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カタカタ、ゴトン、という音が聞こえてビクッとした。
慌てて起き上がろうとしたのに体がずっしり重くて、半端に上半身を浮かせることしかできなかった。
なんか重たいと思ったら、俺の体に太い腕が巻きついてた。

――誠二だ。気持ちよさそうな安らかな寝顔をしてる。
そっか、昨夜はあのまま寝ちゃったんだっけ。

誠二は寝てる。じゃあさっきの音の正体はなんだったんだろう。
疑問に思いつつあたりを見回すと、薄暗い部屋の中で人が動いていた。暖炉の前で箒や火かき棒を片付けているのは、兵士見習いの少年だ。
新しい薪がくべられた暖炉にあかあかと火が燃えている。どうやら少年は暖房係らしい。
きりりとした彼は、燃えカスの灰や炭を集めたバケツを持ち上げると、ふとこっちを見た。少年と視線がばっちり合ってしまった。

「おはようございます」
「おぉっ!?……はようございます……」

少年に淡々と挨拶されたことに驚いて声がひっくり返った。そのせいか誠二が、うぅん、と呻く。
誠二が本格的に目を覚ます前に、少年は礼儀正しい動作で部屋を出て行った。
あ、首飾りなくても挨拶の言葉わかったじゃん。偉いぞ俺。

「ん……彰浩?」
「おはよー……じゃなくて!いやあの、いま見習い君がですねっ」
「あぁ、暖炉に火を点けに来たんだろ」

誠二は小さくあくびをしながら体を起こした。まだ眠そう。
それが何か?って感じで返されたけど何かもなにも、この状況を見られたんだよ!?
昨日までだったら別に気にしなかったが、俺と誠二は……あれだ、恋人同士ってやつになったわけだから、こんな風にべったりくっついて寝てるところを第三者に見られたことがいたたまれない。

「変に思われない!?」
「思わないだろ。雇用側のプライベート見たところで、下働きの身分じゃ何も言わないから。彰浩もそのうち慣れるよ」

あっさり言われて、ビビッてる俺のほうがおかしいような気がしてきた。
なんだか拍子抜けして肩からすとんと力が抜ける。
窓の外を見てみたら、まだ日が昇る前だ。でもうっすらと明るい。

「おはよう、彰浩」
「あ、おはようございます……」

ベッドの上で向き合うと、なんとなく正座をしてしまった。誠二も落ち着かなそうにうなじを掻いたりしてる。
うわやばい、恥ずかしいなこれ。

「いやーあの……はは、なんかあれだな、なんつーか……照れんね」
「そうだな」

誠二の頬がほんのり赤い。俺の顔も熱い。
昨夜は雰囲気とか勢いで色々言ったりやったりしちゃったけど、こうして時間を置いて顔を合わせてみると恥ずかしさで死ねる。
いやしかし、ここでもじもじしてちゃ駄目だ。
お友達から〜の期間は十分過ごしたんだ。その先に進まないことには始まらない。
このまま何もしないでいて、なかったことにはしたくないから。

「えーと、じゃ、とりあえず……おはようのチューでもいっとく?」
「……そうするか」

なんでこんな話してんだろ、俺ら。俺だけじゃなくて誠二もだいぶテンパってるらしい。
照れくささを抑え込んで誠二へとにじり寄る。
うーん、目ってどのタイミングで閉じればいいんだろ。迷ってるうちに半目の状態でいたら、唐突にむにゅっと柔らかいものが触れた。頬に。

「いやいやそこは口でしょ」
「あ……ああ、うん、そうか」

誠二が困ったように照れ笑いをしたから、俺もつられて笑った。
綺麗な形の唇めがけて顔を寄せ、直前で目を閉じた。二人して息止めて、軽いキス。
柔らかくて気持ちいい。すごいなこれ、ドキドキする。

唇が離れたあと誠二にギュッと手を握られながら「もう一回していいか?」と聞かれたから頷いた。
次に唇が触れたとき、タイミングも接する位置も完璧で、幸せな気持ちになって、とにかくすべてが満たされたキスだった。


――そんな風にイチャイチャしっぱなしってわけにもいかないから、俺はまず自分の部屋に戻った。
こっちのほうにも暖炉に火が入っていて室内はすっかり暖かかった。
着替えている間に金太郎が起き出してきて、さっそく懐に潜り込んできた。雪の中でも平気なくせにどうしていつも服の中に入ってくるんだ、こいつは。
部屋にはトイレと洗面所も備え付けられているので、そこで身支度を整えた。
そのあと誠二の部屋に戻ったら昨夜拝借した本を返した。

「ごめん誠二。昨日これ勝手に持ってっちゃったんだけど」
「ああ、別にいいよ。そうかなと思ってたから」
「つっても全然読めなかったんだけどさ。これって何の本?」

エロ本だったらごめん、と思いつつ興味津々で聞いてみた。
だけどお人よしの誠二は隠すことなく教えてくれた。普通に健全な本でしたが。

「旅行記だよ。色々な本読んでみたけど、この世界のこと知るのにこれが一番便利で。シリーズ物だからちょっとずつそろえてるんだ」
「へー?それいいじゃん、俺も読みたい。てか図書館とかって近くにある?行ってみたいんだけど」
「この街に図書館はない」
「マジすか……」

誠二先生が言うには、トゥリンツァに図書館みたいな公共施設はないそうだ。かわりに古本屋がたくさんある。
この街で本というのは、買って読み終わったら古本屋に売る、または同等の書物と交換するものらしい。さすが交易都市。
本に限らず他の物品もそういうやりとりが基本。新品、中古品なんでも溢れ返り「トゥリンツァで手に入らないものはない」と言われてるとか。
だから街全体にとにかく活気があって、市場通りなんかは観光としても見もの。ただしスリやなんかの犯罪も多いので持ち物は必要最低限にしておく。

「まあ、たいていの犯罪はオレと一緒なら遭わないだろうけど」
「頼りにしてます隊長」

そんな街を、今日は誠二と一緒に歩く。デートだよデート!そう思うとすっげー楽しくなってきた!
しかしその前にエネルギー補給だ。
この家では夜は家族だけで食卓を囲むが、朝食は兵士式ということで皆で一斉に食べるらしい。

というわけで、広間に集まった見習い君たちとともにテーブルについた。
親父さんがいないからお母さんが食前のお祈りをする。マイクなしでも広間に隅々まで響き渡る素晴らしい声でのお祈りの言葉は、まるで詩の朗読みたいで朝から感動的な気分になった。
銀製グラスの終了の合図が鳴ると、そこからはざわざわとした食事風景になった。

豆と野菜と鳥肉がごろごろ入ったシチュー、揚げかまぼこみたいな魚料理とふかした芋、チーズ風味のパン、果物のラム酒煮――朝からがっつりである。
あとこっちの料理って必ずセデルー入ってる。どんだけ愛され食材なんだよ。うまいけど。

「あなたたち、今日は街に行くのですって?」

食事中、お母さんに話しかけられた。
こうしてると良家の奥様っていうよりは気さくな女将さんって感じがする。育ちからいって、お母さんはこういう賑やかな雰囲気に慣れてるんだろうな。

「ああ。彰浩に街を案内しようと思って」
「だったらギルドのほうにも顔出して!あなたも一年ぶりでしょう?皆が会いたがってるわよ!」
「……ってことだけど、彰浩はどう?」
「いーよ。俺もお母さんち見てみたいし」

ギルドでもなんでもいろんな場所を見てみたくてたまらない。すでに人質って立場を忘れかけてる俺。
初日の晩餐会でも言っていたが、誠二曰く、俺みたいな年若い一般人がただの客人だというと不審に思われるんで、異文化交流目的の学生ということにしたらしい。
これならある程度自由に歩き回れるし、それが不自然じゃない。それでも監視の目はつくが。
いやいや十分な配慮です。その設定を存分に使わせてもらおうじゃないか。監視っていっても誠二のことだし。

とはいえその誠二も城勤務だから、あんまりにも頻繁に離れるのは女王様との契約上いただけない。
だから誠二とともに俺もそのうち城に顔を出さなきゃならない、とのこと。その頻度や滞在場所については協議中だそうだ。

それはそれとして――。
食後、少し部屋で休んでから出かける準備をした。今日も外は寒いので厚着で。
砦支給のもこもこ服と違って、ローデクルス家の服ってめちゃくちゃかっこいい。
かっちりしてて制服みたいなのに保温性は抜群。

また誠二がその服やばいくらい似合うんだよね。
背は高いし足は長いし、爽やかで凛々しくて、みんながフィノアルド様!って慕う気持ちがよくわかる。
立場上、非番の日でも剣は手放せないらしいけど、むしろそれがカッコよさに拍車をかけている。
親父さんといい、ローデクルス家の男が女子にモテないのが不思議すぎる。俺の感性と何か違うんでしょうか……。


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