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ひとしきり遊んでからゲームコーナーを出たらだいぶ日差しが弱まっていた。
時計を見たらもうすぐ四時になるところだった。半日かけたわりにほとんど待ち時間に費やしたような気がする。
同じく時間を確認した寒河江くんが隣で軽く伸びをした。

「んー……結構遊びましたね」
「だね。どうする?まだどれか行く?」
「最後にあれ乗りませんか」

寒河江くんが指差した先にあったのは観覧車だ。
園内のどこからでも見え、この遊園地のシンボルともいえるそれは堂々とした存在感がある。今日の締めとしては相応しい乗り物といえるだろう。

「うんいいね、俺も乗りたい」
「じゃ、行きましょーか」

言いながら、人の波に流されてはぐれないようどちらともなく軽く手を握った。
歩いてる間に自然と離したり、また握ったりを繰り返す。
夏の遊園地は一日中がお祭り騒ぎだ。大型の遊具が動く機械音、人々の喧騒、どこからか聞こえてくる音楽。
皆が暑さと興奮で浮かれていて、今を楽しんでいる。
デートってきっとこういうことだ。いつもと違う場所を二人で歩く。そこが楽しくても楽しくなくても、その瞬間を二人で過ごす――そのことに価値がある。

ガシャン!と大きな音がした。
ぼんやりしているうちに観覧車の順番が回ってきていたらしい。係員がゴンドラのドアロックを下ろした音がやけに耳奥に響いた。
外界の音が遮られて息苦しいような閉塞感に包まれる。それと同時に相向かいに座った寒河江くんが心配そうな顔を俺に向けてきた。

「……センパイ大丈夫ですか?気分悪くなったりしてません?」
「あ、うん……さすがにちょっと疲れたかも。でも大丈夫だよ」
「ホントに?並んでる間ずっと黙ってたんで心配したんですけど……」
「ご、ごめん、平気だって。ただ考え事してただけだから」

順番待ちの間にずいぶんと日が傾いていた。一周するのに十五分だか二十分だかかかるみたいだし、それまでは寒河江くんとのんびりできそうだ。
ゆっくりと地面を離れていく観覧車。俺は窓に張り付いてその様子を見ていた。
上の小窓が開いているけれど、日中の熱が溜まってるのかゴンドラの中は蒸し暑い。もう少し上に行けば風の通りも良くなるんだろうか。
昨日まで母さんのところに行ってたし、やっぱり疲れたのかな。だんだん小さくなる遊園地や人々を眺めていたら喋る気力もなくなっていた。

「センパイ」

寒河江くんに呼ばれてのろのろと振り向くと、彼が腰を浮かせたのが目に入った。
彼が俺の隣に移動してきた。ゴンドラがギシッと傾いて揺れたおかげで、ぼんやり気味だった意識が引き戻された。
気がつけば観覧車はかなり上のほうまで来ていた。
西日は雲に覆われて遠くが霞んで見える。上空は青いのに、雲は赤に染まっていた。

「センパイ……」

また寒河江くんの声がした。今度は近くから。
目の前に彼の顔がある。腰に手が回り、軽く引き寄せられた。

「さ……」

名前を呼びかけた俺の唇に温かいものが触れる。
その一連の流れがあまりにも自然だったから、俺も目を閉じてそれを受け入れた。
――キスをするのは合宿の夜以来だ。
弾力をたしかめるように寒河江くんの唇が何度も軽く表面に触れる。それに応える術が分からない俺は、下手なことはせずにされるがままになった。

観覧車という二人きりの空間でキスなんてデートの定番中の定番だ。
このシチュエーションは以前に一度、彼女作り計画中にポロリと言ってしまったことがある。そのとき彼からは「ベタですね」と笑われた。
寒河江くんはこうしてひとつずつ、俺の思い描いていた恋人像を叶えていってくれるんだろうか。できれば俺のほうからしたかった気持ちは、あるけれど。

「……さ、寒河江、くん……」
「ん……?」

至近距離で吐息のような返答をした寒河江くんはまだキスをやめる気はないらしく、また唇が重なった。
触れて、離れて、また触れてを繰り返す。それが気持ちいいから、俺も止められずにいる。
そうしているうちにキスをするときの呼吸が合ってきて、キスってこうやってするんだなって体で覚えてきた。
経験しながら初めてを教えてもらう。身だしなみの整え方も、付き合い方も、キスの仕方も、彼に染まってゆく。

夕暮れのゴンドラは赤く、熱く、息苦しくて、まるで燃え盛る炎の中にいるみたいだ。
上空の風でぐらりぐらりと揺れるから平衡感覚が狂う。

汗が滑り落ちて唇の表面を辿った。それすら寒河江くんに舐め取られてしまう。
これは果たしてキスなんだろうか。
なんでもいい――好きな人と触れ合っていられるなら。

そうして、どれくらいの間キスをしていたかは分からないが、俺はいつしか寒河江くんの腰に手を回して縋るように密着していた。
ゆっくり目を開くと寒河江くんの赤い唇が見えた。まだこんなに近い。
先輩、と寒河江くんの唇が微かに動く。小さく掠れた声は、俺の鼓膜を甘く震わせた。

「……センパイ、オレのお願いひとつ、きいてくれませんか」
「え……?」
「……まだ、帰らないでください……」

彼と過ごす時間を長引かせるためなら、俺は何だってしてやろうと思った。


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