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――いやいや、ギャングじゃなくて堅気の職業ですけども。少なくともこの土地では。
誠二はカウンターデスクの人からそれだけ聞くと、コートを脱いでそこに預けた。
俺も脱ぐように言われて同じくカウンターの人に渡した。室内とはいえ上着がなくなるとちょっと寒い。
それから誠二が「こっちだ、行こう」と促しつつ歩き出したんで、おそるおそるあとをついていく。

「あのさ誠二、もしかして……これから挨拶するのってお母さんだけじゃない?」
「そうみたいだな。ラウンジは祖父の気に入りの場所だから、ほぼ確実に会うことになるよ」
「マジでか!なぁ、アホなこと言わないように俺黙ってていい?」
「そこまで怖い人じゃないから大丈夫だって」

誠二が安心させるように俺の肩を優しく撫でてくる。
まあ、親父さんのときみたいに何も知らないで会うより事前にわかってるだけましか。そう思って気を取り直してから階段に足をかけた。

階段を上った先にまたカウンターがあった。そこには体格のいい女の人が座っていた。
誠二の顔を見るや彼女もラウンジのほうを指し示したんで、その方向に廊下を進んだ。
ギルドの三階はプライベートフロアで、住居として使われているんだとか。要するにここはお母さんの実家だ。
大きめの両開きドアを前にして、ふと誠二が足を止めた。

「そういえば一応言っとくけど、祖父に何言われても真に受けないようにな」
「えぇっ!?待ってなにそれちょっと待って何言われんの!?」

直前でそういう意味深な台詞はやめてください!
俺の抗議を笑いつつはぐらかした誠二は、ノックをしてさっさとドアを開けてしまった。
開けた瞬間、中からゆったりとした音楽が流れてきた。出窓が張り出した六角形の部屋だ。
室内には、弦楽器と金色の笛でもって生演奏してる人が三人、あとはざっと見て七、八人くらいの男女。
彼らはカードゲームに興じたり酒を優雅に飲んでたりしている。その全員の視線が俺たちのほうに集まった。

窓際の一番明るいところに豪華な三人掛けソファーが置かれている。広い座面を、大柄な中年男が葉巻を吸いながら一人で占拠していた。
そしてそのソファーの肘掛けに体を預けていたのは、なんとお母さんだ。

「まぁっ!遅かったじゃないのフィノアルド!アキヒロもようこそ!」

そう言ってお母さんは俺と誠二に順番にハグしてきた。
つい二時間くらい前に別れたところなのに、数年ぶりの感動の再会!みたいなオーバーアクション。だいぶ慣れてきたけど。
すると誠二は部屋を見回して首を傾げた。

「今日は少ないな」
「そうなの!急な取引が入ったものだから、兄さんたちったら慌てて行ってしまったのよ!」

誠二とお母さんが話してる間、急に雰囲気が変わったからか俺の襟の隙間から金太郎がひょこっと顔を出した。
首元に産毛が擦れるとくすぐったくて、ちょっと笑ってしまった。
そしたら、三人掛けソファーに座っている渋いオッサンが煙を吐いたあと、気だるげに声を発した。

「よぉ、フィノアルド。お前さんがいない一年の間に、ワシぁ死んじまうかと思ったぞ」
「相変わらずお元気そうですね、ディギオ祖父さん」
「じいさん!?」

驚きのあまりうっかり大声を上げてしまった。
なんてこった、俺の想像してた『じいちゃん』と全然違うんですけど……。
当のじいちゃんは、綺麗に整えた顎ひげに高い鼻の色男。顔に皺は多いけど、フサフサした長めの髪は誠二やお母さんと同じ色で白髪になっていない。
おまけに服の襟を大きく開けてむっちりした大胸筋を見せている、フェロモン過多のセクシーオッサンだ。
彼の吸っている葉巻からはスイートかつスパイシーな、いかにも高級っぽい香りの煙が立ち上っている。
はい、どう見てもマフィアのドンです。

ディギオじいちゃんは葉巻をミニテーブルの灰皿に置くと、のっそり立ち上がって近づいてきた。
いかつい革ブーツが床を踏みしめるたび重そうな音を立てる。

「死ぬ前にまた会えて嬉しいぞ、我が愛しの孫よ」
「はは、オレもです。心配しなくても祖父さんは長生きしますよ」

この老人ギャグは笑っていいの?どう見ても「寿命?お迎え?なにそれ」って感じなのに。この土地の笑いのツボがわからん。
どこからどう突っ込めばいいか考えつつ呆然としていたら、金太郎がグギャッと鳴いたんで我に返った。
誠二に熱烈ハグをかましたディギオじいちゃんは、俺のほうにちらりと流し目をくれた。

「こりゃァまた、とびきり元気そうな子を連れてきたもんだ。ワシはディギオ・ジュビエスカ。さて、お前さんの名前は?」
「は、はい!?おぁ、あーっと……!」

低音ボイスで囁きながらディギオじいちゃんが俺の顎に指を滑らせて上向かせた。その手つきがこれまたなんかエロい。妙な感覚にそわそわして、返答に詰まってしまった。
そんな俺のかわりに金太郎が首を伸ばしてその指を鼻先でグイグイと押したあと、じいちゃんの手に甘えるように巻きついた。
じいちゃんも目を細めて金太郎をよしよしと可愛がりはじめた。

――あれ?斑竜って年寄りには懐かないんじゃなかったっけ?
俺の疑問もよそに、金太郎的にただの挨拶だったみたいですぐに俺の肩に戻ってきた。ゲッゲッとご機嫌そうに鳴いている。
状況についていけない俺を見かねたように、誠二が苦笑しつつディギオじいちゃんに紹介してくれた。

「彼の名前は彰浩。うちで世話をすることになった客ですよ。母さんから聞いてるでしょう」
「おお、おお、聞いてるとも。今思い出したわい。このとおり耄碌して名前も満足に覚えられんのだよ。体の調子も悪くて、ホレ、近頃は吸い薬が手放せんほどでなぁ……」
「そうよお父さん!ゾピーノ先生に全部吸いきるように言われているのに、また途中でやめて!」

話に割り入ってきたお母さんが、葉巻の置かれた灰皿をディギオじいちゃんの目の前に突き出した。
じいちゃんが「こいつぁ苦くて口に合わん……」とブツブツ文句を言いつつ、灰皿から葉巻を持ち上げて再び吸いはじめた。
いや、つーかその葉巻ってタバコじゃなくて薬なの!?ギャングのボス用アイテムにしか見えないのに!

今更ながら異世界の健康事情にカルチャーショック受けてる間に、誠二からこのギルドのことを簡単に説明してもらった。
代々商人ギルドを運営しているのはジュビエスカ家。家長はこのディギオじいちゃん。
そしてじいちゃんには三人の妻がいる――と聞いてまたまた大声が出た。

「さっ、三人!?複数婚オッケーなの!?」
「この国では妻は四人まで持てるんだよ。正妻側室って制度じゃなくて全員平等に妻。でも、そうするには相当財力がないと大変だけどね」

そうか、ハーレムも大変なんだなぁ。そういや日本でおなじみの大奥も幕府の財政圧迫のもとになったんだっけ。
誠二の説明によると、この国の制度では、複数の女性と結婚したとしてそのうち一人だけを贔屓することはできない。できた子供も然り。
愛情が偏ったり贔屓することで妻に愛想を尽かされたとしたら、それは夫として非常に不名誉なことで、世間から白い目で見られる。
つまりかなりのバイタリティが必要とされる。そんなわけで一般市民はだいたい一夫一婦なのが普通。
一方で権力者は二人ないしは三人いることも珍しくないそうだ。なんとあのトゥリンツァ伯にも二人の妻がいる。

どうりで子沢山だと思った。少子化社会育ちの俺からしたら十一人の子供とか「どうやって!?」って思ったもん。
ちなみにお母さんはじいちゃんの二人目の妻の娘。めちゃめちゃ元気じゃん、ディギオじいちゃん。

このラウンジにいる男女もフィノアルドの血縁の一部。いつもはもっと多いらしい。
ひとりひとりと挨拶したけど全然名前を覚えられなかった。
名前と関係性が整理しきれなくて目を回していると、お母さんに「親族間でも近しい人しか覚えてないから気にしないで」と笑われた。
とはいえ大家族のジュビエスカ一家でも、実際にこのトゥリンツァにいるのは半分程度なんだとか。
別の街や領地、なかには首都で暮らしている人もいる。実の娘のお母さんでも会ったことのない親戚が多数いるようだ。

ギルドの運営も、じいちゃんはいわゆる会長という立場となり現場から遠のいて久しい。
現在は次男がギルド長として働いている。長男は軍学校で経済・商学の先生をしてるそうな。で、お母さんはじいちゃんの秘書兼護衛。
秘書まではわかるけど護衛って。お母さんの戦闘力が気になってきた。


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