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それから数日が過ぎた。
天気は特に崩れることなく、うす曇りながらときどき晴れ間が見えることもあった。
人質状態の俺ですが、誠二が必ず傍に付き添っていることを条件に、敷地内の限られた場所だったら歩き回ることが許された。部屋から階下までは目隠しありの腿ベルト付きだが。
しかし内部は複雑に入り組んでいて、目隠しなんてなくても覚えようにも覚えられそうになかった。大雑把な印象としては要塞城という感じがする。

「――そうそう、背筋伸ばして」
「うお〜こえ〜、高ぇぇ〜」
「あんまり怖がると馬に伝わるよ」

砦は非常に広く、敷地内に厩舎が建てられていた。そこで俺は今、誠二と乗馬の練習中。
ローデクルス家までは馬車ならぬ馬そりで運ばれる段取りだけれど、万が一の事態を想定して乗れたほうがいいだろうということで教えてもらっている。
このときばかりは拘束ベルトからも開放される。ただし周囲に兵士がいっぱいいてじろじろ見られるのは、警備上まあ仕方ないことだろう。

空飛ぶ馬にも乗れない俺は始終へっぴり腰で、兵士たちの「あんな子守させられて隊長かわいそう」とかいう笑い声が聞こえてくる。
首飾りのおかげで喋ってる内容全部わかるんだぞ、ちくしょう。
ちなみに、あんまりにも大人数だと二重音声の大合唱で個々の声が聞き取れなくなるのが欠点だ。

それにしても――ここの馬はとにかくでかい!
魔王国の空飛ぶ馬は細身で優美なフォルムだったのに対し、こっちはどっしりしていてサイズが一回りは違う。
骨太で長い足の膝下はふさふさの毛に覆われていて、黒光りする蹄は凶器かと思うほど立派。
機動性に欠けるかわりにとんでもない力持ちで、ちょっとやそっとのことじゃ物怖じしない軍馬。

なかでも俺は、特に性格のおっとりした牡馬をあてがわれた。名前はネビメロ君。
薄茶色の被毛にたてがみと足の毛は白で、貴公子って感じの上品なイケメン君だ。
たてがみの量が多くて長いため顔半分が隠れてるせいか、どことなくアンニュイに見える。でも超ジャイアントサイズ。

雪に覆われた石畳の上を、手綱を握る誠二の先導でぱっかぽっこと歩く。
そのリズムに合わせて俺も内股の筋肉を引き締めて頑張ってバランスを取る。
すごく寒いけれど、キンと冷えた外の空気を吸うのは気持ちよかった。ずっと室内に閉じ込められてるよりよっぽどマシだ。

「誠二は元から乗馬できたわけ?」
「いや、そういうわけじゃない。でもやってみたら案外すぐできた。馬と相性がいいのかもな」
「マジすか……パネェっす……」

なんだか誠二は元からこっちの世界の人間だったんじゃないかと思えて仕方がない。
あるべき場所に戻ってきたみたいな、そういう生き生きとした姿に見えるから。

乗馬訓練に集中していたら昼時になったから、いったん部屋に戻った。
この国では昼食って文化がないらしくて、朝はたっぷり食べて昼すぎに軽い間食を摂り、夜に酒と食事って形で基本は二食プラス間食。宗教的に定められた日には間食はない。
俺の捕虜生活中の場合は「部屋から出ないし腹も減らないだろう」ということで故意に間食なしだったそうだ。
今日は間食ありの日ってことで、野菜と豆の入った温かい麦粥と、塩気の多いチーズを食べた。

「そんでさ、こっちに来るちょっと前のことなんだけど、『激ブレード・面』が終わってさぁ」
「うそだろ?小学生のとき連載はじまったから……十年くらいか?」
「マジだって!ほんと『ブレ面』は俺らハマりまくったもんなー。アレの技やりたくて中学で剣道部入っちゃったくらいだし」
「ああ、そうだったな。放課後練のとき二人で技やってたら先生に怒られたよな」
「そーそー。俺らだけ体育館の隅に正座させられてなー」

食事時に話すのはたいてい元の世界のことだった。
俺らが夢中になっていた漫画が最終回を迎えたとか、アイドルグループの誰だれが抜けたとか、IT技術の進化やスポーツ選手の活躍だとか目立ったニュースを。
なにせ誠二は二年もいなかったわけだから、その目まぐるしい変化に驚いていた。

「彰浩、高校ではたしかサッカー入ったって言ってたっけ?」
「うん。サッカー部モテるよーって勧誘されて入ったけど完全に嘘だった。部活漬けで三年間そんな隙これっぽっちもなかったわ。……そっちは?引越ししたあと彼女とか」
「全然できかったよ」
「じゃあ、こっちに来てからいい感じの美女と――」
「ないって。色々覚えることもやることもいっぱいでそんな暇なかったから、本当に」

笑いながら首を振る誠二。
モテない俺に気を遣って嘘ついてるのかな?とは思ったけど、彼女がいたらいたで差をつけられた感じになるし、誠二には悪いが内心ホッとした。
そして寂しい者同士の仲間意識が強まった気がした。

食べ終えたらまた乗馬訓練をして、そのあとに誠二は砦での仕事に戻る。
誠二がいない間、俺は部屋で大人しく筋トレ。
室内だったら腿ベルトなしで過ごしていいというお偉いさんからのありがたいお達しで、筋トレにスクワットを追加した。

やがて暗くなったら誠二が夕食を持って部屋に帰ってくる。
夕食後には洋酒入りのホットミルクを運んできてくれる。これがまたなかなか美味いんです。少し甘くて腹の中からあったまって、気持ちよく眠気を誘う。

さらに、体を拭く水桶の中身が雪解け水からお湯になった。
誠二に事情を聞いてみたところ、魔王国では水は貴重だったがこっちの国はそうでもなく、なんと入浴の習慣があるそうだ。
ただ、この砦の入浴施設はお世辞にも衛生的によろしくないということで、こうやってここで体を拭いたほうがいいと言われた。

とまあ、俺はこんな風に数日を誠二と砦で過ごした。
そして今日も一日が終わり就寝、なんだけれど――。

「…………」

誠二が寝息をたてている。同じベッドで。
おまけにそれだけじゃなくて、誠二に背後から抱き込まれてる。抱き枕状態の俺。
一緒の部屋で寝泊まりするとは聞いたけど、同じベッドでこんな体勢で寝るとは聞いてませんよ!?

しかし、慣れない乗馬での疲労と微量のアルコールもあいまって、心身ともに浮遊感がある。
背中に感じる体温と適度な締めつけが心地いい。
そうされながらとりとめなく考えるのは、誠二の心境だ。

高校進学とともに誠二は遠い土地に引越しをした。俺や、他の友達とも離れることになった。
さらに、その後は言葉も通じない異世界に一人で来てしまった。
誠二は孤独だったんだ、きっと。
俺みたいに『なんとかなる』思考のお気楽な性格じゃないから、たくさん思い悩んだのかもしれない。
そのうえ身代わりなんて重責でずっと気を張ってたんだろう。

そんななか会えた俺っていう元の世界の友達に、懐かしさで気が緩んでるんだ。
俺だって同じ気持ちだ。日本語を使って、同級生っていう気の置けない立場で他愛のない話ができるのがなにより嬉しい。
いまのこの状況も、その表れの延長に違いない。うん、要は人恋しいんだよな。な?

「……あき、ひ……ろ」
「……いるよ。ちゃんと」
「ん……」

むにゃむにゃと誠二の寝言が消えていく。
うなじにかかる寝息と同じ速度で呼吸を合わせて、俺も目を閉じた。


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