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お母さんはじめジュビエスカ一族はそろって陽気なうえ話したがりで、ラウンジにいる間、矢継ぎ早に浴びせられる二重音声に耳が混乱した。そのたび誠二がスマートに対応してくれたから助かったけども。
酒もすすめられたが誠二はすかさず断った。

「悪いけど、これから彰浩と市場を見に行くんだ」
「あらぁ、残念ね。そうそう、今日は陶器市よ」
「書物市は?」
「それは昨日。次回は、ええと、たしか十六日後だったかしら」
「十六……そうか……」

お母さんの言葉を聞いた誠二は、昨日来ればよかった、と悔しそうにつぶやいた。
例によってこの街のルールがわからない俺は誠二の肩をつついた。

「なあなあ、陶器市とかって何?」
「ああ、メインストリートでは毎日市が開かれてるんだけど、売るものが日替わりでかわるんだよ。今日は焼き物を扱う商人が店を出す日。本だけを売る日や、宝飾市とか、珍しいところでは家畜市なんてのもあるな」

そこは、他の土地から来た商人が出店し、逸品を求める客が押し寄せるというトゥリンツァで最も活気のある場所だという。
市場は商人ギルドで管理していて、出店の届出からトラブルの処理といった様々なことを担っているとのこと。
誠二は例の旅行記を書物市で探したかったらしい。街の様子を見がてら自分で探すのが好きなんだって。
フィノアルド様がいるとなれば犯罪の抑制にも繋がるだろうし、誠二の貢献度って超高そう。

こんな風にギルドで話をしてるとキリがないんで、俺と誠二はすぐ建物を出ることにした。
別れ際にじいちゃんが「ワシが死なないうちにまた遊びにおいで」と言いながら、色とりどりの氷砂糖みたいなお菓子が詰まった布袋を俺にくれた。優しいじいちゃんだ。

預けたコートを戻してもらって改めて広場に出る。
俺としてはやっぱりこの街一番の見所であるメインストリート市を見たいってことで、誠二の案内でその方面に足を向けた。
歩を進めつつ物珍しさに周囲を見回していると、広場の中央らしき場所に立派な銅像があった。

「なぁ誠二、あの像は?」
「あれは初代トゥリンツァ伯の像。ブラムマール建国の父ともいえる功労者だよ」
「ふーん。じゃあ現トゥリンツァ伯のご先祖様ってこと?言われてみれば似てるかも」

胸を張って空を仰ぎ、威風堂々とした風格の中年男性だ。今にも剣を抜いて歩き出しそう。
その像を横目に広場を抜けて脇の通路に入った。人や馬車の行き交いがさらに激しくなるにつれて雪の厚みもなくなり、歩きやすくなった。

「今くらいが一番混む時間帯だから、はぐれないようにな、彰浩」
「おー気をつけるーってかアレじゃん?いっそのこと手とか繋いどいたほうがいい?」
「……お前がいいなら」

冗談半分のつもりだったのに、誠二が頬を染めながらはにかみ笑いをするから言い出した俺まで恥ずかしくなった。
ていうか言っておいてなんだけど、フィノアルド様が俺みたいなのと手を繋いで歩くなんて世間の評判に響かない?うわ、すげえイメージダウンしそう。

「ま、まあ手繋ぐってのは冗談でさ、それはまた今度な。こんなに人多いとこだとさすがにちょっと照れるし」
「そうか……」

あからさまに残念そうな顔をする誠二。
純朴で硬派っぽい誠二だけど、こう見えて案外、そういういかにもカップルです的なことしたいほうなのかな?俺はまだ友達ノリが抜けないのに。
おまけに誠二の身代わりとしての立場も考えなきゃいけないし、どうにも距離感が難しい。
それにしてもそんなにがっかりするとは思わなかったから、せめて並ぶ距離を縮めてみる。そしたら誠二の表情が明るくなったんでホッとした。

そのまま五分ほど歩くと開けた場所に出た。
古そうな石造りの建物が立ち並ぶまっすぐな道。その脇を囲むようにして、木組みの屋台が道の先までずらーっと並んでいる。

「おー!おおー!ここ!?これが噂のメインストリート!?」
「ああ、すごいだろ」

言う通り、マジですごい!まさにファンタジー市場!
ここがトゥリンツァの中心部というのも納得の規模。
誠二と屋台を冷やかして歩いたんだけど、あらゆる用途の陶磁器が売られていた。食器や壷、磁器人形、しびんみたいな形をした謎のものまで。
物売りの呼び込みや早口の交渉、馬車の車輪が転がる音、動物の鳴き声、ありとあらゆるざわめきがすごい。人々の活気で寒さも忘れそうだ。
さらにストリートの途中に円形広場があって、人々が集っていた。

「すっげー、ここって毎日こんなんなの?」
「そうだな。気候や市の内容によって多少左右されるけど、基本的にいつもこんな賑わい方だよ。なかでも陶器市って人気があるから、今日は特に人が多いんじゃないかな」

日替わりで市の内容が変わるということは集客が毎日途切れることもないんだろう。トゥリンツァ発展の理由ここにありって感じ?
ぐるっと見渡してみると、円形広場の真ん中に細長い塔みたいなものが建っていた。
この場所は商品の売買が禁止されているそうで、かわりにちょっとした娯楽の場となっているようだった。衆人目当ての大道芸人がそこかしこにいる。
俺は陶器には興味がないから、どっちかっていうとここの賑わいのほうがテンション上がる。

すると、恰幅のいいおっちゃん三人組が通りがかりの俺たちに声をかけてきた。
おっちゃんたちは揃いの民族衣装姿で、それぞれに笛やタンバリン、ギター風の楽器を持っている。路上演奏家のうちの一組らしかった。

「これはこれはフィノアルド坊ちゃん!ごきげんいかがですかな!」
「ああ、久しぶりだな。そちらも元気そうでなによりだ。――彰浩、彼らはジュビエスカ一族の人だよ。遠い親戚ってやつ」
「そーなんだ」

誠二がこっそりと俺に耳打ちしてくる。彼らは路上パフォーマーを兼ねた円形広場の監視役とのこと。
そうして誠二は何かを思いついたように俺をちらりと見たあと、懐から小銭を取り出しておっちゃんたちに渡した。

「ちょうどいい、彼は他国からの客人なんだ。彼のために一曲頼む」
「そりゃあ任しといてください!ようこそブラムマールへ!このトゥリンツァに古くから歌い継がれてる曲をお聴かせしやしょう!」

俺に大げさなおじぎをしたあと、巻き舌の陽気な掛け声を合図におっちゃんたちの演奏が始まった。
アップテンポのリズムと民族音楽的な不思議なメロディーは耳に残り、なんだか踊りだしたくなるような歌だった。
実際現地の人にとってはお馴染みのナンバーらしくて、周りが一緒に歌ったり手拍子をはじめた。
歌詞はちゃんとした意味をなしてなくて、語感とリズムだけで構成されている感じがする。

一曲はそんなに長くなかった。俺らの次にすかさず他の人がおっちゃんトリオにリクエストをしはじめて途切れることなく歌が続いた。
聴いてたらいつしか俺も楽しくなってきちゃって、体が自然と揺れた。ところがその最中、リズムに乗る形でうしろから突然肩を叩かれた。

「よー、二人とも楽しんでる?」
「カイ!?」

振り向きざまに俺と誠二の声が重なった。
驚いたことにそこには、トゥリンツァ伯の息子でフィノアルドの幼なじみ、赤毛のカイがいた。


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