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文化祭デート――なんとも素晴らしく青春っぽい響きだ。

「いやいや、宣伝宣伝!」
「はい?」

俺の独り言を聞きとがめたらしい寒河江くんが隣で首を傾げた。
書道部の宣伝をして来いという小磯くんの命令に従い、部室から追い出された俺と寒河江くん。ただいま校舎に向かって並んで歩いている途中だ。
そう、デートじゃなくて宣伝なんだってば!

「ご、ごめん、なんでもないよ!いやぁ、なんかさ、こんな風に寒河江くんと文化祭見て回ることになるとは思わなかったなーって」
「あー、そうですね」
「ていうか寒河江くんいいの?去年と同じように外に遊びに行くのかと思ってたんだけど」
「まあ別に、クラスの当番以外に予定とかないですし。つか、センパイこそ大丈夫なんですか?友達と一緒に回ったりとか」

高校最後の文化祭を古屋やクラスの友達とともに見て回ろう、という約束はしてある。でも、こういう事情なら彼らも分かってくれるだろう。
着物はポケットがないため、貴重品類は巾着袋にひとまとめに入れて寒河江くんが持ってくれている。
袋から俺のスマホを出してもらい、緊急で部活の用事が出来たことをメールで古屋に送った。するとすぐに『了解』と返信が届いた。

「寒河江くんさ、さっき俺と一緒に驚いてたけど宣伝のことまで聞いてなかったの?」
「袴着るのは聞いてましたけど宣伝のことは全然。何人かで固まって校内回るんだと勝手に思い込んでたんで聞かなかった、ってのもあるんですけど」

首から提げられたプラカードを持ち上げて見る。
何にせよ、予定外の事態ではあるが寒河江くんと文化祭を二人で過ごせることに、はっきり言って俺は浮かれている。あ、駄目だ、口元が緩む。

「なんですかニヤニヤして」
「寒河江くんだって笑ってんじゃん」
「そうですね」

寒河江くんも喜んでるんだと分かると、より一層気分は上向きになる。うん、やっぱりこれは文化祭デートだな!
校舎に入ると、もう文化祭は始まっている時間なので生徒の姿が多くなった。とはいえ始まったばかりで賑わいとしては少しおとなしい。

「てか、どこから行きます?」
「うーん……まずはうちの展示かな。俺まだ見てないし」

昨日の設営から変わってはないとは思うのだが、作品がずれたり曲がったり、床に落ちていたりなんてことがないのを一応確かめたい。
そんなわけで、まずは書道部の展示教室に足を向けた。

展示に使っている教室は三階、つまり三年のフロアである。三年は空き教室が多いので、書道部は例年三階で展示をしている。
教室の中に入ると全くの無人だった。力作ぞろいだから、できるだけたくさんの人に見てもらいたいのに。
しかも今年はただ室内に飾るだけじゃない。大きな紙にみんなで絵や字を描いたものを教室外の壁に貼って、書道部アピールを頑張っている。
ようし、寒河江くんと宣伝してこの教室を人でいっぱいにしてみせようじゃないか!
兎にも角にも展示に異常がないことが確認できたので展示教室を出た。廊下で文化祭のパンフレットを広げて、次に行く場所を相談する。

「そういやセンパイんとこは何でしたっけ?」
「ポップコーン。あんま人手もいらないしわりと簡単なんだよ。どんどん出来てくの見てると面白いよ」
「なんか、三年って模擬店多いですよね」
「だね。準備にあんまり時間割きたくないけど最後の文化祭は楽しみたいしって感じで、三年は毎年模擬店が多いみたい」

最終学年になってみれば、そうなるのも必然だと実感した。
受験勉強もあるし、クラブの出し物にしろ、運動部は夏休み前後に引退していて二年生主体だから味気ない、文化部は引退前ということもあって力を入れたいからクラスのほうに時間を取れない――そんな事情も関係してるみたいだ。
模擬店は昇降口近くの駐車場に設営されているテントを使うから、三年教室が軒並み空くという寸法だ。

「えっと、寒河江くんのクラスは……」
「縁日。色々手作りしたんですけど結構スゴイっすよ」
「そうなの?うわ、見に行きたい!行こうよ!」
「今はヤですよ。こんな格好で行ったらクラスのヤツらに超いじられるじゃないですか」
「いいじゃん!宣伝宣伝!」
「絶、対、イヤです」

ううむ、これだけ男前な姿なら宣伝効果は抜群なのにもったいない。

「えー、じゃあどこから回る?」
「体育館と外は後回しで、まずは校内展示じゃないですか」

話し合いの結果、今いる場所から順番に二階、一階と降りていくことにした。
考えてみれば去年も一昨年も全部の出し物って見てないような気がする。こんなことがなければつぶさに見て回ることなんてなかっただろう。
三年教室は文化部の展示が多かった。人もまばらで、盛り上がるのはまだこれからって感じだ。
ところが二階に下りると、一転してかなり賑わっていた。
二年は比較的に教室内での出し物が多い。室内の装飾も凝っていてクラスの子が積極的に呼び込みなんかをしている。まさに文化祭って雰囲気と熱気にワクワクした。

「うわーすごい!みんな張り切ってるねー」
「とりあえず端から行きましょうか?」

頷こうとしたそのとき、少し離れた場所から「エーちゃん!」という女子の弾んだ声がした。

「やだぁエーちゃんなにそのカッコ!」
「めっちゃコスプレってんじゃん!」
「人のこと言えねーだろ」

小走りに近寄ってきた女子二人を見て、俺は腰を抜かしそうになった。だって、寒河江くんは普通に喋ってるけどその子たちの姿がホラーだったんだよ!
びっくりして寒河江くんの影に隠れながらも女子たちをおそるおそる見た。
キャハハと陽気な笑い声を上げる女子たち、目の周りが黒く縁取られていて、傷口から血が滴っているようなフェイスペイントをしている。
おまけに白いTシャツには血しぶきのような赤い絵の具が散ってるし髪はボサボサ。夢に出そうなくらい怖い!

「さっささ寒河江くんのお友達かな!?」
「あーそうです。クラス違うんですけどね。ほら、正毅のクラスで、その繋がり」

マサキというとチャラ友達の池内くんのことか。なるほど、寒河江くんの交友関係はなかなか広いらしい。

「この子らのとこ、お化け屋敷やってるみたいなんで」
「き、気合入ってるね……」
「ね〜エーちゃん、うちらのとこ寄ってってよ。まだ空いてるしスグ入れるよー。てか入って!」

ホラー女子が怖い見た目で朗らかに勧誘してくる。しかし寒河江くんはちらりと俺に視線を送ってきた。

「……や、センパイがホラー系ダメだから」
「えーなに、書道部の先輩?だいじょーぶ、だいじょーぶ!そんな怖くないから見てってくださいって!」

寒河江くんのうしろに隠れ気味の俺を覗き込みながらホラー女子が直接誘ってきた。装いは怖いけど口調が明るいので、なんとなく大丈夫っぽい気がしてきた。
そうだよな、高校生が手作りしたお化け屋敷だし遊園地の本格派とは違って微笑ましいかもしれない。
夏休みに寒河江くんと行った遊園地ではお化け屋敷には入らなかったから、そっちの本格派具合は知らないけど。

「センパイどうします?」
「う、うん……せっかくだし入ろうか」
「はぁーい、二名様ごあんなーい!」

元気な声に誘われて彼女たちのクラスの前に行ったのだが、さっそく後悔した。
室内の目隠しのためか、教室の窓にベッタリと貼られたポスターが恐怖以外のなにものでもなかった。
おどろおどろしい文字で『2−1・呪われた墓場』と書かれていて、その周りには赤い手形がベタベタと刻まれている。超怖い……。


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