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そのとき、俺の足に何かがぶつかった。どこから転がってきたのかビニール製のカラフルなボールだ。
何も考えずに拾い上げたけれど、寒河江くんが俺からビーチボールを取り上げてポンと前方に向かって投げた。

「すいませーん、ありがとうー」

ボールの持ち主らしき声が聞こえたほうへと目をやったら、そこにはビキニ姿のギャル系女子が二人いた。なんて目に毒なんだ!
じろじろ見るとセクハラ扱いされるおそれがあるので急いで目をそらす。しかし、ギャル女子は海に戻るどころか近寄ってきたので戦々恐々と震え上がった。
どうしよう水着姿見すぎたかな?こういうのってどうやって謝ればいいの!?見てませんってひたすら無実を主張することしかできないよ!
ビクビクしてる間にもギャル女子は俺と寒河江くんの前に立ったのだった。ああ、ついに死刑宣告か……。

「ねえ、よかったらうちらとビーチバレーやんない?」

聞こえてきたのが想像と違う台詞だったからポカンとして女子たちを見上げた。彼女たちは気さくで明るい笑顔をしている。一人はボールで前を隠してくれてるから目のやり場にも困らない。
とりあえず文句じゃなかったことに安心してると、寒河江くんがすかさず返答をした。

「あーごめん、オレら荷物番だからここ離れらんないんだわ。またあとで誘ってくれる?」
「えぇ〜そうなんだ。わかったぁ」

ビキニ女子たちはそれであっさりと引き下がった。拍子抜けしつつも彼女たちが海の家方面へと去っていったのを見守ってから、改めてホッと息を吐いた。
それにしても寒河江くんのこのそつのない対応といったら!俺だったら絶対テンパって女子にキモがられて終わりだよ。

「おぉ……寒河江くん慣れてんね」
「いや、つーかあんなミエミエのナンパに引っかかんないでくださいよ。あれ、わざとこっちにボール転がしてましたよ」
「ナンパ!?えっ、逆ナン!?そんなの都市伝説かと思ってた!寒河江くんすげえ!」

踏んでる場数の違いになにやら妙な頼もしさを感じてしまった。
いやいや超ヤキモチですぞ!この子は俺の彼氏だからね!
なんとも言いがたい複雑な胸中など知らない寒河江くんは、軽く笑いながらドリンクを飲んだ。

「まあ、たまたまオレらが話しかけやすかっただけじゃないですか」
「な、なるほどそういうことか。でもさ寒河江くん……あとでとか言ってたけど大丈夫?」
「ああ言っとけばしつこく誘われないから。どうせあの子らもすぐ忘れると思うし。ああいうの、センパイ苦手でしょ?」
「おっしゃる通りです……」
「もしまたあの子らが来たらあいつらに任せますよ」

あいつら、と言って寒河江くんは海に入って遊んでいるチャラ後輩たちを指した。誰かが持参したのか海の家で借りたのか彼らも大きめのビーチボールで遊んでいる。
浅瀬で水を跳ね上げてボールを回してる姿が楽しそうだし涼しそうだなぁとぼんやり見つめてたら、「部長」と声をかけられた。ハッとして顔を上げたら一年の子たちがそこにいた。

「ん、あれ、どしたの?なんか必要なもの取りにきたの?」
「違いますよー、荷物番の交代です。先輩たち行ってきてください」
「ほんと?ありがとう!」

交代の時間は特に決めてたわけじゃないけど気を利かせてくれたらしい。
それを聞いた寒河江くんはさっそく立ち上がって帽子と上着を脱いだ。あらわになった上半身が珍しくてついジッと見つめてしまった。
寒河江くんってスラッとしてるなあ。ムキムキ感のない細身なんだけど全体のバランスがいいよね。ううむナイスイケメン。
……あれっ、ていうかヘソのとこにピアスついてない?
うわ寒河江くんチャラい!そしてなんかエロい!

「じゃ、行きましょセンパイ」
「お、おー」

眩しい笑顔の寒河江くんがとても自然に手を伸ばしてくるから、俺はその手を握って立ち上がった。
握った手は熱いというよりも温かかった。
俺もTシャツを脱いで完全な水着姿になると、二人で灼熱の砂浜を走って神林くんたちのボール遊びに混ざった。
太陽の下で海水を浴び、途中で荷物番を順番に交代しながら夏の海を満喫した。

昼を過ぎてしばらくしたら俺と寒河江くんは海に二人残された。というのも、小腹が空いたということでみんなはジュースや軽食を調達しに行ったのだ。
寒河江くんが「何でもいーからオレとセンパイの分も頼んだ」とか言ったから二人で海に残って涼んでいる。
足のつく場所で肩まで海に浸かる。波に揺られてプカプカ浮いていたらボールを持った寒河江くんが目の前でにんまり笑った。

「センパイ」
「んー?」
「あのさー、ずっとオレの腹んとこ見てんだけど、そんな気になります?ヘソピ」

ば、ばれてた……!
実はそうなのだ。ことあるごとに寒河江くんの腹に光るピアスに気を取られていたのである。

「い、いやー珍しくてつい……。ていうか耳にはピアスしてないから、まさかそっち!?って感じでびっくりしてさ」
「ああ、耳は目に付きやすいから色々と面倒なんで。イトコの兄ちゃんがさ、こーゆーの上手いからだいぶ前に開けてもらったんですよ。引きました?」
「そんなことないけど……」

思いもしなかった場所にピアスがあるのを知ったせいか変に意識しちゃってる俺。なんだろうこのドキドキは。
口ごもる俺に対して寒河江くんがいたずらっぽく囁いてきた。

「……触ってみます?」
「えぇっ、やだよ痛そうだもん!」
「もう安定してるから平気ですって」

笑いながら寒河江くんが海中で俺の手を引く。グイグイと導かれて、彼の腹に指先が触れた。
硬く冷たい小さなピアスの感触がした瞬間、ピリッと全身に痺れが走った気がした。

「いいい痛い!痛いって!」
「なんでセンパイが痛がるんですか。痛くないですから」
「うおぉダメ!無理!ヘソピとか寒河江くんエロいし!」

バシャバシャと水を寒河江くんに向かってかけたせいか、彼は俺の手をあっさり離してくれた。
解放されて肩の力を抜いたけれど、直前に口走った意味不明な言葉を思い返して恥ずかしさから顎まで海に沈んだ。
髪まで濡れた寒河江くんは、再びにんまり笑いをしながら俺を覗き込んできた。

「へー……?」
「な、なんですか……」
「センパイ、そーゆー目でオレのこと見てたんだ?ふーん」
「あっ、決してそんな変な意味じゃ……!」

ございませんとは言い切れない。
だって考えてもみてほしい。服を脱いではじめてわかる場所にピアスなんてとんだセクシートラップじゃない?
昨日は風呂も別だったし今まで寒河江くんの自己申告もなかったせいでやけにどぎまぎしている。
ピアスと一緒に触れた彼の腹の手触りまでまだ残ってる気がしてドキドキが止まらない。

――やっぱり、夏の海というのは人を惑わす魔性の何かがあるに違いない。


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