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その後、ギャル女子は俺たちのところには来なかった。
俺がそのことを気にしてソワソワしてたら、寒河江くんが「他の男と歩いてるところを見た」と教えてくれた。

自由行動時間が終わりに近づいたので海の家で着替えとシャワーを済ませて宿に戻った。
水着のまま海に行ったせいで、須原くんが替えのパンツを忘れて宿までノーパン状態になるという『小学生かよ!』なハプニングがあったが、その他は大きなトラブルもなく帰路についた。
ちなみに、帰りの電車の中で寒河江くんが俺の肩に寄りかかって寝てしまったことが俺にとってはハプニングだった。
由井くんが「こいつ起こしましょう」などと言いながら、博物館のパンフレットをロール状に硬く丸めて振りかぶったから必死に止めた。暴力、ダメゼッタイ!


家に帰り着いたのは夜だった。
夕飯を食べる気力も荷解きをする元気もなく、ご飯を用意してくれていた父さんには悪いが、そのままベッドに倒れ込んでしまった。
ふと目を覚ましたら周りは真っ暗だった。自分で部屋の明かりを消した記憶がないから父さんが消してくれたのかもしれない。
時間を確認するため枕元に置いてあったケータイを開いてみたら、もう夜中の三時で、メールが何通か届いていた。その中に寒河江くんからのメッセージがあったので一気に目が冴えた。

『お疲れさまです。合宿楽しかったですね』

いつもと変わらないテンションのメール内容だ。だけど今年の合宿は色々なことがあったし、その裏の意味まで考えちゃった俺はベッドの上を悶え転がった。
楽しかったよ、本当に。なんといっても俺に人生初の恋人ができたから!――男だけど。でもやっぱり初めてのお付き合いだし、その相手が気心の知れた寒河江くんだと思うと浮かれてしまう。
同時に初キスまで体験しちゃったわけだが、ふにっと柔らかくて温かくて、とにかく特別な感じがした。
そういえば、寒河江くんのヘソピは驚いたなぁ。それがまた彼に似合ってたもんだから余計にこう、色気的なものが……。
海でのことをぼぅっと思い出しかけて慌てて頭を振った。
そうだ返事しなきゃ返事!急いで文章を打って送信!……してから気付いたけど、今の時間を思い出して絶望した。
おい夜中だよ!三時だよ!?超迷惑じゃん!
やっちゃったなぁとシーツに顔を埋めて自己嫌悪に浸っていたらケータイがブーブーと振動した。
うつ伏せのまま二つ折りケータイをパカンと開くと、そこには新着メールの文字があった。寒河江くんだ!

『起きてたんですか?いま電話してもいい?』

相手に見えないと分かっていてこくこくと何度も頷きながら了承の返事。そしてメールを送ったあとは間髪入れずに俺から電話をかけた。
ツーコールくらいで呼び出し音が切れたってことは、寒河江くんもちょうどスマホを握っていたらしい。

「も、もしもし!」
『ちょっとセンパイ、オレからかけようと思ってたのに』

寒河江くんの笑い声が耳元をくすぐる。怒ったり呆れたりしてないみたいだというのがその口調から伝わってきた。

「つーかあの、こんな時間にメールしてごめん。もしかして起こしちゃったかもって思ってさ」
『や、オレ起きてたんですよ。家帰ってメシ食ったら即寝したんですけど、一時間くらい前に目ぇ覚めちゃって』
「マジで?俺も似たような感じ!俺のほうはさっき起きたんだけど」
『……そんですぐメール返してくれたんですか?』
「うん。寝惚けてたから時間考えてなくて申し訳ない……」

電話をしながらポリポリと足や腕を掻く。
合宿中はあんまり気にしてなかったけれど虫刺されがところどころにあるのだ。寒河江くんと夜の散歩をしたときに集中砲火されたらしい。それが一人になった途端、猛烈にかゆくなってきた。
受話口からまた笑い声が聞こえた。しんとした夜中だからか静かで優しい響きがする。

『いいですって。遠慮しないでいつでも連絡くださいよ。ほら、付き合ってるんですから』
「そ、そうだね!付き合ってるしね!」

付き合うと時間考えずに連絡していいオプションがつくの?いや、さすがにこれは寒河江くんの気遣いだろう。反省しつつ冷静になった。
そうだ、彼が電話したいと言ってきたその目的を聞かなければ。

「えーと……そういえば俺に何か用?合宿のことでなんかあった?」
『ん?別にないですよ。「声が聞きたかった」ってやつです』

冷静になったはずの俺の心がぐらっと揺さぶられた。
うわっ!なに、なんなの俺の彼氏!?『声が聞きたかった』なんて台詞、付き合ってるあるいは双方に好意がないと許されない限定的呪文じゃないか!
きっと寒河江くんの彼氏レベルは99で、能力値が全部カンストしてるんだろうな。さすが師匠、俺もこんな風にさらりと言えるイケてる彼氏になりたい。

「寒河江くんやばい、彼氏マスター……」
『はい?なんですかそれ』
「な、なんでもないよ。あっ、そーだ!聞こうと思ってたんだけど、あのさ、やっぱ付き合うってことはホラ、あれ、あれだよ!あれ!」
『あれって?』
「呼び方とかさ」

俺ら付き合ってんだぜ!というアピールをするために特別な呼び方を決めたりするのは定番じゃないか。
しかし俺はもう『寒河江くん』で呼び慣れてるから、突然違う呼び方をしたら引かれそうだ。そんなわけでお伺いを立てたのに彼は軽く笑ってそれを否定した。

『そんなん無理して変えることないでしょ。つか、基本今まで通りでいいんじゃないですか?』
「そ、そうかな……」
『変えたいんなら好きにすればいいですけど』
「えー……うーん……、……エーちゃん?」
『なんでそれなんですか!?マジやめてください!せめて呼び捨てにしましょうよ!』

親しい仲だとエーちゃん呼びを許してくれるのかと思ったらそうでもないらしい。親しみやすいし言いやすいしでこの呼び名けっこう好きなんですが。

「呼び捨てとか偉そうなことできないし……」
『偉そうって発想がもうセンパイですよね……』
「いいじゃんエーちゃん」
『……次そう呼んだらオレもターくんって呼びますよ』
「ごめんやめてください」

うん、あだ名はやめよう!すまん寒河江くん、これは恥ずかしい。
まあ彼が言ったように付き合ったからって何でもかんでも変える必要ないよな。寒河江くんはいつだって自然体だ。だから俺も気負わずにいられる。

そうして、そんなささいなことから合宿でのこと、部活のこと、夏休みの予定なんかを途切れなく話した。
結局明け方近くまで電話をしていたが、寒河江くんが今日もバイトだというので名残惜しくも通話を切った。
ああホント、付き合ってるって最高。これでようやく「俺、恋人いるし?」っていう真の意味での余裕が出来た。

……出来た、はずだった。


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