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着替えをしに部室に戻ってみたら鍵がかかっていた。誰か一人くらい休憩してるかと思ったがいないらしい。
寒河江くんに預けていた部室の鍵を使って中に入ると、ほぼ歩きっぱなしだったし慣れない着物だったせいでドッと疲れが出た。

「あー疲れた!早く脱いじゃおうよ」
「鍵かけますか?」
「うん、そだね。いきなり人来たらびっくりするし」

部員たちが何気なくドアを開けた瞬間、パンツ姿の俺たちがそこに!……というのも、想像するだけでげんなりする事態だ。
一応、中に俺たちがいますよというメッセージとして、宣伝用プラカードを外のドアノブに提げておいた。
鍵をかけたあと、寒河江くんが独り言のようにぽつりと零した。

「こんな楽しいなら、去年もちゃんと文化祭参加しとけばよかったです」
「ほんとに全然見なかったの?」
「自分のとこ以外は全然ですね」
「ええー、もったいない!つっても、俺もこんなに見て回ったの初めてだよ。今までで一番楽しかったかも」

一年のときは新環境での興奮で、二年のときは出し物に力を尽くした達成感でと、それぞれに心躍る文化祭だった。
でも最終学年の今は楽しさの質がまるで違う。それは、好きな子と一緒だからだ。

しみじみと思い出しながらカバンの中から着替えを出す。
それを机の上に置き、まずたすきをはずそうとした。けれどその前に、寒河江くんの腕がうしろから脇に差し入れられてギョッとした。
背後から抱きすくめる形で彼の手がたすきの結び目にかかる。

「な、なに?寒河江くんどうしたの?」
「脱ぐの、手伝いますよ」
「自分でできるって」
「オレがやりたいんです」

耳のうしろで囁かれたから軽く肩が跳ねた。
たすきの結び目は前側の左脇にあるので、寒河江くんの腕がぐるりと体に巻きついている。
背中に感じる体温と、耳元に触れる吐息がくすぐったい。落ち着かなくてモゾモゾ動くと寒河江くんが小さく笑った。

「じっとしててくださいよ」
「うー……」

そう言うなら正面からやればいいのに……って、あっ!わかった、もしかして寒河江くん、イチャイチャしたい気分?
今週は二人きりになる暇なんて全然なかったもんな。それなら大人しく彼の望むままにさせよう。

寒河江くんの指がたすきを難なく解く。
次に彼の手は袴の帯に下りた。前の結び目が緩むと帯を徐々に解いていった。
着付けのときには何も感じなかったけれど、すぐに脱げる洋服と違って着物は手間がかかるせいか――やたらと恥ずかしい。
しゅる、しゅる、という独特の音も、脱がされてるっていう感覚をより意識しちゃうから羞恥心倍増だ。

「あ……あーれー、お戯れをー」
「はい?」
「一応言っとかなきゃいけないかなって思って……」

よいではないかー帯くるくるー、じゃないけど気持ちとしてはそれに近いんだもの。あとで寒河江くんにもやってやろうじゃないか!
きつめに締められていた紐がすべて解けて袴が脱げると、全身の力がふっと抜けた。
ううむ、和装は気合の入り方が違うな。反動で緩みが一気に来た気がする。
あとは上の着物を脱げばおしまいだ。気を抜いたそのとき、突然うしろから首筋にチュッと口付けられた。

「んんっ!?」

寒河江くんの唇が音を立てながら何度もそこに触れる。首が弱い俺は、そうされるとぞわぞわと背筋が震えてしまう。感じちゃうほうの意味で。

「んっ!……な、何してるんだよー」
「や、今日ずっと思ってたんですけど……センパイの袴姿がさ、めちゃめちゃかっこよかったですよ、マジで」
「えっ、ありがとう!」
「で、袴とか着物って、きっちりっつーかビシッとしてるじゃないすか」
「そう、だね?」
「それを剥がして乱すのって、すげーエロくないですか?」

今日ずっとそんなこと考えてたのかよ!?いやその主張は分かります。ちょっとしたロマンだよね。自分がされる側じゃなければ。
こらこら裾から手を入れないでくれないかな!着物の中で太腿をまさぐる手つきが非常にエロい。

「ちょ、ちょっと寒河江くん……」
「んー?」
「えっとさ、そ、そういえば今日ピアスは?帯で痛くないの?」
「さすがに今日はつけてないですよ。見ます?」

気を逸らそうと思ったのに寒河江くんは悪戯をやめてくれない。ちゅっちゅと首にキスをしながら、着物の帯と腰紐をやや強引に解く。
長襦袢の襟まで緩むと開放感とともに若干肌寒くなった。しかし息つく暇もなく、汗で湿ったインナーTシャツの中に骨ばった手が入ってくる。

「おぉい待って待って!」
「はい」

はいって言ってるのに止めてませんけど!?
自力でどうにかしようと逃げ腰で前屈みになったら、近くにあった机にぶつかった。ますます逃げ場がなくなっただけじゃん、俺の馬鹿!

「ぶ、部室でこういうのはどうかと思います……」
「だから鍵かけたんじゃないですか」
「なんですと!?」

聞き捨てならないセリフに驚いた隙に、くるりと体を反転させられて正面から向き合う体勢になった。そうしてついに着物が全部脱がされる。
寒河江くんが覆い被さるようにして体を預けてきたので反射的にのけぞると、机の上に優しく押し倒された。

「チューするだけ。ダメですか?」
「うぐっ……」

そのおねだり口調はとてもずるいと思う。くそう、可愛いな。
俺だって、寒河江くんのいつもと違う凛々しい姿にドキドキしっぱなしだったんだよ。その彼に迫られて否やを唱えられるはずもない。
観念して「いいよ」と頷くと、少し湿った柔らかい唇が重なった。寒河江くんとのキスにすっかり慣れてしまっている俺は、口を開いて軽く啄ばんだ。

「ん、ぅ、んー……」

手持ち無沙汰に寒河江くんのたすきを掴む。そうしたら、指を絡めながら手を握られた。その手は机の上に押さえつけられてしまう。
熱い舌先が擦れ合う。ディープキスに夢中になっている間に、いつの間にかTシャツが胸元までたくし上げられていた。

「あ……っ」

顔の位置をずらした寒河江くんの唇が、胸元に這う。そのままなぞるようにして尖った舌先が乳首をつついた。そのあとチュッとそこに吸い付いてくる。
焦った勢いで寒河江くんの頭を両手で押さえた。

「えぇぇチューだけって言ったじゃん!」
「言いましたね」
「なんか違うことしてない!?」
「ウソじゃないですって。チューしてるだけでしょ?」
「そ、そういうのは屁理屈っていうんだよ……」
「ですね」
「なに開き直って、んっ……さ、がえくん……」

何度も乳首を啄ばまれる。それだけじゃなくて胸元や首筋にも。
顎を引いたら、色の濃くなった自分の乳首が立ってるのが目に入った。
寒河江くんの前髪がサラサラと肌に触れる。そのくすぐったい感覚が俺の感度を余計に上げてる気がする。軽めだけど明らかな愛撫に、だんだん下半身のほうが危うくなってきた。

「うぅ……そ、それ以上はまずいです……」
「ん……、はぁ、分かりました」

残念そうに言って体を起こす寒河江くん。そりゃあこんな場所じゃなければ俺だって、その、ムニャムニャもやぶさかではありませんがね。

「あのさ、寒河江くん」
「はい?」
「きょ、今日はダメだけど、明日……文化祭終わったあとにさ、家行っていい?」

寒河江くんは表情を崩して「いいですよ」と機嫌良く頷いた。
不純な下心満載だが、そんな俺の思惑もきっと彼にはお見通しだろう。代休の間に会う約束もしてるんだが、それを待つことすらもどかしい。
それになんとなくだけど、さっき春原さんと偶然会ったことで寒河江くんが拗ねてる気がする。そうじゃなければ部室でこんなきわどいことしなかったんじゃないかな。

「――ところでセンパイ」
「ん?」

いつまでも机に寝転がっているわけにもいかないのでTシャツを直しながら起き上がると、寒河江くんが赤いたすきをはずしながら、俺を上から下まで見た。

「なに?」
「……なんか今日、可愛いカンジのパンツ穿いてますよね」
「今日のこと前もって知ってたらこんなの穿いてこなかったよ!」

着付けのとき誰にもツッコまれなかったから安心して忘れてたのに!
かろうじて黒地だけど全面猫キャラクター柄のトランクス。柄はアレだが履き古し感がちょうど良くて気に入ってるんだよ。

「いーじゃないですか、可愛くて。つか柄パンくらいオレも持ってるし」
「えっ、寒河江くんってスタイリッシュっぽいのしか穿かないのかと思ってた」
「フツーに使いますって。キャラものとかピンク系とかけっこう好きですよ」
「そうなんだ?俺も寒河江くんみたいにボクサーにしようかなぁ」

パンツの話で盛り上がりながらも制服に着替え、そのあとは俺も彼氏の着物を脱がせてあげた。
「たしかにあーれーって言いたくなりますね」とけらけら笑う寒河江くんと戯れていたら、部員たちが食べ物片手にぞろぞろと戻ってきた。今の時間、飲食スペースが激混みで席が取れなかったらしい。
あのままエッチなことしないで本当によかった……。


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