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市街地まで行く手段として俺はまた新たな動物を貸してもらった。
若干トナカイに似た感じの、クリーム色のくるくるカールした長毛に覆われた動物だ。
小回りがきいて人によく慣れることから街乗り用としてポピュラー。ただし、馬と違って持久力に劣るし足も遅い。
誠二やこの家の人たちは普段馬を使うが、ちょっと出かけるくらいだったらこっちのほうがいいんだという。

「乗り方は馬と違わないよ。彰浩はもう乗馬できるし、こいつのほうがもっと簡単だから」
「おー、それなら大丈夫そう」

なんといっても足が短めだから高くない。角がギザギザで攻撃的すぎるけど。
この角と毛はすごい勢いでどんどん伸びていくから、ある程度の長さになったら切って様々な道具の材料にするんだとか。
この動物の正式名称の発音が難しくてうまく聞き取れなかったんで、俺は勝手にトナカイと呼ぶことにした。
誠二も今日は馬じゃなくてトナカイに乗るそうだ。

ポクポクと歩く速度はたしかに馬よりゆっくりめ。立派な鞍がくくりつけてあるし乗り心地もよかった。あと毛の手触りがふわっふわでずっと撫でていたくなる。
一応地図は持ってきてるけど、乗りながら見るのは俺みたいな初心者には難しい。なので誠二にナビを任せた。

「ええと、メレンヤさんの家は運河方面だったか……ここよりずっと向こう側だな。途中にギルドがあるからまずそこに行こう。あとは目立った場所に寄りながら――って感じでいいか?」
「うん!つーかここ、観光名所とかあんの?」
「そもそも観光なんて文化すらないけど、見所はそれなりに。一日じゃ回りきれないくらいはあるよ。オレも忙しくて全部見回ったことがないから、ガイドはできないけど」
「ふーん。誠二っていつもどんな仕事してんの?」
「主な仕事は領内の害獣駆除。この街は人も物も集まる場所だからよく狙われるんだ。だいたいは街周辺の見回りだけど、この前の村みたいなケースで派遣任務に赴くこともある」

トゥリンツァ伯の治める領地は広大なので駐屯地が点在している。そこに兵士は常駐しているものの、戦力が必要なときには呼ばれるらしい。
凶暴なモンスターが多数生息している土地柄、ブラムマールは自ずと武力に秀でるようになったみたいだ。
ちなみに首都への兵役任務もあるが、そっちはだいたい領主の血縁を派遣するんで、誠二に役目が回ってくることはまずないとのこと。

兵士は害獣駆除隊の他にも都市警護隊、城警備隊、特殊任務部隊、訓練担当員、衛生科、伝達係などなど細かく受け持ちが分かれている。
なかでも優れた若手兵士が集められた害獣駆除隊は危険で激務のかわりに花形であり、街の人々の尊敬を集めている。
その隊長がフィノアルド――誠二だ。

「誠二ってほんとすげーな……」
「オレは言われた通りのことをやってるだけだから」

誠二がはにかみながらうなじを掻く。なんでそこで照れるんだろう。謎の謙遜。
それにしてもやっぱり誠二の説明はわかりやすいよなぁ。俺のレベルに合わせてくれるからだろうけど。
話しつつ住宅街から離れるにつれて、だんだんと人の数が増えて賑わいが増してきた。

「あ……そういえば前言ってた、ほらあれ、元の世界の人ってこの街にいんの?」
「いや、いないよ。オレも会ったのは本当に偶然で、行商人、旅芸人と、あと別の街の住人だったから一回しか会ったことがない」
「そうなの?連絡先交換とかしなかったわけ?」
「ああ。彼らはオレと違って子供の頃にこっちに来たから忘れ具合も進んでるし、向こうの世界のことは基本的に話したがらないから」

身代わり役の誠二もそうだけど、彼らもこっちで色々と事情を抱えている。英語でやりとりしたのも他人に知られたくないからだ。
だからお互いに見なかった、聞かなかった、という約束事を取り決めたんだという。

「――っと、そろそろ第四通りだな」
「第四?」
「いくつか市場通りがあるんだ。メインストリートはもっと先だけど、このあたりは地元住民の台所って感じかな」

言う通り、ごちゃっとしていて下町商店街っぽかった。こんな商店街がいくつもあって、数字が小さいほど古くからある場所だとか。
物珍しさにキョロキョロとしながら通りを横切る。
道中、誠二は住民に挨拶されまくった。いちいち捌ききれないから軽く応える程度だけど、どの人も誠二に好意の目を向けていた。

「そうだ彰浩、何かほしいものとか必要なものがあったらすぐ言えよ。買うから」
「あーそういや俺、金持ってないんだけど」
「代金はオレが払うから心配いらない」
「いやぁ、それはなんか悪いって」
「遠慮しなくていいよ、こういうのもお前の世話のうちだから。魔王との契約の手前、働かせることもできないし」

一応賓客という扱いな上、人質に自由に動き回られるのも困るってことね。
だからこその学生設定か。勉強することが仕事、みたいな。

とまあ、そんなことを話してる間に着いちゃいました――商人ギルド。
人や馬車、荷車の行き交いがひときわ激しい石畳の広場。そのむちゃくちゃ広い空間を囲むようにして建物がぴっちりと建っている。
いやもうね、すごいんだよその建物が!画一的で事務所っぽいものの、見上げるほど立派で大きい建物。

「なにこれ!?ここ全部ギルド!?」
「そうじゃないよ。商人ギルドはそこからそこまで、あとは蝋燭座の持ち物」
「なにその星座?」
「そっちの意味じゃなくて」

工業組合のほうですか。
聞けば、燃焼時間が長いうえに火が明るく点き、嫌な臭いの出ない安価な蝋燭をこの土地特有の素材で開発して財を成した人がいるんだとか。
開発者本人はだいぶ昔の人でとっくに亡くなっているが、その子孫が蝋燭座の屋号で商売してるそうだ。
蝋燭工場は隣町にあるが、それを元手に手広くやっているのでトゥリンツァでも特に有力な一大商会。主に照明器具や燃料資材の流通販売を牛耳っている。
つまり商人ギルドとは切っても切れない間柄。覚えておこう。

ギルドの入り口近くに来てトナカイから降りると、職員っぽい人が来て誠二に「いらっしゃいませ、フィノアルド様!ご帰還をお待ちしておりました!」と挨拶をした。
連鎖するように周囲からお帰りなさいコールが上がる。どこ行っても人気者だなぁ、フィノアルド様。
ここには駐車場ならぬ駐馬場があるので、せっかくだからトナカイたちはそこに預けて、お母さんに会ったあとに近辺を観光することにした。

建物の中も人が多かった。そういやここって具体的に何するところなんだろ。
誠二は迷いのない足取りですたすたと奥のほうまで歩いていった。もはや顔パスで呼び止める人は誰もいない。
「フィノアルド様だ」「ローデクルス様だわ」「凛々しいお姿だこと」という囁きがあちこちから聞こえる程度。

そして通路の奥、『この先スタッフオンリー』って感じの場所に筋肉もりもりの強面警備員が立っていた。しかし誠二を見た瞬間、笑顔であっさり通してくれた。
そこを通り抜けると一転して人が少なくなった。さらにその先、つきあたりのカウンターデスクに四角い顔の男がいて、平坦な声で俺たちを迎えた。

「ローデクルス様、ようこそおいでくださいました」
「母は今どこに?用事のついでに立ち寄っただけだから、そう時間は取らせないんだが」
「ベオゼッタ様から聞いております。三階ラウンジに来るように、とのことでございます」
「ということは祖父殿が……」
「ええ、ご在宅です」

誠二の顔に苦笑が浮かぶ。
えっ、なになに、もしかしてこれから母方のじいちゃんと会うの?ギャングのボスに!?


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