83


意外と怖かったお化け屋敷のあと、俺と寒河江くんは一度校舎を出た。
池内くんのクラスがトラウマに……というわけじゃなくて、散々騒いだから喉が乾いてしまったのだ。なので、先に模擬店方面を回ることにした。
ちなみに池内くんはこのあとクラスの用事があるらしく、そのまま居残った。もしかして貞男かゾンビ役でもやるのかな。心臓に悪いので優しく脅かしてあげてほしい。
模擬店に向かう途中で、寒河江くんがやたらとご機嫌そうにしてるのに気付いた。

「寒河江くん楽しそうだね」
「え?ああ、まあ」
「お化け屋敷、そんなに面白かった?」

俺はあんなにも腰が引けていたというのに、寒河江くんの余裕っぷりときたら。
しかし彼は、口元を手で覆って隠した。ニヤける顔を抑えきれないっていう感じに。

「……や、うん、あのですね、お化け屋敷の最後んとこなんですけど」
「最後?あーあのゾンビがいきなり出てきたやつ?すごい不意打ちだったから驚いたよね」
「あのときセンパイさ、オレの手ぇ引いて教室出たじゃないすか」
「ご、ごめんね、つい手なんか握っちゃって。外で笑われたもんね」
「そうじゃなくて。センパイあんだけ怖がってたのに、一人だけで逃げなかったっつーか……オレを置いてかなかったとこが嬉しかったんですよ」

無我夢中だったけれど、言われてみれば一人で逃げようという考えはなかった。ああいうのは二人でゴールしないと意味がないと思うから。

「だってゾンビの人が追ってきてるのに、寒河江くんを残していけないじゃん」
「うん、そういうのが、なんつーかこう……キュンとしました」
「えぇ?」
「センパイ、めっちゃ彼氏ですね」

寒河江くんは俺の肩に腕を回して、引き寄せながら間近で囁いてきた。
そうか、そういうのがイケてる彼氏の行動なのか。いや、頼れる彼氏はそもそも怖がったりしないと思いますが。
ともあれ俺もようやく彼氏レベルが上がってきたらしい。もっと寒河江くんをときめかせられるような、そんな男になりたいものである。
……それにしても、先週のエッチ以来、寒河江くんのボディタッチがますます遠慮なくなってきてるような気がする。
まあ、俺のほうも気にせずそれを受け入れちゃってるからお互い様かな。この距離感に慣れたっていうか、慌てふためくことがなくなったのは確かだ。


――模擬店舗の立ち並ぶ駐車場は校内よりも賑わっていた。
校門から近い場所ということもあり、生徒だけじゃなくて一般の人がたくさんいる。
店舗角の一番いい場所でドリンクを売っているクラスがあったので、俺たちはまずそれを手に入れた。

「あっ、せっかくだから俺のクラスも行こうよ!」
「いーですね。ちょうど小腹空いたし」

ジュースを零さないよう注意を払いながら、自分のクラスの場所まで寒河江くんを引っ張っていく。
するとテントの下では古屋が店番をしていた。黄色いクラスTシャツの上にエプロンをするゴリマッチョ。エプロンがはちきれんばかりにぴちぴちなんですけど。

「あれっ、古屋?」
「おー来たか楠。部活の用事ってそれかよ?さっき書道部のTシャツ着てるやつ見かけたし、今年はえらくハデじゃん」
「でしょー?今年は宣伝に力入れてるから!ていうか、古屋の当番ってまだだったよね?誰かと代わったとか?」
「自分とこの用事もねーし、なんとなく居座ってる。書道部の展示も朝イチで見に行っちゃったからさ」

なんと、ふるやんと入れ違いだったのか。俺が着付けで四苦八苦してる間に展示は見終わっちゃったんだな。
放送部は文化祭中、アナウンスやステージの司会、音響などなどやることが多い。でも今は古屋の仕事がない時間なのだそうだ。

「んで、もしかしてそっちのが例の後輩?」
「へ?あーそうそう、例の後輩」

古屋が、俺の傍に立っている寒河江くんを興味津々っていう目で見た。
そういえば前に寒河江くんのことを少しだけ話したことがあったっけ。すると話題の的の彼は「なんですか例の後輩って」と苦笑した。
テントの下には他の男友達もいたので、軽く書道部アピールをしてからポップコーンを買った。ところが受け取るときに、古屋が遠慮がちに口を開いた。

「そういえばさ、楠」
「うん?」
「もう見に行ったか?……手芸部」

紙製の容器を手にした瞬間、固まってしまった。途端に返答が鈍る。

「あー……うーん、まだ」
「まゆちゃんの作品とかな、頑張ってたから見に行ってくれないか?手芸部って毎年来る人少ないみたいだし、お前が来るのも楽しみにしてたから」

あくまで自分の彼女のためということを前面に押し出してるけれど、本音としては春原さんを気にしてほしいんだろう。
古屋はどうやら、俺と彼女の間で先週あったことをまゆちゃん経由で聞いたみたいだ。三日前にそう切り出された。
そのとき俺が付き合ってる子のことを詳しく聞きたそうにしていたけれど、追及はされなかった。
「俺もお前には言ってなかったし」と、自分とまゆちゃんの馴れ初めを重ねて気を遣ってくれているらしい。
ちらりと隣を窺うと、寒河江くんも心なしか硬い表情で静止していた。

「……うん、わかった」

ぎこちなく頷くと、古屋はホッとしたように肩の力を抜いた。
うしろに他のお客さんが並んでたのでそそくさとその場を退散する。
飲食ができるスペースまで移動して、塩味のポップコーンを寒河江くんと分け合い、ジュースで流し込んだ。

「なんか、行くことになっちゃった。手芸部」
「別にいいですよ。もともと全部回るつもりでしたし」

寒河江くんはすっかりいつも通りの彼に戻っていた。
手芸部といえば春原さん、というのは俺たちの間では共通認識である。だから俺が言いたいことも彼はすぐさま汲み取ってくれた。
一応彼女を振ったことになるのだが、はっきり告白されたわけでもないから、とんでもない自意識過剰野郎みたいだ。
何にせよ、四人で過ごした昼休みのときにまゆちゃん直々に誘われて「行く」と言ってしまってあるので、約束を違えるわけにはいかない。あのときはまさかこんな妙なことになるとは思わなかったんだよ。

「うぅ……ものっすごく気まずい……」
「あーまぁ、ですよね。でも手芸部が展示だけなら、オレらのとこみたいに部員はいないかもしんないじゃないですか」
「そっか!それもそーだね!」

正直言って、『ご自由にどうぞ』という展示スタイルだとありがたい。
それを期待して俺たちは再び校舎に戻ったのだった。


prev / next

←back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -