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別人になりきるなんて並大抵な覚悟じゃ務まらない。言葉は流暢で、体つきも軍人として見劣りなく責務を果たしているように見える。
誠二はこの世界で生きていくためにそれだけ必死だったんだ。

「……ん?や、ていうか言葉が通じないのに、身代わりになってほしいとか言ってるのがわかったのってすごくね?身振り手振りでどうにかなる内容でもないよな」
「それが――実は『これ』のおかげで、相手が喋ってることだけは理解できたんだよ」

誠二が『これ』と言いながら俺に見せたのは、シルバーのチェーンブレスレットだった。
中央の装飾部分になにやら見たことのあるような青緑色の石が埋め込まれている。

「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけど……まだ高校生だった頃、学校帰りに変な店を見つけたんだよ」
「変な店?」

引っ越した先で土地鑑も覚束ないなか、誠二は初めて見る雑貨屋にふらりと入ったそうだ。
それは男子の冒険心を大いに刺激するようなファンタジー雑貨ばかりで、店内を見回しているとひとつの腕輪が目についた。
店の人が言うには『願いが叶う幸運のブレスレット』という触れ込みらしかった。
どうしても気になってそれを購入し、翌日同じ場所に行ってみたがそんな店はどこにもなかった。

夢でも見たのかと半信半疑でいたけれど腕輪は間違いなく存在していて、つけていたらある日こっちの世界に――。
腕輪をつけていると知らない言語でも理解できる。けれど自分のほうは相手の言葉を喋れるわけじゃないんだ、と。

信じるよ、その話。だって俺それ知ってる。似たようなやつ持ってるもの。ベルえもんのほ〜ん〜や〜く〜くびかざり〜ぃ。
俺は元の世界からそんなのは装備してなかったけど。今日ゲットしたばっかりですけど。

「お前もオレと同じものを持ってこっちに来たんだと思ってた。なのに所持品にそれらしいものはなかったから……」
「うん、俺めっちゃ手ぶらで来ちゃった。腕輪が世界間の通行アイテムってわけじゃねーんだな」

だったら帰ることも可能なのかと思ったのに、そう上手くいかないようだ。誠二も軽く肩を竦めた。

「……亡くなったフィノアルドは当時二十歳だった。だからここでのオレは二十五歳ってことになってる。本当は彰浩と同級生なのにな」

おかしそうに誠二が笑う。照れたように「同級生」と言った笑顔が少し幼くて、俺の前では等身大の姿を見せてるんだって感じがした。
けれどすぐに表情を引き締めて真面目な顔つきになったから、俺もつられて姿勢を正した。

「それと、これから先の話もしておく」
「あ、ああ、うん」
「オレは明日で任期が明けるから、あと数日もしたらローデクルスの屋敷に帰ることになってる。だからお前も一緒に――」
「ちょちょ、ちょっと待った!その前に立地とか周辺の説明をお願いします!」

いきなり魔王城から飛ばされてきた俺は事情がさっぱりだ。説明を求めると、誠二は苦笑した。

「悪い、そうだった。まずこの場所だけど、ブラムマール地方の諸侯の一人が統治してる、国境付近にある砦だ。今日の会議で見ただろ?真ん中に座っていた方がその人だよ」

あのキングオッサンはこのへんの土地を治めている貴族で合ってたらしい。つまりはここの総大将。
ちなみに、サンドラと睨み合ってたいかついオッサンは砦内全兵士の指揮官でここでの誠二の上司、丸々オッサンは参謀長だと説明された。

さて、誠二の話によるとこうだ。

この場所は、魔王国に接しているが別の国も隣接してる。その国は一応属国ではあるんだけど、独立を求めて頻繁に攻め込んで来るらしい。
で、ここの砦は隣国が国境線を越えないよう防いでいる。これが、魔王国でも聞かされた諸外国の内戦のうちのひとつなんだろう。
そういう小競り合いがあるから、ブラムマール地方の軍人は持ち回りでこの砦に防衛兵として滞在することになっている。

ローデクルス家は大都市にあって、普段はそこの領主に仕えているらしい。例の地図で見たふたつの印のうち、もうひとつのほうね。
そしてフィノアルドは将軍の息子ってことで相応の地位があるそうだ。隊司令とか大尉みたいな、そんな感じの。
そんなわけで誠二は下級兵士たちのまとめ役として約一年ほどここに住んでいた。それが任期ってやつだ。
もうすぐその任期が明ける――そんなときに俺が現れたもんだから、そりゃもうびっくり!けれどまたとない好機でもあった。

任期は厳密に言うともう少し残っていたが、魔王国からの珍客騒動があり、今日の会議の結果を受けて前倒しで交代することに決まった。
後任の武官は先月から砦に到着していて、引継ぎも済ませてあるし準備が出来次第ここを離れる。
そうして誠二はローデクルス本家に戻って、本来の職務に復帰する。そのときに俺を連れて帰るって手はずになっているそうだ。
今の時期は雪が多くて、気候が厳しいかわりに隣国の攻撃もほとんどないので交代するのにちょうどいいんだとか。

「ここは前線だから気が立っていて血の気の多い男ばっかりだけど、都市部に戻ったらそんなことないから。平和なもんだよ」
「お、おぅ、そうなんだ」
「といってもこっちは魔王の国と違ってそれほど豊かじゃないから、お前には不便な思いをさせるかもしれない。ごめんな」

……なんだろう、この「箱入りのお前には苦労をかけるが一緒になってほしい」とか口説く苦労性青年みたいな言い方。
むずがゆくて妙に気恥ずかしいのはどうしてだ。誠二がものすごく真面目な顔して言ったからかな。ていうかなんで正座してんの。

「えっあっ……うん、はい、てか俺、こっちのことほとんど何も知らないし、むしろ誠二がいてくれるのが安心っつか心強いし、えっと……こ、こっちこそよろしくお願いしま、す……?」

あ、あれ?人質の立場でお願いしますとか変だよね?でも相手は親友だし……誠二だし。
動揺しつつペコペコと誠二に向かって頭を下げる。俺も気がついたら正座してた。

「あっ……そ、そうだ!そういえば、誠二って本名で呼んでたのって駄目だった?」
「いや、それは気にしなくていいよ。どっちかっていうと、ここでは魔王の国の言葉を喋るほうがまずい。オレと話すときは日本語でたのむ」

聞けば、俺は異世界人じゃなくてどこか辺鄙な国の難民だと思われてるらしい。
そんな謎の国の言葉まで扱えるフィノアルド様、さすが博識――というのが周りの認識だとか。
『セージ』っていうのも謎の国の謎の言葉で『軍人さん』的な意味だと周囲にはごまかしてある、と誠二が言った。

「じゃあさ、逆にこっちの国の言葉も教えてほしいんだけど」
「いいのか?敵国の言葉を覚えたりしたら魔王が……」
「女王様はそんなことで怒ったりしないって。しばらくこっちで暮らすんだから、せめて挨拶とか簡単な単語くらい言えるようになりてーじゃん?」

翻訳はベルッティの首飾りで問題ないが、魔王の国の言葉が禁止となると俺が喋るのは日本語オンリー。
しかし、その土地の挨拶を話すだけで現地人は微笑ましく思うものだってのは、異世界万国共通!……のはず。

「オレは軍人言葉というか少し固めの表現しか知らないけど、それでもいいか?」
「いいよ、だいじょぶ。固くても緩くても生活してるうちに覚えてくと思うし」

なんといっても俺には翻訳首飾りが以下略。
ようやく事情がわかって気持ちの整理がつき、新たな生活に向けての決意をしていると、「それから」と誠二が付け足した。

「ん?」
「……この部屋、本当はオレ用の部屋だったんだ」
「えっ、マジで!?俺が横取りしちゃってた?ごめん!」
「謝ることじゃないよ。そうさせたのはオレだし。魔王との条件に則って護衛ってことで、今夜から一緒の部屋で寝ることになるけど」
「おっけーおっけー、わかった!なんか懐かしいよな〜、こういうの」

同じ部屋で寝泊まりするのって中学の修学旅行以来?思い出すなぁ、当時のこと。いや、こんな能天気でいちゃいけないってわかってるけども。

「そもそもお前さ、護衛っていうか、監視だよね?」
「そうともいえるな。やっぱり彰浩はわかってたか」
「わかるよそりゃ。いいカモが逃げないように囲うって当然だし」
「オレが言えたことじゃないけど、利用するような真似をして悪いと思ってる。でも、お前の自由とプライバシーは最大限尊重するし、彰浩のこと、ちゃんと守るから」

うん、だからなんでそんな「オレを信じてついて来い」的なプロポーズっぽい言い方するんですか。
うっかりときめきそうになるじゃないか。気が弱ってるなあ、俺。

「た……、頼りにしてます……」

こんなにも精神的に疲弊してる自分が恥ずかしくなってもごもご返答する。顔が熱い。
そして正座のまま、誠二に向かって深々と頭を下げた。


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