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移動中、通りすがる人たちにチラチラ見られているのを感じた。
校内をただ歩いてるだけで宣伝になる寒河江くんの姿に、俺は満足感からにんまりとほくそ笑んだ。
どうだ、うちの寒河江くんは凛々しいだろう!だから書道部見に来てね!――と、俺もさりげなく、首に提げられたプラカードを持ち上げて主張しておいた。

手芸部は、一階の多目的教室で美術部との合同展示だった。
広めの教室を半分に分けて、と言いたいところだが、圧倒的に美術部のほうがスペースを取っている。
しかしどちらも飾りは色鮮やかだし凝っていて、書道部との芸術センスの違いを感じた。もしかしなくても、うちの部って地味すぎ?
いつも墨ばかり相手にしている俺には、この色とりどりの空間が眩しい。

「なんつーか、オレらとは世界が違う感じがするんですけど」
「そうだね……」

寒河江くんも同じことを感じたらしい。
それにしても、古屋は見に来る人が少ないと言ってたけれどそんなことはない。書道部よりも断然来てる。合同展示だからかな……そうだと言ってくれ!
けれど寒河江くんの予想通り、作品展示だけで部員は常駐していないようだ。そのことにちょっとホッとする。

手芸部の展示はクッションや手提げ袋が課題作品らしく、オシャレに装飾された机と展示パネルにずらりと並べられていた。
色や模様に生徒それぞれの特徴がある。
なかでも自由作品と銘打たれた、まゆちゃん作のくまのぬいぐるみが本当にすごい。毛糸で作ってあるんだが、編みぐるみっていうらしい。
キュートさもさることながら編み目が寸分の狂いなく揃ってるのを見ると、気が遠くなりそうだ。

そしてやっぱり気にしてしまう春原さんの作品。隣で寒河江くんもじっと見つめていた。
課題である手提げ袋のほかに、フェルト製の花飾りがついた髪留め数点に彼女の名札が添えられている。
どっちも淡い色合いの可愛い感じで、春原さんらしい気がした。
彼女は髪型を工夫するのが好きみたいだからヘアアクセサリーを手作りしたんだな。そういうこだわりと繊細な感性には素直に感心する。
ちなみに春原さんの友達であるギャル子さんの名前は知らないから、どの作品が彼女のものかは定かでない。

「はー……みんな手が込んでるね。こんな細かいもの、どうやって作るんだろ」
「こういうの、オレはよくわかんないですけど」

言葉の通りに寒河江くんは、もうすっかり飽きたって顔をして美術部スペースへと移動していった。
とりあえず手芸部のほうは全部見たし、俺もそっちへとつられて動いた。
同じ教室でありながら、立体感のある手芸部とは対照的に平面の空間だ。

「センパイの親って画家なんですよね?センパイもこーゆーの詳しい?」
「全然。まあでも、家に絵の道具はいっぱいあるから馴染みはあるかもって程度?」

イーゼルに飾られた作品群の巧拙といった技術的なことはさっぱりである。どれも綺麗だし上手に見える。
ただ、手芸と違ってこっちは製作過程や使ってる道具がなんとなく想像できるから、妙な安心感があった。

「ふーん、そういうもんですか」
「前に言わなかった?俺、絵心なんてちっともなくてさ」
「そんなこと言いましたっけ?」
「言った……あれ、言わなかったかも?ごめん覚えてない」

寒河江くんとダラダラ話しつつ美術部スペースをぐるりと見て回る。作品数が多いわけじゃないから、鑑賞はあっけないほどの短時間で終わった。

「次どこ行こっか?」
「んー、このまま一階制覇したあと、また二年のとこ戻れば――」

多目的教室を出ながら相談していると、ぷっつりと寒河江くんの言葉が途切れた。彼はある方面を見たまま、その顔が固まっている。
訝しみながら彼の視線を追う。するとそこには、ちょうど階段を下りてきたところらしい女子二人の姿があった。
――春原さんと、ギャル子さんだ。

この場所では会わないと思って気を抜いていた矢先のことだったから、必要以上にうろたえてしまった。
髪を緩い二つ結びにした春原さんは、俺と目が合うと驚いたように口を開けた。彼女は慌てたように口元を両手で覆い、こっちに向かってペコリと頭を下げた。
こんな気まずい状態で声をかけていいのかすら分からないので、とりあえず俺も軽く頷き返した。
そうしたら彼女は、顔どころか耳まで真っ赤にして、ギャル子さんと一緒にもと来た階段を小走りに戻っていってしまった。

「……やばい俺……超嫌われてる……」
「……まあ、そういうことにしておきましょうか」

そういうことってどういう意味だよ。キャッて言いながら逃げていったんだぞ?嫌われてる以外に何があるっていうんだ!
とはいえ恋愛的に好かれても困るだけだし、そうなるべく対処したのは他でもない俺自身だ。甘んじて受け入れようじゃないか。

「センパイ、先に体育館のほう行きましょうか?」

複雑な気持ちでちょっぴり涙目になりつつ寒河江くんの着物の裾を握ったら、優しい声でそう提案された。
春原さんたちと二度目の遭遇、なんてことになったらますます居心地悪いので、一も二もなく頷く。

体育館ステージ、野外ステージ、見ていなかった出し物を順番に巡る。そのうちにいつしか気も晴れて、文化祭を楽しめるまでに立ち直ることができた。
だけどそんなデートもお昼すぎまで。午後には俺も寒河江くんも自分のクラスに行かなきゃいけない。
ステージ観覧で時間を割いたせいもあって、出し物全部を見ることはできなかったのは残念だ。寒河江くんのクラスも本人が頑なに嫌がったから行けなかったし。
あとでこっそり見に行こう。


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