじめたもんだから俺もそこに混じった。うっかり日本語で出ちゃった台詞をこの国の言葉でたどたどしく言い直す。

「ああ、そういえばアキーロにはちゃんと言ってなかったか。俺の仕事はトゥリンツァ西側の警ら隊の隊長。ま、このあたりは商人ギルドの自警団が仕切ってるから、普段あんまり顔出さねえんだけど」

つまり街のパトロールと警備を担う警察業務ってことか。
追加の説明によると、カイは領主の息子にもかかわらず、物心ついた頃からトゥリンツァ全域を駆け回って遊び場にしていたらしい。文字通り『俺の庭』ってやつ。
なるほど、だから名士の家の生まれのわりに妙に下町っぽい言葉で喋ってるのか。イヤミなヴァエリオ君へのおちょくり方とかもこなれてたし。

カイは音楽家おっちゃんトリオとも顔見知りみたいで、親しげに挨拶をかわした。
ちなみに少し離れた場所に、馬の手綱を握っているお供の兵士らしき人が二人いる。

「なあフィノアルド、ここ来たらアレだろ。アレやろうぜ。アキーロもいることだし」
「アレか……」

カイの言葉に誠二が苦笑したから、俺はちょっぴり嫌な予感がした。俺もいることだしって台詞がめっちゃ気になるんですけど。

「ちょ、誠二、アレってなに?」
「うーん……まあ、娯楽の一種っていうのかな。別にそんな怖がることないよ」
「ほらアキーロ、地元の遊び教えてやるからついて来いよ。大丈夫大丈夫!簡単なやつだから!」

完全に怪しい呼び込みのニーチャンのノリで、カイが俺らの肩に腕を回したまま歩き出した。
こんな昼間から大人のお店に連れていかれるのかな〜なんて不安三割・興味七割だったが、カイが「あそこ」と指差したのは円形広場の真ん中だった。

さっきもチラッと見た細長い塔。カイに指されて改めて下から上まで見上げた。
なんていうか――めちゃめちゃ既視感がある。
あれなんだっけ、元の世界でも見たことあるような……有名な建造物?世界遺産?……いや違う。あれはそう、あれだ――!

「巨大リコーダー!!」

思わず大声で叫ぶと、隣で誠二がブハッと噴き出した。そのまま口元をおさえて大笑いしはじめる。

「あっはは!!ははっ、全然、思いつかなかった、ふはっ!言われてみれば、そ、それだ!」
「だよな!?めっちゃリコーダーだよな!?」

色こそ赤煉瓦と象牙の色だけど、形と色分けのしかたが奇跡的にそっくり。
学生生活における必須アイテムが、厳かなたたずまいで直立する様はやけにシュール。
俺と小中時代をともに過ごした誠二が完全にツボってる間、カイは目を丸くした。

「すげえなアキーロ。こいつがこんなに笑ってるとこ初めて見た。何言ったんだよ?」
「あー、えっと、自分の故郷?にある楽器に似てる、と言った」

誠二が笑いすぎて会話不可能だから俺がカタコトで説明してみる。そうしたらカイが興味深げにしみじみ頷いた。

「へぇ、楽器か。そっちの故郷と何か通じるものがあるのかもな。その昔、この場所に積み上げた石の上に神の御使いが降り立って、人々に福音の歌を授けたっていう話をもとに建てられた塔なんだよ。ほら、あの一番上のくぼんでる部分があるだろ。あそこな」
「あーあの吹き口のとこ」

なにげなく言ったらまた誠二が噴き出した。笑いすぎてもはやヒーヒーと引きつり笑いになってる。
いや、宗教的に神聖な意味があるってのはわかったけど、どう見てもリコーダーの吹き口だし。
で、その神の御使いがトゥリンツァの発展を予言したという言い伝えから、街のシンボルとして塔が建てられ、そこを中心にメインストリートが敷かれたとのことだ。
ここには時間を告げる鐘が設置されていて、街の鐘楼塔としての役割もあるんだとか。塔と鐘の管理は教会がやってるらしい。
うーん……聞けば聞くほど、このリコーダー塔で遊ぶっていうのが全然想像つかない。

「そんなすごい塔で遊ぶ、いいの?」
「遊びっていっても願掛けの類だからな。今もやってるだろ?」

カイが再び指した先は塔の根元だ。そこに地元民らしき子供や若者がわらわらと寄り集まって、白いものを塔に向かって投げている。

「塔に丸い格子窓がいくつかあるのが見えるか?」
「うん」
「その窓に、ああやって願いをこめて雪玉を投げ入れるんだよ。高い場所に入るほど御使いに近づいて、願いが聞き届けられるだろうっていうやつ」

丸窓は六つある。リコーダーでいうところの指で押さえて音階を調節する穴だ。
見ていると、地元民は下から一つ目か二つ目の穴に投げ入れている。中にはそれ以上の高い場所に挑戦している人もいるけど全然届いてない。

「てなわけで、お前もやってみろよアキーロ!」
「アレを!?」
「市場に来といてこれやんないなんてトゥリンツァっ子とは言えねえぞ」

なにその江戸っ子みたいな言い方。首飾りの翻訳機能にますます謎が深まる。ベルッティの魔法か何かのせい?……うん、あいつならやりかねない。
まあでもあんまり宗教的儀式って感じじゃないし、なによりちょっと楽しそう。要するに雪投げだよね。あと誠二は笑いすぎ。まだ笑ってるし。

「これのコツはな、雪を固めるところにあってさ。こんな風に、かたく、小さく、丸めて――」
「ふんふん」
「柔らかすぎても大きすぎてもダメだぜ。かといってあんまり力入れると、手の熱で雪が溶けるから注意な」

リコーダー塔のそばに雪かきで集められたと思しき小山があって、そこでカイから雪玉作りの指導を受けた。ようやく笑いが収まった誠二も、俺とカイの様子を面白がって傍で見ている。
雪山は表面がやや凍っていて硬かった。
皮手袋を脱いで素手でそれを削っていたら、金太郎が懐から出てきて雪浴びをしはじめた。あんまり綺麗な雪じゃなかったからか食べようとはしない。
うう、雪冷たい……でも素手じゃないとうまく固められないし。
冷たい冷たい言いつつも雪玉を二つほど作り終えると、一緒に作ってたカイが頷いた。

「うん、まあまあいい感じだな。っしゃ、見てろよ。まず俺が手本を見せるからな」
「あ、誠二。金太郎見ててもらえる?」
「いいよ」

雪遊びに夢中な金太郎を誠二に託して、リコーダー塔の近くに移動した。
カイが行くと、そこで願掛けをしていた人々が自然と道をあけて順番を譲ってくれた。
雪投げスポットに立ったカイは雪玉を一度額にくっつけたあと、俺を振り返った。「こうやって願いを込めてから投げるんだ」と唇の端を持ち上げた。
カイが振りかぶって雪玉を上に向かって投げる。ものすごい勢いで飛んでいったそれは、下から三つ目の穴に吸い込まれていった。

「……ってな感じにな」
「す、すげー!」

見てた限り誰も成功していなかった高い丸窓に、いとも簡単に入った。周りからも賞賛の拍手が起こる。
得意げな顔で両手を挙げたカイが、「次はアキーロな」と顎をしゃくった。
ていうか、この流れで投げるのってすんごいプレッシャーじゃない?いや、別にカイと張り合おうってわけじゃないんですけどね。
いや――いやいや、むしろここで俺も三つ目の窓に入ったら逆にかっこいいかも!?

「彰浩、そんな無理してやらなくても……」
「やるよ!やりますって!」

躊躇してる俺を見た誠二に心配されたけれど、雪玉を握った。皮手袋ごしだから今はそんなに冷たくないものの、せっかく作った雪玉が崩れないよう優しく握り直す。
えーっと、こう、額に雪玉をつけて願い事するんだっけ。

「カイは何を、願い事したの?」
「ん?トゥリンツァの平和と発展」

おぉ、さすが領主様の息子。
俺は、失敗したときが怖いから個人的な願い事にしておこう。ていうか絶対失敗するし。そうだな……『頭が良くなりますように』とか?やばい、この願い事自体が頭悪そう。
とにかく願掛けをして、大きく息を吐いた。カイのいた場所に入れ替わりで立ち、目標を見上げる。
三つ目……は無理だからせめて二つ目の窓。こうして塔の間近で見上げるとめちゃめちゃ高い場所にある。二階建て住宅の屋根の場所くらい?
俺は雪玉を握って目標を定め、そこに向かって思いっきり投げた。
絶対届かないと思ったのに、思いのほか上まで飛んでいった。おっとこれは二つ目の穴いくんじゃないか!?
――と、期待に胸を膨らませたそのとき、小さい影がシュッと飛んで雪玉にぶつかった。

「金太郎!?」

雪山で遊んでいたと思った金太郎が、雪玉より速いスピードで飛んでいった。そして俺の投げた雪玉を口に咥えるなり、くるりと戻ってきた。
こっちを見ていた人々から、あー、という溜め息ともつかない声と笑いが起こった。

「お、お前〜!せっかく入りそうだったのに!」

犬の『取って来い遊び』じゃないんだぞ!と文句を言おうと思ったが、俺の肩に着地して「褒めて!」と言わんばかりに雪玉を返してきた金太郎が可愛かったからやめた。
諦めの溜め息を吐きつつ金太郎の眉間を撫でてやる。そして俺と金太郎を見ながらカイが超笑ってる。

「そんなガッカリすんなよアキーロ!初めてにしちゃいいとこ行ってたぜ!」
「あーもー、俺もいけるかなーって思ったのに」
「まあまあ、そいつはアキーロに遊んでもらってるって思ったんだろ。で、お前の願い事はなんだったわけ?」
「賢くなりたい」

またまた笑われた。ていうか誠二まで笑わなくたっていいじゃん!
あ、なんかすっげー悔しくなってきた。くっそ、なんでそんな涼しい顔して傍観者気取ってんだ。

「そんな笑うんだったらお前もやれよな、誠二!」
「え?オレ?」

予備のために作っておいた雪玉を押し付けると、誠二は途端に困惑顔になった。
こうなったら俺と道連れだ!お前も失敗して笑われろ!

「カイと同じとこ、三番目の穴に投げろよ!」
「指定なんだ」

丸窓を指差しながら場所を譲ると、「届くかなあ」と首を傾げながら誠二がそこに立った。
誠二が雪玉を額につけて願い事をしている間に、俺はこっそりカイに耳打ちした。

「なあカイ。彼は投げるの得意?」
「俺もあいつが投げるところは一回しか見たことねえよ。そのときはたしか、下の窓に入ってた気がするけど」
「い、一番下?」

つい友達ノリの勢いで誠二に押し付けちゃったけど、ちょっと心配になってきた。
よく考えてみたら誠二は誠二じゃなくて、市民や兵士たちの憧れでカリスマという顔も持ってるんだった。しまった、これでフィノアルド様の人気に響いたらどうしよう。
誠二に対して申し訳なさが湧いてきた。
やっぱやらなくていい!と止めようとしたが、その前に誠二は投擲してしまった。

「あっ……」

雪玉を目で追うと自然と口が開いて、そのままポカンと半開きで固まった。
誠二が投げた雪玉は、三つ目の窓に向かって勢い良く飛んで行き――そしてなんと、そこを超えてさらに上にいった!

「えええ!?」

開いた口から裏返った声が出た。
下から四つ目の窓に届くか!?というところで、窓と窓の間の壁にぶつかって、雪玉は脆くも崩れ去った。
誠二が上を向いたまま苦笑いをする。一方で俺は呆然とした。

「ああ、通り越しちゃったか」
「いやいやいやお前すごくね!?これ新記録じゃね!?」

やっちゃった、みたいな顔してる誠二だけど普通にすごいから!
なにしろフィノアルド様の動向を窺っていた観衆だって「パネー!」コールの拍手喝采だし。
記録を抜かれたカイはなにげに悔しかったみたいで、誠二の肩をこぶしで叩きながら負け惜しみをぶつけた。

「あのな、高さがあっても窓に入らなきゃ意味ねえからな!まだまだ技術が足りなかったな、フィノアルド!」
「言う通りだ。上の窓は小さく見えるから目算を誤った。カイみたいにうまく狙えなかったよ」

強がりの言葉を爽やかに受け流す誠二に、カイも毒気を抜かれたかのように溜め息を吐いて口元を緩めた。

「ほんと、お前はいいヤツだよな。で、願い事は何にしたんだ?」

カイの問いに、誠二はほんの一瞬だけ俺を横目で見た。それから少し黙ったあと、笑って肩をすくめた。

「――内緒」


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