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教室前にはホラー男子もいて、暇そうにスマホをいじっていた。

「つーか入るのはいいけど、そっちも書道部見に来いよな」
「うん、行く行く。明日はパフォーマンスやるんでしょ?それも見に行くし」

不気味な空気に呑まれ俺が二の足を踏んでいる間に、寒河江くんは忘れずちゃんと宣伝してくれた。おお、偉い。
ひそかに感心していたらホラー女子の一人が俺に何かを差し出してきた。
なんだこれ?紙皿に紙製のろうそくが貼り付けてある。すごい手作り感。

「このろうそくを持って、こっちのドアから入ってくださいねー。ろうそくを出口近くの机の上に置いたら終了です」
「りょ、了解」

ふむ、このクラスはそういう肝試しスタイルなのか。
前側のドアがスタートで、後ろ側のドアがゴール。入るのは一組ずつ。中は一方通行で逆走禁止、と入り口に貼り紙をしてあった。
「それでは、行ってらっしゃ〜い!」という溌剌とした掛け声で見送られると、寒河江くんがさっさとドアを開けてしまったので慌ててあとを追った。

中は一本道の迷路状になっていた。
暗幕が張り巡らされていて薄暗く、お札のようなものが壁に何枚も貼られてる。お墓の置物まであって、たしかに呪われてる雰囲気。なにやらお経っぽいBGMまで聞こえるのがまた薄気味悪い。
ビクビクしつつ少し歩いて角を曲がった矢先、目の前に人っぽい塊が飛び込んできた。

「ひぃッ!?」

よく見ればそれは作り物で、虚ろな顔をした人形めいている。首部分に巻かれたビニール紐でゆらゆらぶら下がっている様がやたらと恐怖心を煽る。
――ホラー女子のうそつき!怖いじゃん!
情けない引きつった悲鳴を上げたせいか、半歩先を歩いていた寒河江くんが俺を振り返った。

「センパイ大丈夫ですか?」
「うぅ……だ、大丈夫じゃない……」
「思ったよりかなり凝ってますよね」

怖いですね、と笑いながら言う寒河江くん。ちっとも怖がってないじゃないか!

「なんなら手でも繋ぎます?」
「そ、そこまでじゃないよ」

教室の広さなんてたかが知れてるし、ちょっと歩けばすぐに終わる。そう思えばなんてことない。
行く先々に配置されている怖いオブジェを極力見ないよう歩いていく。
しかし中間地点だと思われる場所に来たところで、足を止めて寒河江くんの腕を掴んだ。

「やだやだ怖い無理無理無理!」
「は?何がです?」
「あれ絶対中からお化けが出てくるやつじゃん!」

俺が指差した先にあるのは、これみよがしな井戸っぽいダンボール製の置物。
陰にお化けに扮した生徒が隠れてて、俺たちが近づいたら出てきて脅かしてくるに違いない!分かっちゃうんだよ、こういうの!
怯える俺に対して寒河江くんが声を上げて笑う。

「分かってんなら怖くないじゃないですか」
「いかにも来るぞ来るぞーってのが怖いんじゃん!」
「なんか前にもそんなこと言ってましたよね」
「寒河江くんが先に行ってください!」
「どんだけビビッてるんですか」

呆れたような半笑いを浮かべながら、それでも寒河江くんは先導してくれた。
けれど井戸は、俺たちが近くに来てもシンとしてる。
俺の考えすぎ?と気を緩めたその瞬間、奇声を上げながら井戸の陰から突然人が飛び出してきた。

「おごぉぉぉぉ」
「うわぁぁぁっ!!」

怖いのにガン見しちゃった。顔は長い髪の毛に全面覆われていて、白いワンピースっぽい服が血まみれ状態。
これ貞子!すごい貞子!いや本家貞子はこんな肩幅広くないし野太い声出さないよね!?貞子じゃなくて貞男だ!
貞男くんが井戸から身を乗り出して手を伸ばしてきたから、俺は再度悲鳴を上げながら寒河江くんにうしろから抱きついた。

「もう無理!やだ!早く出ーよーうーよー!」
「ちょっとセンパイ、それじゃ歩きにくいですって」

そうは言っても怖くて駄目なんだよ!
ギューッと寒河江くんに抱きつきながら、周りを見ないよう彼の背中に顔を埋めた。ええい、たすきが邪魔だ!
その体勢のまま残りの道を歩いていく。
紙製ろうそくはいつの間にか寒河江くんの手に渡っていた。さりげなく代わりに持ってくれたらしい。
おまけに空いたほうの手で俺の手を握ってくれる寒河江くん、超優しい。彼氏レベルマックスは伊達じゃないな。

「……センパイ、ほら、ゴールつきましたよ」
「ほ、ほんと?」

そっと顔を上げて寒河江くんの肩越しに先を見ると、たしかに行き止まりだった。
ドアの傍に黒い布のかかった机がぽつんと置かれていて、スタンドライトがそれを照らしてる。明かりを見たら安堵の溜め息が出た。
机のところにはご丁寧に『ろうそく置き場』と貼り紙がしてある。なんだ、ここまで来てみればあっという間だったじゃないか。

「じゃ、これ置いちゃいますね」
「う、うん」

彼の腹に巻きつけた腕を緩めると、寒河江くんが作り物のろうそくを机の上に置いた。
そうしてホッと気を抜いたそのとき――。

「ウォォォォ!!」

バンッ!という鋭い音とともに近くにあった掃除用具ロッカーが勢い良く開き、中から血まみれのゾンビが飛び出してきたのだ!

「ぎゃあぁぁあぁ!?」
「うわっ!」

教室に俺の最大級の悲鳴が響き渡った。さすがの寒河江くんも一緒に驚いている。
ゾンビマスクを被ったそいつは、俺たちを捕まえようとウーウー唸りながら迫ってきた。
驚きとパニックで、俺は寒河江くんの手を握り転がり出るようにしてゴールのドアを開けた。
薄暗い場所から明るい廊下に急に出たせいで目の前がクラクラする。

「はいはい、お帰りなさーい!」

ドキドキする胸を押さえながら焦点を合わせる。明るい声で出迎えてくれたのは見覚えのある男子生徒だった。なんと池内くんだ。いつの間に来てたんだろう。
彼は他の子みたいにホラー姿じゃなくて、書道部のクラブTシャツを着ていた。そしてめちゃめちゃ笑ってる。

「い、池内くん……?」
「お疲れ様っす!部長のすっげー悲鳴、外まで丸聞こえでしたよ!」
「マジで!?うおぉ……めっちゃ恥ずかしい……」
「いやいや、おかげでお客いっぱい来たんで」

見れば、入る前はガラガラだった入り口ドアの前に列が出来ていた。
俺の悲鳴で図らずも集客してしまったようだ。ていうか俺、寒河江くんの手を握ったままだ。恥ずかしさ倍増。
慌てて離したけれど、並んでる人たちにクスクス笑われつつものすごく見られてたから、「しょ……書道部見に来てね」とアピールしておいた。


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